信頼関係の近道
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霧森高校に転任してきたのは1年前のことだった。他校でも数年勤めたが、長くは続かなかった。本職をがんばり過ぎるとその場所には居づらくなるからだ。教員職は表の顔。裏の顔は殺人鬼。それがジェド・オルセンの秘密だった。ジェド・オルセンという名前もただの偽名で本当の名前は別にある。俺の本職は勿論、殺人鬼の方だ。職と言っていいかはわからないが、ここまで人生をかけたものをただの趣味というも違う気がする。近場で殺しをし過ぎると、警察が嗅ぎ回ってきて厄介だし、証拠隠滅が難しくなる。それで前よりも離れた場所にやってきた訳だが、そこは変な学校だった。森の中にある学校なんて聞いたこともない。ただ、何故かこんな立地でも生徒はそこそこいるようで、経営には困ってなさそうだ。生徒の中にはたまに碌でもないやつがいて学校に警察が来ることも然程珍しくない。殺人がしづらくなるからそれがネックではある。しかし、この学校は嫌いじゃない。何故か居心地良く感じる。
それに、最近俺には新たな愉しみができた。平凡で共感できる、殺すのに値しない人間。殺人鬼のゴーストフェイスが求めていた人間をこの学校で見付けた。2-Aの坂見紅乃という女生徒はまさに、俺が求めていた人間だった。彼女なら完璧な被害者になれる。彼女が死んだ日、彼女を知る者は、どうして彼女が殺されなくてはならなかったの!?と悲嘆に暮れるだろう。それでいい。世間は死んだ方がいい人間が殺されるより、死ぬべきではない人間が殺された方がより恐怖に染まる。明日は自分が殺されるかもしれないと。
俺は彼女の行動や日課、知人関係を徹底的に調べ上げた。彼女は徒歩通学で下校は基本的に友人と共にしている。部活は帰宅部であるが、たまに吹奏楽部に顔を出している。学校内で一番、仲が良いのはクラスメイトの金木研。彼とは1年のときからの付き合いらしい。恋愛関係にはない。成績は中の上くらい。非常に真面目な性格で入学以来、無遅刻、無欠席。誰にでも優しい彼女は教師からも気に入られているようだ。家族構成は父、母、紅乃の3人。両親は共働きで、父親は海外で仕事していることが殆どだ。母親は看護師。夜勤で夜は居ないことも多々ある。学校から帰宅後、彼女は一人で過ごすことも少なくない。――そう考えると彼女はいつでも簡単に殺すことができる。時間もある訳だし焦らずゆっくり着実に計画を練って殺せばいい。最近はまた問題児が事件を起こしたらしく、警察が学校を出入りしてるから少しばかり大人しくしてる方が良さそうだ。学校で殺そうか、自宅で両親が不在のときを狙って殺そうか。彼女の綺麗な顔が恐怖で歪み、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった表情を写真に収める日が愉しみだ。
ずっとそんなことを毎日考えていた。気付けば、いつの間にかそんなことを考えて生活しているだけで1年が経っていた。まだ、彼女は殺せていない。…いや、まだ殺してないだけだ。いつだって殺せるからじっくり機会を窺うべきだ。絶好のチャンスはきっとくる。
――そして、ついに絶好の機会は巡ってきた。俺は3年になった彼女のクラスの担任に選ばれた。彼女と仲良くなって油断した隙に殺すのには打って付けの機会だ。
新学期が始まって数日が経った。3年にもなればクラスの生徒達はあっという間に打ち解けていた。今のところ、クラス内で目立った問題もなさそうだ。紅乃をクラス委員にさせることに成功したからこれから更に彼女との距離も縮めやすくなるだろう。
今日は早く学校に着きすぎてしまった。教員室で書類を作成しようとしたが、教員室が落ち着かなくて誰も居ない教室に来たつもりだった。しかし、それよりも早く来ている生徒が居た。坂見紅乃だ。彼女は早く登校してきたらしく、誰も居ない教室に一人で居た。
「あ、おはようございます。オルセン先生。見てください、このお花。素敵じゃないですか?」
「おはよう。確かに綺麗なガーベラだね。君が持ってきたの?」
「はい。親戚の方にたくさん貰ったのでお裾分けで飾りました」
窓際の花瓶に白いガーベラを飾ると、彼女は柔らかく微笑む。窓から差し込む朝日に白いガーベラ。この光景は美しい彼女には実にぴったりだ。わざわざ教室に花を飾る為に早めに登校したのだとしたら関心してしまう。本当に彼女は驚くほど真面目な生徒だ。
「ありがとう。花を飾るだけで教室の雰囲気が違って見えるよ」
「いえいえ。お花があるだけで癒やされるのでいいですよね。ところで先生は白のガーベラの花言葉ってご存知ですか?」
「…いや、知らないな」
「白のガーベラは、律儀・希望・潔白という意味を持つそうです。3年で受験もあるので、このクラスに希望があればいいなと思って持ってきたんです」
「そんな意味があったんだ。勉強になったよ。君がクラス委員になってくれたお陰で、このクラスは凄く良いクラスになりそうだ」
「役不足かもしれませんが、精一杯がんばりますね!これから1年よろしくお願いします」
儀に頭を下げる彼女に自分もよろしくと返しながら内心、彼女の発言には驚いていた。花?希望だって?女子高生がこんな夢見がちなことを普通言うだろうか。まるでおとぎ話から抜け出してきたキャラみたいだ。彼女についてはできる限り調べてきたが、まさかここまで脳内がお花畑な女だとは思ってもいなかった。
この学校には素行が悪い生徒がよく入学して来るなんて噂を聞いたことがあるが、彼女は真逆すぎる。何でこの学校に入学してきたのかも謎だ。彼女以外がみんな悪い奴等だとすると、まるで狼の群れだと知らずに紛れ込んでしまった羊のようじゃないか。
「紅乃は…じゃなかった。坂見は何でこの学校に入学したの?」
あまりにも気になって教室の机を整頓していた彼女に尋ねる。うっかり色々調べていた癖で親しくもないのに名前で呼んでしまい、すぐに言い直す。彼女は何も気にする様子もなく、黒板の上に飾ってある校訓を指差した。
「『信じる心』ってこの学校のパンフレットに書かれていた校訓に私は心惹かれました。私はこの学校に入るべきだと思ったんです」
窓から差し込む朝の光が彼女の大きな瞳に反射してキラキラと輝いていた。眩しすぎて思わず目を細める。全く嘘を言ってるようには見えなかった。教師の前だから真面目で純粋なキャラを演じている可能性もあるが。学校側がこんな10秒で考えたような校訓に本当に惹かれるだろうか。この学校が警察沙汰が多いというのを分かった上でこんなことを言っているのだとしたら、かなりのサイコパスか相当な馬鹿のどちらかだ。どちらにしても、これからもっと彼女と関わっていけば、いずれ彼女の本心がわかるようになる。俺としてはただの純粋馬鹿であった方が殺すのに相応しい人間だから嬉しいが、化けの皮が剥がれた瞬間を見るのもまた面白いだろう。
彼女に心を開かせる為にも、兎に角、できるだけ早く彼女の信頼を勝ち取らなくては。
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