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“刻む夢~後編”
ローはドフラミンゴに対する礼儀がなってないとヴェルゴに殴られた。
口の中を切ったらしく、溜まる血を磨かれた冷たい大理石の床に、ペッ……! と吐き出した。
(くっ……思いっきり殴りやがって……っ!)
殴られてズキズキと痛む頭からは額を通り血が伝い落ちる。
ゆらっと立ち上がって見据えるのは黒いサングラスをする男の顔。
(相当怒ってんな……)
ヴェルゴの後ろにはソファに座るドフラミンゴがフフッ……と笑みを湛えていた。
(フン……。 何で俺が尊敬もしてもねえてめェらに “さん” なんか付けるんだよっ!)
ローにしたら、どうでもいい事で一方的に呼び出されて殴られて、礼儀なんて通すわけがないと睨む。
(奴は見てるだけと言ったな……。 そこで踏ん反り返って見ていろ! お前の可愛い部下を半分にしてやる!)
やられっぱなしになどならないと、挑む目にドフラミンゴは何を見せてくれるのか眺める。
ローは左手を上げ能力を発動する。
「ROOM」
青白い光が広がりヴェルゴの体はドーム内に包まれた。
ヴェルゴは初めて見るローの能力に動揺はない。
これか……と心の内で呟いただけだ。
ローの前に試しにとサイドテーブルに生けてある花の花瓶を投げつける。
瞬間、スパン……! と真っ二つに斬れた花瓶。
零れる水が床へと落ちる前にローがヴェルゴの胴を斬ろうとしたが出来なかった。
確かに、いつも通り慣れた能力で斬ったはずなのに、何かに阻まれたように目の前の男は斬れてない。
どういう事だ!? と見つめるローのヴェルゴは簡単に斬れそうな竹竿しか手にしてない。
首を横にコキッ……と鳴らす男と見物だなと笑う男。
「誰もが……その能力が通用するとは限らない」
ヴェルゴは踏み込みざまにローの腹に突き入れた。
「……っ!?」
重い一撃にローの能力は瞬時に消え失せ膝をついてしまう。
(クソ……ッが!)
能力が通じない事に信じられないと睨みつける。
自分よりも力で完全にヴェルゴが上回ろうとも、屈しないと腹を庇うように立ち上がった。
「ドフィがお前に目をかけているからこそ、許して貰ってる事に調子にのるな」
「のってなんかねェ……っ! が……っは……」
ヴェルゴがローの腹へと再度、武装色で強化した竹竿で突き、呻いて屈むローの背中に叩き入れる。
思わず苦痛でローの手からナイフが離れて、カラン……と床に転がった。
息が詰まり、床へとローは伏して呼吸が荒くなる。
「……ッ、ハァ…ア……ハァ……」
ナイフへと伸ばす手。
床はローの額から流れる血で汚れた。
歯が立たないのは分かりきっているにも関わらずまだ、反抗するローをヴェルゴは見下ろす。
「理解してないようだな……実力の差というものを。 頭が良いようで悪いらしい」
ローは痛む体を強い意志により奮い立たせる。
(……てめェに言われたくねェよ!)
言葉に出さずとも、ヴェルゴはローの心を射抜き、仕置きする手に力が入る。
「……教えてやる! 礼儀というヤツをお前にな」
「ハッ! 必要ねェ……っ!」
ローはヴェルゴに殴り掛かったが、半歩引き躱されて腕を掴まれた。
強く握られ、軋む骨の痛みに耐えようと眉が自然に寄る。
(……っ!)
意地で声をあげようとしないローをヴェルゴは床へと殴り倒した。
転がるローをドフラミンゴは面白そうに見て笑う。
もがく気に入りの玩具。
自分の思い通りに動くのが嫌で、反抗する玩具ほど可愛いものはない。
痛めつけて屈服させるのが楽しくて仕方ない。
壊れないように手加減して、次は何をしてくるのか……と想像する。
背筋をゾクリ……と抜ける快感が堪らない。
「フフフ……ッ! ……フッフッフッ! ロー……てめェはあん時から俺のモンなんだ」
左手をあげて指で、くん……と曲げて操る糸でローの体を締めつけた。
息が出来ないくらいに、きつく締め上げて拘束する。
「……ハッ……ア……!」
動けない体は酸素を求めて口を開けても、呼吸出来ないうえに悲鳴をあげたくてもあげれない。
「……っ……ァ……!」
ローの意識が飛びそうになる寸前に拘束が解かれた。
すぐに肺へと酸素を送り込むローをドフラミンゴは口角をあげて見下ろす。
「苦しそうだな……」
「……っそがっ!」
絞るような掠れた声で睨み返すローをヴェルゴが蹴り飛ばした。
「言葉に気をつけろ……!」
倒れるローのパーカーを掴んで体を起こし、呻く腹へと重い拳を教え込むように何度も叩き入れる。
「お前の成長を期待するドフィの心が分かってないようだ。 スペード、ハート、ダイヤ、クローバー……いずれかの椅子を残してやろうという優しい心がな! そんなお前にはきちんとした仕置きが必要だ」
ヴェルゴは言い終わると、床へとローを投げ飛ばした。
床にうつ伏す様に倒れるローは手をついて起き上がろうとする。
(そんなのなりてェなんて……一度として思った事なんかねェよ! 押し付けんじゃねェ!)
痛めつけられた体は反抗したくても出来ないが、心は決して屈しないとその目は光る。
ヴェルゴは倒れるローの右手を見つめて口端が歪む。
その手の甲は血で汚れ、指にはDEATHと刺青が入っていた。
「お前の指……失ったらどうなる?」
途端にローはまさか……!? とヴェルゴを見開いた目で見上げる。
無表情の男は床に落ちたローのナイフ拾うと、倒れるローの前にしゃがんだ。
反れる刃先でツーッ……とローの左手の甲を撫でる。
指の方へとじわじわと進む冷たい刃の感触とともに、一筋の朱がプツプツと小さな丸い粒を作りながら伸びていく。
冗談じゃない! とローはその手を刃から逃げようとしたが出来なかった。
「……っ……くっ!」
ドフラミンゴの糸が巻きついて動けない。
ナイフが中指の爪の上に力が加えられたかと感じて、ふいに負荷が抜けた――
刹那、ヴェルゴはナイフを一気に突き落とす。
「がっ……! ああああーっ!」
ローの手から激痛が白い光となって走り体を突き抜けた。
指は落ちていないが左手をナイフで突き刺された。
ヴェルゴはローが自分の敬愛するドフラミンゴに二度と抗おうと思わないようにと刻む。
ローは火傷の痛みにも似た焼けつく熱さに襲われた。
引かない痛みに手が震える。
「……っあ……くっ……」
痛さを堪えようと荒い息があがった。
言葉が発せられないローの目の前にはナイフの柄を持つヴェルゴが窺う。
「……このまま切り裂いてもいいんだぞ?」
ローは脅しに屈したくないとヴェルゴを睨みつける。
「まだ、分かっていないようだな……頭の悪いガキだ」
「……ハア、ハア……ッ……」
ヴェルゴのサングラス越しに覗いて見える冷たさにローは狂気を感じた。
止まない痛さと悔しさで眉が寄せられた瞬間、ナイフが引き抜かれた。
呻く声が上がる前に、右手に容赦なくヴェルゴは突き刺す。
「あ……! くっああああっー!」
ローの叫び声が部屋に響いた。
痛みで全身を震わせるローの目に、ガラス越しの部屋から、いつもと変わらない雪がちらついていた。
何が起きようとここの自然は変わらない。
血の匂いが充満しようが、何事もないように淡々と同じ毎日が繰り返される。
白い雪で覆われる風景は無表情の傍観者――
求めないし応えもしない。
(詰まらねェ……景色だ)
嫌な汗が額を伝って、こべりつく血と混ざり床に広がる。
先に刺された左手は赤く染まり傷がどこなのかも分からない。
両手の止まない痛みは意識を失う事を拒むようにローの脳内を駆ける。
それでも強く思う――負けたくねェ……!
圧倒的な力の差だが屈したくない。
しかし、力が及ばないのは歴然で、敵わない悔しさは手から伝わる激痛よりも耐えられない。
瞼の裏には自分の夢であり野望がはっきりと浮かぶ。
遙か先に見える誰にも束縛されない大海原。
本で読んだあの海はつねに変化し同じ海など一つもない。
隣には困難な海を乗り越えて笑う仲間の姿。
(ペンギン、シャチ、ベポ……。 あいつらと一緒に行くんだ……!)
今、死ねば永遠に果たされる事はない。
手に入れる為に今を耐えると歯を喰いしばる。
血の味が叫んで乾いた喉に広がった。
屈辱なら幼い頃から耐えて慣れている。
どんな汚れた道を歩く覚悟もある。
目を閉じて耐えてみせると決める。
自分を笑って見下ろす男と見据える男を見つめた。
「ドフラミンゴさん……ヴェルゴさん……」
掠れた声で呼べば突き刺すナイフから力が抜けた。
ヴェルゴの薄い唇の端が上がった。
「理解したか?」
「……はい」
眉をひそめるローにヴェルゴは動くなと命じて、絶対的な主であるドフラミンゴを仰ぎ見る。
ドフラミンゴはソファから立ち上がるとローに近づいた。
長い指でローの血で汚れる顎を掴んで上向かせた。
「フッフッフッ……。 俺の思いが分かってくれたみてェで嬉しいぜ……ロー」
「…………」
「その手、痛そうだな?」
窺うドフラミンゴをローは見ていた。
「手当を……お願します」
「ああ、いいぜ。 可愛いお前の頼みだ聞いてやる。 腕のいい外科医を呼んでやるよ」
屈する事に眉を寄せるローにドフラミンゴは楽しくて仕方がない。
礼を言おうと口を開こうとしたローをドフラミンゴは遮って笑う。
「フフッ……礼はいらねェ。 傷が治ったら俺の頼みを聞いてくれればな」
「はい……」
「いい子だ」
ドフラミンゴはスッと立つとヴェルゴに命じた。
「手配しろ」
ヴェルゴは 「はい」 と返事をすると電伝虫の受話器を手にして、医者を部屋に寄こすようにと告げた。
その間にドフラミンゴはローを立たせてソファに座らせて体を休ませる。
自分もまた気に入りのソファにドカッと腰かけた。
ヴェルゴはローを見下ろす。
「分かっているだろうが、神経は避けている……治療すればもと通り動くだろう」
大人しく頷くローにヴェルゴは満足そうに微笑する。
「ロー……」
「……はい」
「ドフィを失望させるな」
「最善を尽くします……」
ローの答えにヴェルゴは頷くと、サッ……と袖をずらして腕時計を見る。
「ドフィ、すまないがそろそろ海軍に戻る時間だ」
「そうか、気をつけろよ」
「ああ、分かっている」
ヴェルゴはそのまま静かに去って行った。
その後、ローは入れ違いのように現れた医者に手当を受けた。
それから、俺は仲間の待つ家へと戻った。
傷だらけの俺をあいつらは驚いていたというより、あれは怒りを抑えたような顔だった。
両手の包帯にペンギンは露骨に眉をひそめた。
普段騒ぐシャチは黙って白い包帯を睨み、ベポなんかは呻ってたからな。
理由を尋ねられ隠す事もないと話す。
「奴に礼儀がなってねェ……とかいう、くだらない理由でおっさんにな……」
「動くのか?」
すぐに心配して尋ねるシャチに俺は安心させるように微笑した。
「傷が治るまでは動かせねェ……が、治れば大丈夫だ」
「そうか……」
良かったと安堵の息を吐いて肩の力を抜くシャチは笑う。
――命が無事で良かったな……と。
生きてれば、どこからだって這い上がる。
やってやる……! と口端を上げる俺に、シャチはいい事思いついたような顔で笑う。
「そうだ! 手が使えない間は俺がローの世話してやるよ! 傷の消毒とかよ!」
「…………」
あア!? 誰がさせるか! ど素人にっ!
こいつ、あの時の傷の手当ての仕返ししようとしてんな。
「しなくていい。 傷はモートに頼む。 普段の生活はペンギンがほとんどやってるから問題ない。 ……お前に頼む事はねェ」
「……風呂は?」
「少し入らねェぐらい問題ねェ」
「メシは?」
「ベポにあの時の逆で、今度はやって貰うからいい」
「…………」
やる事がないと黙り込むシャチ。
苛めすぎたか……。
仕方ねェ。
「……本のページを捲れ」
途端に明るくなる顔に笑っちまう。
「ああ、任せろ!」
シャチが張り切って宣言した直後に俺は突き落すように告げる。
「寝るんじゃねェぞ」
瞬間、え……という顔でシャチはまさか……と俺を見つめる。
「付き合って貰うからな」
「……うっ! 嫌だ~っ!」
頭を抱えるシャチにペンギンは 「頑張れよ」 と笑い、ベポは的はずれの答えで止めを刺す。
「おれも前にシャチにしてもらった。 楽しかったよ!」
「わああああーっ!」
付き合いたくねェ! と叫ぶシャチの声が部屋に響いた。
数日後――
俺は抜糸も済み、治った手を眺めながら路地を歩いていた。
確認する様に指を動かしてから、手の甲に残る線が引かれたような傷を見つめた。
刻まれた印は耐えると決めた傷でもある。
指の刺青が視界に入ってふと思った。
……彫ってみるか。
陽の光に手を翳して、夢を手に入れるために刻もう。
近い未来に掲げる黒旗を――
いつか必ず行ってみせる。
仲間と共に偉大なる航路へ――
ローはドフラミンゴに対する礼儀がなってないとヴェルゴに殴られた。
口の中を切ったらしく、溜まる血を磨かれた冷たい大理石の床に、ペッ……! と吐き出した。
(くっ……思いっきり殴りやがって……っ!)
殴られてズキズキと痛む頭からは額を通り血が伝い落ちる。
ゆらっと立ち上がって見据えるのは黒いサングラスをする男の顔。
(相当怒ってんな……)
ヴェルゴの後ろにはソファに座るドフラミンゴがフフッ……と笑みを湛えていた。
(フン……。 何で俺が尊敬もしてもねえてめェらに “さん” なんか付けるんだよっ!)
ローにしたら、どうでもいい事で一方的に呼び出されて殴られて、礼儀なんて通すわけがないと睨む。
(奴は見てるだけと言ったな……。 そこで踏ん反り返って見ていろ! お前の可愛い部下を半分にしてやる!)
やられっぱなしになどならないと、挑む目にドフラミンゴは何を見せてくれるのか眺める。
ローは左手を上げ能力を発動する。
「ROOM」
青白い光が広がりヴェルゴの体はドーム内に包まれた。
ヴェルゴは初めて見るローの能力に動揺はない。
これか……と心の内で呟いただけだ。
ローの前に試しにとサイドテーブルに生けてある花の花瓶を投げつける。
瞬間、スパン……! と真っ二つに斬れた花瓶。
零れる水が床へと落ちる前にローがヴェルゴの胴を斬ろうとしたが出来なかった。
確かに、いつも通り慣れた能力で斬ったはずなのに、何かに阻まれたように目の前の男は斬れてない。
どういう事だ!? と見つめるローのヴェルゴは簡単に斬れそうな竹竿しか手にしてない。
首を横にコキッ……と鳴らす男と見物だなと笑う男。
「誰もが……その能力が通用するとは限らない」
ヴェルゴは踏み込みざまにローの腹に突き入れた。
「……っ!?」
重い一撃にローの能力は瞬時に消え失せ膝をついてしまう。
(クソ……ッが!)
能力が通じない事に信じられないと睨みつける。
自分よりも力で完全にヴェルゴが上回ろうとも、屈しないと腹を庇うように立ち上がった。
「ドフィがお前に目をかけているからこそ、許して貰ってる事に調子にのるな」
「のってなんかねェ……っ! が……っは……」
ヴェルゴがローの腹へと再度、武装色で強化した竹竿で突き、呻いて屈むローの背中に叩き入れる。
思わず苦痛でローの手からナイフが離れて、カラン……と床に転がった。
息が詰まり、床へとローは伏して呼吸が荒くなる。
「……ッ、ハァ…ア……ハァ……」
ナイフへと伸ばす手。
床はローの額から流れる血で汚れた。
歯が立たないのは分かりきっているにも関わらずまだ、反抗するローをヴェルゴは見下ろす。
「理解してないようだな……実力の差というものを。 頭が良いようで悪いらしい」
ローは痛む体を強い意志により奮い立たせる。
(……てめェに言われたくねェよ!)
言葉に出さずとも、ヴェルゴはローの心を射抜き、仕置きする手に力が入る。
「……教えてやる! 礼儀というヤツをお前にな」
「ハッ! 必要ねェ……っ!」
ローはヴェルゴに殴り掛かったが、半歩引き躱されて腕を掴まれた。
強く握られ、軋む骨の痛みに耐えようと眉が自然に寄る。
(……っ!)
意地で声をあげようとしないローをヴェルゴは床へと殴り倒した。
転がるローをドフラミンゴは面白そうに見て笑う。
もがく気に入りの玩具。
自分の思い通りに動くのが嫌で、反抗する玩具ほど可愛いものはない。
痛めつけて屈服させるのが楽しくて仕方ない。
壊れないように手加減して、次は何をしてくるのか……と想像する。
背筋をゾクリ……と抜ける快感が堪らない。
「フフフ……ッ! ……フッフッフッ! ロー……てめェはあん時から俺のモンなんだ」
左手をあげて指で、くん……と曲げて操る糸でローの体を締めつけた。
息が出来ないくらいに、きつく締め上げて拘束する。
「……ハッ……ア……!」
動けない体は酸素を求めて口を開けても、呼吸出来ないうえに悲鳴をあげたくてもあげれない。
「……っ……ァ……!」
ローの意識が飛びそうになる寸前に拘束が解かれた。
すぐに肺へと酸素を送り込むローをドフラミンゴは口角をあげて見下ろす。
「苦しそうだな……」
「……っそがっ!」
絞るような掠れた声で睨み返すローをヴェルゴが蹴り飛ばした。
「言葉に気をつけろ……!」
倒れるローのパーカーを掴んで体を起こし、呻く腹へと重い拳を教え込むように何度も叩き入れる。
「お前の成長を期待するドフィの心が分かってないようだ。 スペード、ハート、ダイヤ、クローバー……いずれかの椅子を残してやろうという優しい心がな! そんなお前にはきちんとした仕置きが必要だ」
ヴェルゴは言い終わると、床へとローを投げ飛ばした。
床にうつ伏す様に倒れるローは手をついて起き上がろうとする。
(そんなのなりてェなんて……一度として思った事なんかねェよ! 押し付けんじゃねェ!)
痛めつけられた体は反抗したくても出来ないが、心は決して屈しないとその目は光る。
ヴェルゴは倒れるローの右手を見つめて口端が歪む。
その手の甲は血で汚れ、指にはDEATHと刺青が入っていた。
「お前の指……失ったらどうなる?」
途端にローはまさか……!? とヴェルゴを見開いた目で見上げる。
無表情の男は床に落ちたローのナイフ拾うと、倒れるローの前にしゃがんだ。
反れる刃先でツーッ……とローの左手の甲を撫でる。
指の方へとじわじわと進む冷たい刃の感触とともに、一筋の朱がプツプツと小さな丸い粒を作りながら伸びていく。
冗談じゃない! とローはその手を刃から逃げようとしたが出来なかった。
「……っ……くっ!」
ドフラミンゴの糸が巻きついて動けない。
ナイフが中指の爪の上に力が加えられたかと感じて、ふいに負荷が抜けた――
刹那、ヴェルゴはナイフを一気に突き落とす。
「がっ……! ああああーっ!」
ローの手から激痛が白い光となって走り体を突き抜けた。
指は落ちていないが左手をナイフで突き刺された。
ヴェルゴはローが自分の敬愛するドフラミンゴに二度と抗おうと思わないようにと刻む。
ローは火傷の痛みにも似た焼けつく熱さに襲われた。
引かない痛みに手が震える。
「……っあ……くっ……」
痛さを堪えようと荒い息があがった。
言葉が発せられないローの目の前にはナイフの柄を持つヴェルゴが窺う。
「……このまま切り裂いてもいいんだぞ?」
ローは脅しに屈したくないとヴェルゴを睨みつける。
「まだ、分かっていないようだな……頭の悪いガキだ」
「……ハア、ハア……ッ……」
ヴェルゴのサングラス越しに覗いて見える冷たさにローは狂気を感じた。
止まない痛さと悔しさで眉が寄せられた瞬間、ナイフが引き抜かれた。
呻く声が上がる前に、右手に容赦なくヴェルゴは突き刺す。
「あ……! くっああああっー!」
ローの叫び声が部屋に響いた。
痛みで全身を震わせるローの目に、ガラス越しの部屋から、いつもと変わらない雪がちらついていた。
何が起きようとここの自然は変わらない。
血の匂いが充満しようが、何事もないように淡々と同じ毎日が繰り返される。
白い雪で覆われる風景は無表情の傍観者――
求めないし応えもしない。
(詰まらねェ……景色だ)
嫌な汗が額を伝って、こべりつく血と混ざり床に広がる。
先に刺された左手は赤く染まり傷がどこなのかも分からない。
両手の止まない痛みは意識を失う事を拒むようにローの脳内を駆ける。
それでも強く思う――負けたくねェ……!
圧倒的な力の差だが屈したくない。
しかし、力が及ばないのは歴然で、敵わない悔しさは手から伝わる激痛よりも耐えられない。
瞼の裏には自分の夢であり野望がはっきりと浮かぶ。
遙か先に見える誰にも束縛されない大海原。
本で読んだあの海はつねに変化し同じ海など一つもない。
隣には困難な海を乗り越えて笑う仲間の姿。
(ペンギン、シャチ、ベポ……。 あいつらと一緒に行くんだ……!)
今、死ねば永遠に果たされる事はない。
手に入れる為に今を耐えると歯を喰いしばる。
血の味が叫んで乾いた喉に広がった。
屈辱なら幼い頃から耐えて慣れている。
どんな汚れた道を歩く覚悟もある。
目を閉じて耐えてみせると決める。
自分を笑って見下ろす男と見据える男を見つめた。
「ドフラミンゴさん……ヴェルゴさん……」
掠れた声で呼べば突き刺すナイフから力が抜けた。
ヴェルゴの薄い唇の端が上がった。
「理解したか?」
「……はい」
眉をひそめるローにヴェルゴは動くなと命じて、絶対的な主であるドフラミンゴを仰ぎ見る。
ドフラミンゴはソファから立ち上がるとローに近づいた。
長い指でローの血で汚れる顎を掴んで上向かせた。
「フッフッフッ……。 俺の思いが分かってくれたみてェで嬉しいぜ……ロー」
「…………」
「その手、痛そうだな?」
窺うドフラミンゴをローは見ていた。
「手当を……お願します」
「ああ、いいぜ。 可愛いお前の頼みだ聞いてやる。 腕のいい外科医を呼んでやるよ」
屈する事に眉を寄せるローにドフラミンゴは楽しくて仕方がない。
礼を言おうと口を開こうとしたローをドフラミンゴは遮って笑う。
「フフッ……礼はいらねェ。 傷が治ったら俺の頼みを聞いてくれればな」
「はい……」
「いい子だ」
ドフラミンゴはスッと立つとヴェルゴに命じた。
「手配しろ」
ヴェルゴは 「はい」 と返事をすると電伝虫の受話器を手にして、医者を部屋に寄こすようにと告げた。
その間にドフラミンゴはローを立たせてソファに座らせて体を休ませる。
自分もまた気に入りのソファにドカッと腰かけた。
ヴェルゴはローを見下ろす。
「分かっているだろうが、神経は避けている……治療すればもと通り動くだろう」
大人しく頷くローにヴェルゴは満足そうに微笑する。
「ロー……」
「……はい」
「ドフィを失望させるな」
「最善を尽くします……」
ローの答えにヴェルゴは頷くと、サッ……と袖をずらして腕時計を見る。
「ドフィ、すまないがそろそろ海軍に戻る時間だ」
「そうか、気をつけろよ」
「ああ、分かっている」
ヴェルゴはそのまま静かに去って行った。
その後、ローは入れ違いのように現れた医者に手当を受けた。
◇◆◇
それから、俺は仲間の待つ家へと戻った。
傷だらけの俺をあいつらは驚いていたというより、あれは怒りを抑えたような顔だった。
両手の包帯にペンギンは露骨に眉をひそめた。
普段騒ぐシャチは黙って白い包帯を睨み、ベポなんかは呻ってたからな。
理由を尋ねられ隠す事もないと話す。
「奴に礼儀がなってねェ……とかいう、くだらない理由でおっさんにな……」
「動くのか?」
すぐに心配して尋ねるシャチに俺は安心させるように微笑した。
「傷が治るまでは動かせねェ……が、治れば大丈夫だ」
「そうか……」
良かったと安堵の息を吐いて肩の力を抜くシャチは笑う。
――命が無事で良かったな……と。
生きてれば、どこからだって這い上がる。
やってやる……! と口端を上げる俺に、シャチはいい事思いついたような顔で笑う。
「そうだ! 手が使えない間は俺がローの世話してやるよ! 傷の消毒とかよ!」
「…………」
あア!? 誰がさせるか! ど素人にっ!
こいつ、あの時の傷の手当ての仕返ししようとしてんな。
「しなくていい。 傷はモートに頼む。 普段の生活はペンギンがほとんどやってるから問題ない。 ……お前に頼む事はねェ」
「……風呂は?」
「少し入らねェぐらい問題ねェ」
「メシは?」
「ベポにあの時の逆で、今度はやって貰うからいい」
「…………」
やる事がないと黙り込むシャチ。
苛めすぎたか……。
仕方ねェ。
「……本のページを捲れ」
途端に明るくなる顔に笑っちまう。
「ああ、任せろ!」
シャチが張り切って宣言した直後に俺は突き落すように告げる。
「寝るんじゃねェぞ」
瞬間、え……という顔でシャチはまさか……と俺を見つめる。
「付き合って貰うからな」
「……うっ! 嫌だ~っ!」
頭を抱えるシャチにペンギンは 「頑張れよ」 と笑い、ベポは的はずれの答えで止めを刺す。
「おれも前にシャチにしてもらった。 楽しかったよ!」
「わああああーっ!」
付き合いたくねェ! と叫ぶシャチの声が部屋に響いた。
◇◆◇
数日後――
俺は抜糸も済み、治った手を眺めながら路地を歩いていた。
確認する様に指を動かしてから、手の甲に残る線が引かれたような傷を見つめた。
刻まれた印は耐えると決めた傷でもある。
指の刺青が視界に入ってふと思った。
……彫ってみるか。
陽の光に手を翳して、夢を手に入れるために刻もう。
近い未来に掲げる黒旗を――
いつか必ず行ってみせる。
仲間と共に偉大なる航路へ――