憧れと自信
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彼女の部屋の前に来たはいいものの、入るのに戸惑ってうろうろと廊下を行ったり来たり。私なんかが来て迷惑に思うかもしれない。忙しいかもしれない。緊張してちゃんと喋れないかもしれない。そんな考えが頭の中をぐるぐると廻って、部屋に入る勇気が中々出なかった。
やっぱり帰ろうか…でも折角、勇気を出してここまで来たのに帰るなんて…。こんなことでさえ、うじうじと悩んでいる自分が情けなく感じた。こんなんじゃダメだ。私は深呼吸をすると、扉をノックする為に拳を作った。そのとき、後ろからぎゅっと何者かに抱き締められた。柔らかいものが背中に当たる感覚がして、ふわっと仄かにいい香りがする。
「何か用?スージー」
そして、後ろから彼女の声がした。
それだけで私は軽くパニックになった。不意打ちで抱き締められたことにも、その相手が彼女であることにも。心臓がドキドキして顔が一気に熱くなるのがわかる。
「…っ、リフさん…!?」
「はい?」
「はい、じゃなくて急に抱き付かれたらびっくりするよ…!」
私がそう言えば、彼女はごめん、ごめんと悪びれなく笑った。それから彼女は私から離れると部屋の中に案内してくれた。私はお邪魔しますと彼女の部屋に恐る恐る足を踏み入れた。私をソファーに座るように促すと彼女はお湯を沸かして、私の前に紅茶が入ったカップを置いた。オレンジのいい香りがする。熱々の紅茶を冷ますように息を吹きかけて一口飲むと彼女が話しかけてきた。
「…それで、私の部屋の前をしばらくうろうろしてたみたいだけど、何の用事があったの?」
「…えっ、何でそれを?」
「部屋に入ろうとしたらスージーが居たから、ちょっと隠れて見てたの」
「…それなら早く声をかけて欲しかった」
あんなうろうろしてたところを見られていたかと思うと少し恥ずかしくなった。彼女がクスクスと笑うから余計に恥ずかしくなる。
「…リフさんと少し話がしたくて。もし、迷惑ならすぐに帰るから」
「全然、迷惑じゃないよ。そんな風に言ってくれる子っていないから嬉しいな」
「それなら良かった」
「何のお話する?恋ばな?それとも何か悩みが?」
心の何処かではわかっていた。ずっと部屋に入るのを迷っていたけど、彼女はどんな理由があったとしても私を邪険にしたりなんてしないってこと。
この霧の森に来たばかりのときだって、彼女は私の心配をしてリージョンのメンバー以上に私のことを気にかけてくれた。キラーの拷問をしているせいでキラーからはあまり好かれてないらしいし、現にフランクにだって彼女にはあまり関わるなと釘を刺されていた。だけど、あの時どうしようもないくらい不安だった私の話を親身になって聞いてくれて、アドバイスをくれた彼女が居たから私は頑張ってこれた。誰が何て言おうと彼女は優しいし、そんな彼女が私は好きだ。
「…どうやったら、リフさんみたいになれる?」
「また唐突な質問だね。…何で私になりたいの?」
「…私、コンプレックスが多いんだ。変わりたいって思うのに、どうしたらいいかわからない。…リフさんみたいに強い女性になりたいの」
学校に馴染む為、グループで浮かないようにする為、私はずっと周りの人達の意見に合わせてばかりいた。本当は嫌だと思うことも、好きじゃないこともみんなに合わせてやってきた。そうやって周りに合わせていれば苛められたり、ハブられたりすることもなく、仲間として認めてもらえた。私はそれでいいと自分に言い聞かせていたけど、何処かスッキリしなくて自分って一体何なんだろうと思うようになった。自分の人生なのに人の意見に左右されてばかり。私はそんな自分が情けなく感じた。彼女に会ってから芯の強い女性に憧れて彼女みたいになりたい、変わりたいと強く思うようになった。
「はっきり言うと、きっとスージーは私みたいにはなれないと思う」
「…え?」
「貴女と私は似ても似つかないから」
真っ直ぐと私を見つめて彼女が言った言葉に私は少なからずショックを受けた。例え、それが事実だとわかっていたとしても。何も言えずに私は自然と俯く。
「スージーは私と違って優しいし、純粋だし、慎重に物事を進めるし、何処か不安定で放っておけなくなる。貴女はそんな子」
「……」
「貴女にとってはコンプレックスだと思う部分は他人から見れば個性で魅力だよ。…とは言っても、自分ではそう思えないから悩むのもわかる。でも、私はそのままのスージーが好きだよ。貴女が憧れてる私がそう思ってる」
「…!」
思わず、ぱっと顔を上げると彼女は優しい笑みを私に向けていた。たったそれだけ、だけど私の胸はいっぱいになる。好きだと言ってもらえるだけで、そのままの私でいいと肯定してもらえるだけで、泣きたくなる程ほっとする。泣かないようにぐっと膝に置かれた手を強く握り締める。
「…ただ、それでも変わりたいって思うなら、スージーに足りないものって自信だと思うから、まずは自分自身を否定しないで肯定してあげてほしい」
「…自分自身を、肯定…?」
「そう。スージーっていつも何処か自分のこと否定しがちでしょう?」
彼女に言われたことに頷く。いつもミスする度、ああすれば良かったとか自分ってダメだなと自分を責めずにはいられない。それが無意識の癖だった。
「自分を否定し続けると、自信がなくなっちゃうものだよ。そういう思考がスージーを苦しめてると思う。ずっと自分自身をね。だから、何か一つでも決めたことを成し遂げたら自分を褒めてあげよう。ミスをしても絶対に自分を責めたりしない」
「……でも、出来るかな…」
「大丈夫。意識すれば出来るようになるよ。…でももし、ミスして自分を責めたくなったら私のところに来て。いつでも、いっぱい慰めるし、うんと褒めてあげるから」
「…いいの?迷惑じゃない?」
「迷惑だと思ってたらそんなこと言ったりしないよ」
妙に説得力のある言葉だった。彼女が気を使ってそんな嘘を吐くタイプじゃないのはわかってる。わかった?と聞かれて頷いてお礼を言うと、彼女は優しい手つきでさらりと髪を撫でてくる。ドキドキするけど、それでも心地好かった。
「もうひとつ、質問してもいい?」
「どうぞ」
紅茶を飲み干すと、どうしても彼女に尋ねてみたかったことを質問する。
「リフさんはどうしてそんなに綺麗なの?」
「……それね実は内緒にしてたんだけど、私、吸血鬼なんだ。…今まで美女の血をたくさん吸ってきたらこんな容姿になったの」
「……えっ!?吸血鬼!?」
彼女が言ったことが理解出来ずに一瞬、フリーズした。だけど、吸血鬼と言われるとここまで綺麗なのも何故か納得できる。
「うん。だから、スージーの血も少しだけ頂戴」
「……え?…ええっ!?ちょっと、待って…!」
そう言って彼女が肩に手を置いて、首筋に口許を近付けてくるものだからどうしたらいいかわからなくなる。急にそんなこと言われても困るし、血を吸われるってすごく痛そうだ。…でも、彼女に吸われるならいいか、なんて思ってしまって思わず、ぎゅっと目を瞑った。
けれど、少し待っても痛みはやってこなかった。不思議に思っていると、耳元でクスクスと楽しそうな笑い声が聞こえて囁かれた。
「ふふ、なーんてね。冗談だよ」
「……え?冗談…?」
「うん、吸血鬼な訳ないじゃん。スージーって本当に純粋で可愛い子だよね」
可愛いがられるように頭を撫でられながら、からかわれたんだと遅れて気付いた。私は恥ずかしくなって、もう!と誤魔化すように彼女に抱き付いた。
彼女が私を肯定してくれるなら私は幾らだって強くなれる気がする。そんな不思議な自信が沸いてきた。