あいす
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暇だ。非常に暇だ。
この霧の森には娯楽が少ない。儀式に呼ばれないときは読書するか、映画を観るかそれくらいしかない。この世界が退屈に感じるのはネットが一切、使えないという理由が大きいだろう。多趣味の人はゲームをしたり絵を描いたりスポーツをしたりと限られた中で出来ることはあるかもしれないけど、生憎、私には趣味と呼べるものは少ない。今も暇をもて余してだらしなくベッドでゴロゴロと寝転がっているだけ。誰かとお喋りするのもありだけど、そこまで話し込める程、仲が良いサバイバーもいない。……本当にこれから何をしようかとしばらく考えていれば、いいことを思い出してガバッと起き上がる。
ベッドから降りると私は小さな冷蔵庫を開け、冷凍室を覗く。そこにはたくさんの様々な種類のアイスたちが犇めきあっていた。
昨日からここ数日間のサバイバーの儀式の特別報酬は何故かアイスだった。何故だかはわからない。気紛れな神様のことだから何となく、で決めたんだろう。だけど、私はそれだけでいつもより何倍も儀式のやる気が漲って熱い儀式が出来た訳だから、意味はあるだろう。他のサバイバーも喜んでいる人たちがいたから女性陣にはわりと好評なのかもしれない。そんな訳で溜め込んでいたアイスを食べようと意気込んだ。しかし、アイスには色んな種類がある。アイスクリーム、アイスキャンディー、シャーベット。それ以外にも色んな味がある。
チョコ系もいいけど、さっぱりシャーベットもいいなあ。……それから私はしばらく悩んだ後、今日いただく物を決めた。
早速、スプーンでアイスクリームを掬うと、口に運ぶ。舌に乗ったひんやりとしたアイスが口内の熱によって溶かされて、甘酸っぱいストロベリーの味が口の中に広がる。その瞬間、きゅーっと頬が至福の痛みを感じた。その感覚が幸せ過ぎて思わず目を細めて「ん~っ!」と声を上げて、頬を押さえた。
「美味しい?」
「すっごく美味しい!」
そう聞かれたから何も考えずに答えてしまったが、目の前に不審人物がいたことに驚いて声を上げた。
「なっ!?なんで、ゴスフェが居るの!?」
「暇だったから」
驚いてる私に対して、目の前の彼はケロッとして答える。いや、そういうことを聞きたい訳じゃなくて!私は直ぐ様、突っ込みを入れる。
「理由じゃなくてどうやって来たのってことだよ」
私が驚くのは当然だ。だって、ここは儀式の場所ではなくて私の自室なのだから、彼が居るのはおかしい。だけど、ゴスフェは平然として答えた。
「普通にサバイバーに見付からないように来た」
「…そんな簡単に言われても…。そもそも、いつの間に私の部屋に侵入したの?」
いくらゴスフェが隠密上手なキラーだとはいえ、こんな狭い部屋だと隠れる場所もなくてすぐに気付くはずだ。もっといえば、部屋のドアを開けられたのにも気付かなかったし、気配もなかった。
「普通に入ったよ。君が美味しそうにアイスを食べようとしてるときに」
「…嘘、全く気付かなかった…」
「雪葉が鈍感すぎるんだよ」
呆れたように言われて、そうなのかなと思い直す。
そこから先は言われなかったが、「そんなんだから儀式でいつもすぐに殺られるんだよ」と言いたそうにしてる気がする。…いや、でもノックしてないし、やっぱり奴がおかしい!
「でも、レディの部屋にノック無しに入るなんて失礼だよ!」
「はいはい、ごめんね。…それより、アイス早く食べないと溶けちゃうよ?」
適当に流されたけど、確かに今は私のアイスの方が大事だ。アイスが溶けてしまったらただの甘いだけの汁になってしまう。一人、至福の時間を邪魔されたことは気に食わないけど、美味しい物を食べているときにイライラしたくない。話している内に程よく溶けてしまったアイスをまた、スプーンに乗せて食べる。
「んん~、程よく溶けてるストロベリーアイスも素晴らしい!」
「ほんと美味しそうにたべるね」
「だって美味しいんだもん」
そこから味わってアイスをパクパク口に運ぶ私をゴスフェはひたすら無言で眺めていた。そんなに見られるとちょっと恥ずかしい。普段の儀式でこんなに見つめられたら即死だけど、儀式外の彼は私を殺したりはしないからそれは安心していいだろうけど。何となく、一人で食べてることが落ち着かなくなって尋ねる。
「食べたいの?」
「食べたい」
やっぱり、食べたかったんだ。アイスが食べたくて無言でじっと見つめていたことが可愛く感じて笑ってスプーンでアイスを掬うとゴスフェの口元に持っていく。
あーんって言ったら素直に口元だけ見えるようにマスクをずらして口を開けてアイスを食べる。
「美味しい?」
「甘い」
「そりゃアイスだからね」
一口食べたらすぐに彼のマスクはいつも通りに戻る。ゴスフェの素顔は見たことはないけど、薄い唇を見てるだけでも整ってるように見えるから隠されてしまったのは残念だ。もう少しだけ、見ていたい気持ちになる。まあ、きっと素顔が見られることを嫌がるタイプだろうからそんなことはわざわざ言わないけど。
私は食べ終えたアイスのカップを捨てようとしたところで、名案が思い付く。
「ねぇ、ゴスフェは好きなアイスないの?今ならアイスいっぱいあるよ」
「バニラかな。ていうかなんでアイスいっぱいあるの?」
再び開けた冷凍室を私の後ろから覗き込んで不思議そうにする。癖ありそうな性格なのに王道のバニラアイスが好きなんて意外だなあ。
「エンティティ様の報酬だよ。一緒に食べる?」
「なんだそれ。さっき食べたばかりなのにまた食べるの?」
「だって暇だし、アイス食べたいし」
それにゴスフェの口元も見ていたい、と口に出さずに付け足す。すでに食べる気満々だった私はバニラアイスを取り出すと、その手をゴスフェに掴まれて止められる。
「まだいい。後で食べるから」
「後で?後でっていつ?」
よくわからないけど、言われた通りにアイスを元に戻して冷蔵庫を閉めた。…正直、彼がまだここに滞在するなら話すことに困ってしまいそうだななんて思った。
「セックスしよう?」
「……は?」
私の質問は無視して急に脈絡なく言われた言葉に私は一瞬、思考停止する。……急に何を言い出すんだ、この殺人鬼はなんて思っていれば、また口を開く。
「暇なんでしょ?」
「…暇だけど、何でそうなるの?」
「セックスして暑くなった後にアイス食べたいから」
淡々と述べられた理由に何だそれ、と思う。お風呂の後のアイスみたいな感じで言われてもぽかーんなんですけど。
「それ、理由にならないでしょ」
「なるよ。雪葉だって俺とセックスしたいって思ってるし、アイスも食べたいって思ってるでしょ」
「…アイスは食べたいけど、…別にそんなこと…」
最初は冗談かと思っていたけど、段々と恥ずかしくなってきてもごもごと口ごもった。そんな私を見てゴスフェはおかしそうに笑って、耳元で囁いた。
「セックスの後の冷たいアイスは最高に格別だよ?」
なんだそれ、ってやっぱり思った。だけど、高鳴る鼓動も、熱くなる身体も、腰に回ってる手の喜びも誤魔化せなくて誘惑に負けて彼に抱き付いた。
多分、これが終わったら私は彼の熱にとかされてただの甘い液体になっていると思う。