恋するゾンビ
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「見飽きた顔だ」
木の影から出てきた男は開口一番にそう、不快な発言をすると私に向かってナイフを向けた。
そのナイフは丁度、私の心臓の位置に向けられていて、殺す気満々なのが伝わってくる。
私と男の距離は数メートル離れているが、お互いの声が聞こえる程度の距離だった。
「…失礼な物言い」
「…はあ、君だってそう思わない?一体、何度同じ奴等と同じような儀式を繰り返せばいいのかと」
先程まで私に向けられていたナイフの刃は彼のため息と共に地面に向いた。彼の愚痴は最もだ。
私たちはこの世界に来てから何度も何度も嫌になる程に同じ儀式を行わされていた。全てはこの地獄のような世界とシステムを造り上げたエンティティという神の存在によって。残念ながら、それでも私たちはこの儀式を拒むことも出来なければ、この世界から逃げ出すことも出来ない。選択肢なんてないのだ。
「わかるよ。けど、言ったってどうしようも出来ないよ」
「まあ、ね」
こんな世界、私だって嫌いだ。
自由な時間は短い。好きな人に逢える時間だって、ゆっくり話す時間だって、限られてる。触れあえるとすればほんの一瞬。
それはとても辛くて苦しいのに、彼が私を最後のサバイバーとして残してこうやってわざわざ時間を作ってくれることが嬉しかった。
「…でもさあ、正直すごく不思議だなって思うんだよね。いくらエンティティの力がすごいとはいえ、何度殺しても生き返ってくる君たちって何なのって」
「それは私にも説明しようがない。強いて言えば夢を見ていたみたいな感覚だけど」
「ハハ、本当にまるで君たちはゾンビみたいだよね。仲間の死体でも食べて生活してるの?」
「……」
おちゃらけてナイフをくるくる回しながらそんなブラックジョークを放つ、デリカシーの欠片もないこの男が心底むかつく。
何で、そんなこと言うかな。何度死んでも生き返る私たちは可笑しいなんて十分に理解してるつもりだ。それでもゾンビだなんて好きな奴から言われれば傷付かないはずはない。
「…ごめん、怒った?冗談だよ。まあ、本当に少し謎だとは思ってるけどね。…たださ、いいところもあるよ?同じ奴を何度もヤれるって最高なことだと思うし」
「何のフォローにもなってない」
本当になんでこんな殺人鬼を好きになってしまったんだろうと思う。そう思うのに、コイツに殺されたくて仕方ないと体が疼く。
「アハハ、確かに。じゃあさ、言い方変えようか?殺しても君に何度も逢えるの嬉しいよ」
「…嘘つき。さっき、見飽きた顔とか言った癖にさ」
「そんなに根に持たなくてもいいじゃん。俺と君の仲だろ?」
「ただのサバイバーとキラーでしょ。あんた、私の名前も知らないだろうし」
「…勿論、知ってるよ。雪葉だよね」
彼が初めて自分の名前を呼んだことに驚いて目を見開く。まさか、私に一切、興味もないようなコイツが私の名前を知っていたなんて。
「クク、驚いてるね。まさかこの俺が殺したい相手の情報を調べあげないはずないだろ」
「た、確かに。ストーカー殺人鬼だったもんね」
殺したい相手、か。
コイツが私に向ける感情が恋とかではないとは思っていたけど、そんな風に思われていたなんて。恋愛感情ではなく、殺意を向けられているとわかっただけでも嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。
「言ったこと一度もなかったけど、俺、雪葉のこと気に入ってるんだよ。じゃなければこんな儀式の最後まで生かしておかないよ。好きなものは最後に食べたい主義だからさ」
マスクに隠れたその表情は一切、見えることはないけれど、そう言いながらゆっくり距離を縮めてくる彼の口元はきっと愉しそうに歪んでいるのだろう。
ああ、そのナイフで、何度も、何度も、私の体を突き刺すんだ。最後の最後まで私の意識がはっきりあったらいいのに。そしたら、きっともっと、素敵な時間になるはずなのに。そしたら、もっと、この眼にコイツの興奮してる姿を焼き付けられるのに。
そう、彼で気持ち悪い妄想をしている間に彼は目の前に来ていた。距離が近い。この瞬間が好きで好きでたまらなくて頭がくらくらしてくる。息をするのも苦しいくらい。
「どうする?今日は逃げてみる?それとも無抵抗なまま、殺される?」
「…別に。どちらにせよ殺すだけでしょ?」
「そうだけどシチュエーションって大事じゃん。いつも同じことをしてたってたまには特別感がある方が愉しいしさ」
「じゃあ、面倒だからそのまま殺してよ」
「面倒なんて思ってもない癖に」
全部、お見通しなんだろうね。
私の気持ちを知っててお気に入りだなんて言ったり、かと思ったら私のことを見飽きたなんて言うしさ。
まあ、私も素直になれないのがいけないんだろうけど、彼のことになるとだめだね。
ナイフが胸に突き立てられる瞬間はきちんと眼に焼き付けておくから。
何度、貴方に殺されたって私は死なないし、殺されて生き返る度に貴方が愛おしくなる。
私は意識が無くなるこの先を知りたいのに、知ることは出来なくて貴方に触れられてることすらわからないなんて、なんて悲しいんだろう。