溢れ出る才能
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モニター越しに儀式を観てて、そろそろアーティストに初めての報酬を与えてあげようと考えた。彼女がこの世界に来てから二週間が経とうとしている。丁度いい頃合いだろう。自ら儀式を終えたアーティストの部屋に向かう。彼女はとても優しい性格だから儀式ではサバイバーを殺すことに苦戦すると思っていたが、そんな心配は必要なかった。彼女の戦績は悪くない。慣れてないからサバイバーを取り逃がすことはあるけど、殺すのを躊躇っている感じはなかった。彼女はきっと、この世界に引き摺り込まれたときから全てを覚悟していたのだ。
これから先も自分が誰かを苦しめてしまうことも、自分自身がずっと苦しむべき人間だということも。正直言うなら、それは違うと私は思っている。過去に起こったことは彼女に非はないし、何故、彼女がここまで苦しめられなければなかったのだろうと同情してしまう程、辛い思いをしてきた。強いて言うなら、前世の神様があまりにも非道だった。この世界の神に拾われた限り、もう自分の罪を責めさせたりはしない。
彼女の部屋の扉をノックして数秒待てば、アーティストが扉を開けて出迎えてくれた。
「お疲れ様、アーティスト。報酬あげに来たよ。少しだけ時間もらっていいかな?」
彼女はこくんと頷いて私を招き入れた。アーティストの部屋はまさに芸術家といった感じで自作の絵がたくさん飾ってあったり、真っ黒なインクが床や壁へと至る所に飛び散っていた。その汚れさえ、何故か意図的にデザインされたように見えるのだから不思議だ。彼女はメモ用紙とペンを持つとさらさらと文字を書いていく。カモミールティーでいい?と書かれた綺麗な文字を見せられて頷くと彼女は準備し始めた。アーティストは初めてこの世界に来たときから舌がなかった為に喋ることが出来ず、会話をするときは筆談でする。
「この世界にはだいぶ慣れた?わからないことや困ってることがあるなら聞くから何でも言ってね」
〈まだ未熟だけれど少しずつ慣れてきた。貴女が言った通り、過去は過去として考えて兎に角今を生きることに決めたら少しだけ楽になれた気がする。ありがとう〉
メモを見せるとアーティストは表情を和らげて微笑んだ。彼女のそんな表情が見てれて私も内心ほっとした。この世界に来たばかりの彼女はまるで魂が抜けたような顔をしていて、生きる意味を失っていた。あんなに辛いことばかりが起こっていれば当然だけど、ずっと不安だった。彼女が今でも自分自身を責め続けているんではないかと思っていたから。少しでも彼女の気持ちが前に向くように私は小さなことでも協力して支えてあげたいと考えていた。
彼女が淹れてくれたカモミールティーを一口飲むと優しい味がした。
「それなら良かった。…それで、何か欲しい物はある?アーティストなら絵を描く道具かな?」
〈報酬は何でもいいの?〉
「うん。無理なものじゃなければね」
しばらく考えるように私をじっと見つめていたかと思うと彼女はさらさらとペンを走らせた。
〈…それならリフの絵を描かせてほしい。…ダメ?〉
「いいよ。…ただ、私なんか描く意味あるかな」
〈会った日から貴女を描いてみたいと思ってたの〉
「そっか。アーティストにそう言って貰えるなら光栄だね。で、私はどんな風にしてればいい?」
〈裸になって、ここに立っててほしい〉
「…え?裸?ヌードモデルってこと?」
〈…ダメかな?〉
「…ダメじゃないけど、少し恥ずかしいなあなんて…」
〈恥ずかしがることなんてない。いつも通りの感じでいてくれればいいから〉
絵のモデルになるぐらいならなんて思ってたけど、まさかヌードモデルの方だと思ってなくて少し驚く。恥ずかしがるのも変かもしれないけど、絵を描くってことは一方的に裸をじっくり見られる訳だし、同性でもちょっと恥ずかしく感じる。一緒にお風呂を入ったりするのとは訳が違う。…とはいえ、彼女にダメ?なんて悲しそうに言われると断れる訳もなく、仕方なく恥を忍んで服を脱いだ。アーティストがただのモデルとして思っているなら何も気にするべきじゃない。
すぐに絵を描く準備をしたアーティストの指示通り、少し斜めを向いた体勢のポーズをキープする。いつも通りでなんて言われたけど、どんな表情をすればいいんだろう。そう考えていれば、目の前にパッとメモが出されて〈表情が少し固い。恥ずかしがらない!〉と書かれていた。
「そんなこと言われても…」
〈動かないで!〉
反論しようとしたけど、彼女のスイッチが入っているときは何か言うのは良くないかもしれない。いつもの穏やかなアーティストとは違って今の彼女は厳しい。
…なるべく、いつも通り冷静に。
そして少し休憩を挟みつつ、数時間じっとモデルをしていれば、絵が完成したらしい。完成した絵を見せてもらえば黒のインクのみでしか描かれていないのに黒と画用紙の白が対比になっていてくっきりとした仕上がりになっていた。
「……すごい…この絵、生きてるみたい…!黒のインクのみでこれだけ表現出来るんだから、やっぱり貴女は天才なんだね」
芸術とかに詳しくない私が見たって感動するんだから、紛れもなく彼女には才能があるのだろう。思った感想を述べればアーティストは照れて嬉しそうに笑った。
〈モデルがすごく良かったからだよ。リフを描きたいと思ってた願いが叶って嬉しい。モデルをしてくれてありがとう〉
「こちらこそ、素敵に描いてくれてありがとう」
彼女を抱き締めれば遠慮がちに彼女も抱き締め返してきた。もう、彼女の素晴らしい才能を奪う奴らはいない。
彼女の失われた腕はエンティティ様が与えてくれたからこれからは好きなだけ絵を描くことができる。舌を切り落とされて詩が読めなくなったとしても、文字に興すことができる。これからはアーティストのカルミナとして思うがままに作品を造り続ければいい。
「…アーティスト、貴女が描いた素敵な絵、また見せて。それから、いい詩が出来たらそれも見せてほしい。楽しみにしてるね」
アーティストは一瞬、目を見開くと頷いて微笑んだ。その頬に一筋の綺麗な涙が流れていき、『たのしみにしてて』と彼女の口が動いたのがわかった。