ぬけがらに愛を囁く7
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ルイと会わなくなって一ヶ月が経った。その間、彼女は一度たりとも俺の部屋に来ることはなかった。俺も彼女にわざわざ会いに行くようなことはしなかった。彼女のことが気になりはするものの、また会った所で彼女の考えは変わらないことは分かりきっていたからだ。
それにしても、すれ違うどころか最近は彼女を一度も見かけないのが気掛かりだった。サバイバーの死に顔を収めたファイルをデスクにしまうと部屋を出た。他のキラーにでもルイのことを聞いてみようと思ったからだ。そのとき、儀式を終えたのか誰かが通路の奥から歩いてくるのが見えた。最初は誰だかわからなかったが、よく見ればそれはルイだった。しかし、その姿は数ヶ月前によく見ていたルイとは全くの別人のように見えた。彼女の顔や服は大量の血飛沫を浴びたかのように至る所まで赤黒く汚れていた。その手には彼女の武器である小さなナイフが握られていて、ナイフの刃先から鮮血が滴り落ちている。ルイは何食わぬ顔で此方に向かって歩いてくる。
サバイバーを殺さない彼女がここまで血で汚れている理由がわからない。一ヶ月の間でついに彼女もエンティティに屈したのだろうか。ルイの異様な姿を目にして気になっているのに声をかけるのが躊躇われた。足を止めた俺の横をスッと通り抜け、ルイは自室に消えていった。
……明らかに様子がおかしい。前に自分が一方的に拒んだせいで声を掛けづらいから素通りした可能性はある。だけど、それにしたって彼女は一瞬足りとも此方を見ていなかったように思う。まるで目の前に居るのに気付いていないみたいな素振り。でも、きちんと自分の横を通っていったということは俺には気付いていたはずだ。
不審に思ってルイの部屋の前まで来ると扉をノックして声を掛ける。だけど、幾ら彼女の返事を待っても、声を掛け直しても彼女から反応はなかった。シャワーでも浴びてるのかと思いながら部屋に入る。すると、……彼女は居た。先程と同じく血で汚れたまま、ベッドに座っていた。彼女はまっすぐに此方を見ている。間違いなく。なのに、彼女は一言も発さなかった。気まずくなって先に声を出す。
「…ルイ、久し振り」
ただ、それでも彼女は何も答えないどころか反応を示さない。時折、瞬きをするのみ。一ヶ月前のことをまだ引き摺っているのかもしれない。それなら誤解を解かなくては。
「…この前のこと、まだ気にしてる?それなら謝るよ。あのときは少し機嫌が悪くて本心じゃなかったんだ。ごめん」
「……」
「…ねぇ、俺と口もききたくないほど怒ってるの?少しくらい反応してくれても良くない?…それとも初めてサバイバーを殺してショックを受けてる?」
ルイが反応してくれないことがもどかしくて矢継ぎ早に質問をする。それでも、やはり彼女は頷くことも、声を発することもしなかった。あれだけ人を殺すことを拒んでいたルイが人を殺してしまったとするならショックで放心状態になっている可能性はある。とはいえ、それにしたって反応がなさ過ぎる。幾らショックを受けていたとしても普通は人が部屋に入ってきたり、話し掛けてきたら少なからず何らかの反応を示すはずだ。
しゃがんで彼女の目線に合わせてみる。そのときに初めて気付いた。彼女の目に光はなかった。何処を見ているのかわからない焦点が定まっていない虚ろな目。俺は目の前に居るのに俺が見えてないみたいな態度。嫌な予感がした。もしかしたら声帯を奪われたのかと思ったけれど、そんな話じゃなかった。肩を揺すっても、彼女は無抵抗に揺さぶられただけ。何を話し掛けても反応することもなければ、表情が一切、変わることもなかった。理解したくなかったことなのに、それは確信へと変わる。エンティティによる度重なる拷問により、ついに彼女の心が完全に壊れてしまった。それ以外考えられなかった。彼女は魂の抜けた人形のようにただ、そこに座っている。俺が目の前に居ることさえ、わかっていない。いや、居るとは認識しているのかもしれないが、今の彼女にはそんなことはどうだっていいことなんだろう。
彼女はエンティティに洗脳されて、人を殺すだけの殺人鬼に成り果ててしまったのだから。