ぬけがらに愛を囁く14
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今日は儀式で起こされることもなく、ゆっくりと目覚めることができた。まだ熟睡しているルイを起こさないようにベッドから抜け出すと朝食の用意をする。簡単にベーコンエッグトーストを作り、コーヒーを淹れた。
「ルイ、朝ご飯できたよ」
ぐっすりと眠っているルイを起こすのは気が引けるが彼女が起きるのを待っていたら朝食が冷めてしまう。肩を軽く揺すって起こすと無表情ながらどこか不機嫌そうだ。寝起きは大体、機嫌が良くないのはいつものことだけど、少しおかしく感じてひっそりと笑った。まだ眠そうではあるが、きちんと起きるだけ偉い。以前のルイだったら「もう少し寝る!」とか言ってきっと布団を被って二度寝を決め込むだろう。寝起きのルイにコーヒーカップを手渡すと、彼女はすぐに口をつけずにゆっくりと目を閉じた。まるでコーヒーの香りを楽しむように。その様子を見ていてふと思い出す。前にルイは俺が淹れたコーヒーを美味しいと絶賛していた。特に淹れ方に拘っている訳ではないけど、必ず俺が好きなコーヒー豆を使っていたからかもしれない。それから、コーヒーに口をつけたと思ったら一口飲んですぐにコーヒーカップを置いた。どうしたのかと思ってルイの表情をよく観察すると、僅かに眉間に皺が寄っていて顔を顰めているようだった。一体、何が不満なのかと考えてはっとした。
「…あ、ごめん。砂糖とミルク入れ忘れてた」
ルイは砂糖とミルクを入れないとコーヒーが飲めなかったんだ。逆に俺はブラックじゃないと飲めないから無意識にブラックのまま出していた。「砂糖とミルクを入れないとコーヒー飲めないなんて子供みたいだね」と笑うと「ゴーストフェイスに子供みたいとかいわれたくないし」と言い返してきた会話が脳裏を過る。砂糖とミルクを入れてやると、満足だと言わんばかりに再びこくこくとコーヒーを飲む。その姿が妙に可愛くて安心感を覚えた。本当によく見ていないと見逃してしまいそうな些細な変化だけど、ついに表情まで変わるようになってきた。今まではルイの身体が記憶していた嫌いな物や好きな曲などに対して反応を示すだけで表情には変化がなかったからこの反応は一歩前進したように思えた。それと同時に少しずつルイが戻ろうとしていることに感動を覚えた。
お互いに朝食を終えて、このあとどうしようか考える。今のところ儀式に呼ばれる気配はなさそうだ。エンティティのことだから急に呼び出す可能性は無くはないが。
ルイと俺が一緒に過ごした記憶を辿るにしても、なんだかパッと思い浮かばない。何気なく毎日を一緒に過ごしていたせいで思い出すとなると難しい。そのとき、何気なく見たデスクに置かれていた物に自然と目がいく。ルイのデスクに積み重ねられた漫画の山。その下から少しだけ写真が見えた。下敷きになっているものの、綺麗に保管されていた。手に取ってみると、それは俺とルイが一緒に写っている写真だった。マスクをした俺と、このときはまだ両目が見えていた笑顔のルイがピースしていた。ただ俺がカメラを持っていたら、そのときルイがふざけて「写真を撮ろうよ!」と急に言ってきた。俺は最初は断ったが、ルイが「いいじゃん!一枚くらい」と駄々をこねてきたから結局撮る羽目になった。しかも折角だからマスクも取ろう!とか言ってきたせいで少し格闘することになって、ちょっと面倒だったな。別にいつも俺の素顔なんか見てるんだから何も特別なことじゃないのに。すごく普通の写真なのに、すごく幸せそうに見える。そのときの俺にとっては特別じゃなかったけど、ルイにとっては特別で、そのときの気持ちを写真という形に残しておきたかったのかもしれない。もう1年近く見ていないルイのこの笑顔が懐かしく感じる。幸せそうなルイが写っていたから何となく、その写真をルイに見せてみる。
「ほら、ルイ。この写真覚えてる?」
「……」
「ルイがどうしても撮りたいって駄々をこねたから撮った写真だよ」
「……」
「…中々、いい写真だよね。ルイが前みたいにこうやって笑えるようになったらまた撮ろうか」
相変わらず何も答えてはくれないけれど、ルイの視線はしっかりと俺の手にある写真に落とされていた。もしかしたら、あのときのことを思い出しているのかもしれない。満足するまでじっくりと写真を見ていたルイはしばらくすると興味を失ったようにベッドに横になった。思わず小さく笑う。どんなに変わってしまっても彼女の本質はやはり変わらないらしい。
「やっぱりまだ寝たりなかったの?…まあ、たまにはゆっくり二度寝するのも悪くないな」
写真をデスクのよく見える位置に飾り直すと、すでに小さな寝息を立ててるルイの隣に横になる。今日は久しぶりにゆっくり二人で過ごせそうだ。
今も見えない心の内でルイはずっと苦しんでいるのかもしれない。それでも苦しみながらも、その苦しみから逃れようと必死で足掻いて戦っているのかもしれない。ナースが言っていたようにルイが一番幸せだと感じていたときのことを思い出せれば、意思が戻ってくるかもしれないというのは間違いなさそうだ。俺と過ごした日々が彼女にとってかけがえのないものだとするなら。彼女の意思が戻ったとき、もっと幸せを実感できることをしよう。今からその瞬間を想像して、幸せそうに笑うルイが隣に居てくれたら他にはもう何もいならない。