悲劇の青年
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つい最近、喰種と呼ばれるキラーがこの霧の森に来た。彼は私が今まで会ったキラーの中でも特別、扱いが難しいキラーだった。霧の森では人を殺すことを望まなくても、エンティティ様に連れて来られてキラーとしてサバイバーを殺しているキラーは少なくない。この場所に来た以上、エンティティ様に従うしかないからだ。それは彼も例外ではなかった。彼が霧の森に来た日、私が儀式の説明やこの場所のことを一通り、話しても納得いかないような反応をしていた。急なことで理解が追い付かなかったのもあるだろうけれど、はっきりと人を殺したくない、何故そんなことをする必要があるのか?とひたすら問い質された。
彼はとても心優しい青年だった。不遇なことに喰種となる手術を受けさせられて、辛くても喰種として生きていくことを受け入れた。人の心を持ちながら、喰種として生きて、人を傷付けることを望まないのに、仲間を守る為に彼は戦うしかなかった。仲間の為なら自己犠牲だって厭わないような彼だから、こんな世界は受け入れられなくて当然ではある。彼の過去の記憶を見たとき、拷問がトラウマになっているようだったから、極力、拷問はしたくないと思いながらも、このままだと彼を拷問する羽目になると思った。
しかし、初めての儀式で彼はサバイバー全員をしっかりとエンティティ様に捧げてみせた。あんなに人を殺すことを拒んでいたのに、だ。…ただ、儀式を観てて思うところがあった。
初めてだというのに驚くくらいサバイバーを狩るのに一切、迷いなく、無駄なく、行動している。サバイバーを赫子で貫いて、肉を食べる度、愉しそうに嗤っていたかと思えば、ときより、苦しそうな呻き声が漏れていた。その様子は喰種の本能で人間の肉を求めて喜んでいる半面、彼の僅かに残っている自我(良心)が食い荒らされて苦しんでいるようにも見えた。まるで、暴走している本能を制御できていないようだった。
あんな風な儀式を何度も繰り返していたら、その内、彼は本当の自分に戻れなくなるのではないだろうか?という不安が込み上げてくる。できることなら、そうならない方がいいに決まっている。彼の考え方さえ、変えることができたら、今ほど苦しまずに儀式をこなせるようになるはずだ。彼とは少し話をする必要があると感じた。
儀式が終わってから少し時間を空けて彼の部屋に向かった。しかし、扉をノックしても声を掛けてみても一切、返事がない。もしかしたら、寝てるのかもしれない。すぐに話したいと思いながらも仕方なく自室に引き返した。
それでも、妙に落ち着かない気持ちだった。きっと数日前にエンティティ様に言われていたことが原因だ。彼は儀式外で自分の赫子で自害をしようとして、それをエンティティ様が止めたらしい。それもあってか、メンタルが不安定なキラーだから気に掛けるようにと言われていた。まさか、彼がそこまでするとは思っていなかった。会ったばかりだから深くは知らないけれど、彼を調べた感じでは自分一人で塞ぎ込んでしまうタイプに思えた。来たばかりで不安だろうし、誰かと話せるだけでも少しは気持ちが落ち着くものだ。ここに来たばかりのアーティストやスージーがそうだったように、少しでも何かしてあげられることはしてあげたいと思わずにはいられない。
数時間後、再び彼の部屋に訪れて声を掛けてみたけれど、同じように無反応だった。流石に、このままにしておく訳にはいかずに「入るよ?」と声を掛けてドアノブをゆっくりと引く。鍵は掛かっていなかった。部屋の中に入ると、電気もついていない室内のベッドに人影があることに気付いた。膝に顔を埋めたまま、彼は微動だにしない。その体勢で寝てる訳ではなさそうだし、私が入ってきていることにも気付いてるはずだ。表情なんか見なくても彼が沈んでいるのがわかっていたからこそ、なんて声を掛けたらいいか悩んだ。
「……ねぇ、大丈夫?」
ようやく出た言葉がそんな言葉だった。大丈夫じゃないことなんか見てればわかるのに、それ以外の言葉が見つからなかった。ベッドの近くまで来て、そう声を掛けても彼は何も答えない。放っておいた方がいいかとも思った。それでも、何故だかそうする気になれない。
「……大丈夫なんで、放っておいて下さい」
しばらくの沈默の後、今にも消え入りそうな声が聞こえてきた。大丈夫?なんて聞いたら彼はこう返すことは予想できたはずだ。少しだけ、無理を言ってみよう。彼が怒って私を追い返すようなら、大人しく引き返すことにして。
「…少しだけ、話がしたいの」
「……僕はあなたと話すことなんてありません」
「…まあ、そう言わずに少しだけ付き合ってよ、ね?」
声に抑揚はないのに、はっきりと拒絶されているのがわかって、思わず苦笑いをする。彼は私がこの世界で調教師としてエンティティ様の元で働いていると言ったときから、私を敵視している。まあ、よくある反応だから慣れてることではあるけれど、もう少し心を開いてほしいなんて思う。
「……」
「…君の儀式、観てたんだけど…あのとき、何を考えてた?」
「……知りません。…儀式の記憶なんてありませんから」
「……記憶がないって言うのは、忘れちゃったってこと?…それとも、…ほぼ無意識で儀式を行なってたってことかな?」
「……極度の飢餓状態で、儀式の場所にいました。…気付いたら、お腹は満たされてて、儀式は終わっていたんです…」
ぽつりぽつりと話すのを聞いていると、やっぱりあの儀式は喰種の本能で捕食行為を行なっていたことがわかる。彼の意思と関係なく。だけど、それでも辛そうなのは人を殺した感覚が残っているからなのだろうか。彼は一人でずっとそれを考えて罪悪感に押し潰されそうになっていたのかもしれない。エンティティ様は彼が人を殺すのを望んでないとわかっていたからこそ、きっと極度の飢餓状態のときに彼を儀式に放り込んだ。そうすれば、彼の本能が抑えきれなくなるとわかっていたから。
「…そっか」
「……そうやって、僕は…この世界でどんどん化け物になって、…飼い殺されていくんですね…?」
「……」
彼の声が微かに震えていることに気付いた。膝に顔を埋めたまま、彼は泣いている。彼の心情を考えるとやるせない気持ちになる。それでも私の役目はキラーに褒美と苦痛を与えることで彼等の儀式のやる気を出させるようにすることだ。