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レオラギ短編

 植物園には留年続きのライオンがいる。

 そう聞いたのは入学式のざわついた中でだった。人よりも耳の良いラギー・ブッチは、その言葉に小さく耳を震わせる。
 ライオンはラギーの故郷である夕焼けの草原では、何よりも強い存在として君臨していた。王として皆の上に立ち、威厳ある振る舞いと言葉で民を導く。その孤高でプライドの高いライオンが留年とはどういうことだろうか。よほどの落ちこぼれか何か意味があっての行為なのか。
 権力者は嫌いだったが、その留年続きのライオンには興味を惹かれる。そのライオンはサバナクロー寮にいるのだろうと思ったが、寮長はライオンではない。ライオンが地位を気にせず、のらりくらりと日々を怠惰に過ごすことがあるのだろうか。
 ゆらりと尻尾を揺らしながらさらに情報を得ようと聞き耳を立てたが、それ以上そのことについては何も聞こえてこなかった。
「まずは植物園ッスかねぇ」
 口元に悪い笑みを浮かべたラギーは、入学式をそつなくこなし自由時間になると植物園へ足を運んだ。

 今までラギーが直接ライオンを見たのは数えるほどしかない。
 貧しい出のラギーは、栄えた街からは遠く植物が少ない地域に住んでいた。砂地で岩が多い地域は、治安も悪く王族であるライオンはよほどのことがなければ近付かない。
 ラギーが初めてライオンを目にしたのは、王が視察で住んでいる地域を訪れた時だった。ライオンは体が大きく筋肉質で、周りの人々と比べるとその差は歴然としていた。
 初めて見たライオンは威厳があり、話に聞いていたとおりだと思った。しかし、同時に自分の細い腕を眺め、その差にがっかりする。同じものを食べたらあんな風に体が大きく筋肉質になるのだろうかと考えたが、きっと同じものを食べたとしても、そうはならないに違いない。初めから自分とライオンは違うのだ。ラギーはそう強く思った。
 皆が王に気をとられている間にラギーはそっとその場を離れ、薬草が生える水辺近くの狩り場へと向かった。そこで釣りをし薬草をとるのがラギーは好きだった。日も暮れてきたため早く採って祖母の元へ帰ろうと足を速める。
「よっ、と……」
 ステップを踏むように岩場を飛び越え、いつものように着地をしようとしたラギーだったが、目的地に先客がいることに気が付き足を止めた。
「……ライオン?」
 ラギーは岩陰に隠れるとライオンの子供を観察する。自分よりも年上に見える仔ライオンは、手にした薬草を思い詰めたように見つめていた。
 この辺りにライオンはいない。あの仔ライオンは王が連れてきたに違いないが、辺りを見渡してみても付き人は見当たらなかった。こんな治安の悪い地域で王族が一人で居るのは無謀だ。
 王族が付き人を付けずにこんなところで何をしているのか気になったラギーは、そのまま食料調達を忘れこっそりと観察することにした。
 その時、仔ライオンを中心に空気がピリッと音を立てる。この感覚には覚えがあるが、自分の知っているものとは桁が違う。息苦しくなるような圧迫感がラギーを襲う。
 苦しさに目を瞑ってしまったラギーだったが、圧迫感が消えると同時に咳き込む。相手に隠れていることが知られてしまったが、不可抗力だ。涙目になりながらラギーは仔ライオンの姿を追う。
 ラギーの存在に気が付いているはずだが、仔ライオンは手にした薬草を見つめ、悲しそうにそれを見つめていた。手にした薬草だったものは、風に攫われて飛んでいく。
「……砂になった」
 風に攫われる前に仔ライオンはそれを掴もうとしたが、指の間をすり抜け砂は儚く消えた。空を握りしめた拳に落ちる涙。ラギーはそれを遠くから眺めていた。
 そこへ、慌てた様子で付き人らし者が現れる。ご無事でしたか、と仔ライオンを上から下まで確認しホッと溜息を吐くが、その顔には仔ライオンへの恐怖が浮かんでいた。
「だっせーな」
 付き人のクセに、とラギーは思う。仔ライオンに巻かれただけではなく、その力に怯えているなんてと。苛立ちで尻尾を振っていると、ちらりとラギーの方を仔ライオンが見た気がした。それは一瞬のことで、すぐに付き人に連れられて行ってしまう。
 すべてを諦めているように見えた目が悲しくて、ラギーはギュッと拳を握りしめた。


>>>続く
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