レオラギ短編
岩肌に砂が打ち付けられる音がする。
強風で飛ばされた砂が勢いよく寮の外壁に当たり、故郷で良く聞く懐かしい音を響かせていた。レオナはうるさかろうとどこでも寝ることができる特技を持っていたが、その時どこからか聞き慣れない音がして耳をぴくりと震わせた。
風の音がうるさかったが、その中でも微かに聞こえる音。普段ならば無視をするところだが、聞き慣れないとはいえ音の発信者には心当たりがあった。
レオナは面倒くさそうに起き上がると髪をがしがしと掻き、冷たい床へ足を下ろす。足先からひんやりと冷気が伝わるが、すぐにサンダルを履くと毛布を片手に音の方へと移動した。幸いその発信源からは風下になっているため、音を出している相手に気付かれることはないだろう。
静かに廊下を進み、談話室へと辿り着く。
談話室の水に足をつけながら、ラギーが小さな声で歌を歌っていた。それはよくある子守歌でレオナも聞いたことがある。ぱしゃり、と跳ねるような水音は歌の伴奏でもしているようにその場に響く。
あの馬鹿が、とレオナは舌打ちをしつつ眺める。肌寒い夜に水に足をつけるなどどうかしている。床に足をつけただけで冷たさが背筋を駆け上ってきたのを思いだし、レオナは微かに身を震わせた。
風と水音が子守歌の伴奏となり、夜の闇に沈んでいく。ゆったりと響くその声は、柔らかで温かい。
何を思って歌っているんだ、と思ったが、ラギーの住んでいたスラムには子供達がたくさんいた。孤児も多く、ラギーの祖母や近所の者達が一緒に面倒を見ていたという話を聞いたことがあった。きっとそのことを思い出しているのだろうとレオナは思う。
ふと、レオナは先ほど自分が砂が壁を打ち付ける音を懐かしいと思ったのを思い出した。そこで、ラギーは淋しいのかと思い当たる。こんな風の強い日には、子供達がラギーを囲んでこの子守歌を聴いていたのだろう。
深い溜息を吐き、レオナは外をぼんやりと眺めながら歌い続けるラギーを見つめる。そして、気配を消したままラギーの元へと歩み寄ると、背後から抱きしめた。
不意打ちもいいところだが、ラギーは驚きに目を見張り声を詰まらせ振り返る。
「レオナさん、どうしたんスか」
「それは俺の言葉だ、ラギー」
ラギーをそのまま水から引き上げ自分の足の間に座らせたレオナは、もう一度背後から抱きしめる。ラギーの肩口に顎を乗せ、冷えた体を温めながらラギーに言う。
「こんな日に水浴びとは良い趣味だな」
「え、そんなこと言うために来たんスか。ってか、くすぐったい」
レオナの耳がラギーの頬をくすぐり、その感触にラギーは声を上げる。しかし、レオナはくつくつと笑いながらわざと頬に頬を擦りつけ続けた。こうなると離れないということをなんとなく理解しているラギーは、レオナをそのまままにし声をかける。
「レオナさんが起きてくるなんて珍しい。明日は雨ッスかねー」
「あ? お前の声だから来たんだろうが。他の奴なんか知るか」
「……またまたー、そんなのオレが勘違いしちまうでしょ」
そのラギーの答えにレオナはムッとした表情を浮かべ、スカーフを下げるとむき出しになった首筋に噛みついた。甘噛みとはいえ、痛いものは痛い。ラギーは夜中だということを思いだし、声にならない声を上げ背後のレオナを振り返ると抗議する。
「なにしてんスか!」
「訳の分かんねーこと言うからだろうが。勘違いだと思うならそのままずっと勘違いしとけ」
「はぁ? ちょっ、くすぐった……んっ」
ラギーはレオナが先ほど噛んだ首筋を舐め、キスマークをいくつも付けていくのを遮ろうとする。しかし、レオナに邪魔する腕を押さえ込まれてしまい、抵抗することはかなわない。片腕で封じられてしまうのだから力の差は歴然としている。
悪戯される恥ずかしさもあり、ラギーの頬が火照ってくる。
「もう、本当になんなんスか。あ、子守歌聞きたかったとか?」
「……そういうことにしといてやるよ」
なんだー、早く言ってくれれば良いのにと笑うラギーの背後で、レオナは深い溜息を吐く。ラギーの先ほどのぼんやりとした気配は消え、冷えた体も温まってきた。今日の所はそれだけでいいか、とレオナは思う。
世話焼きで仲間思いのラギーは、悲しいとか淋しいなどの感情をすべて自分の中に閉じ込めて周りにそれを悟られまいとする。それを少しでも吐き出せば楽になるだろうと思うが、それはまだ少し先のようだった。
自分の負の感情に向き合ってくれたラギーの心の重荷を、少しは消してやりたいとレオナは思う。それはラギーにとって大きなお節介なのだろうが、心配するくらいはいいだろう。
「寝る」
「ここで?」
早く歌えとレオナは催促し、ラギーを抱きしめたまま毛布を被る。二人で一つの毛布にくるまり、懐かしい風と砂の音をバックに歌うラギーの子守歌を聴いたのだった。
強風で飛ばされた砂が勢いよく寮の外壁に当たり、故郷で良く聞く懐かしい音を響かせていた。レオナはうるさかろうとどこでも寝ることができる特技を持っていたが、その時どこからか聞き慣れない音がして耳をぴくりと震わせた。
風の音がうるさかったが、その中でも微かに聞こえる音。普段ならば無視をするところだが、聞き慣れないとはいえ音の発信者には心当たりがあった。
レオナは面倒くさそうに起き上がると髪をがしがしと掻き、冷たい床へ足を下ろす。足先からひんやりと冷気が伝わるが、すぐにサンダルを履くと毛布を片手に音の方へと移動した。幸いその発信源からは風下になっているため、音を出している相手に気付かれることはないだろう。
静かに廊下を進み、談話室へと辿り着く。
談話室の水に足をつけながら、ラギーが小さな声で歌を歌っていた。それはよくある子守歌でレオナも聞いたことがある。ぱしゃり、と跳ねるような水音は歌の伴奏でもしているようにその場に響く。
あの馬鹿が、とレオナは舌打ちをしつつ眺める。肌寒い夜に水に足をつけるなどどうかしている。床に足をつけただけで冷たさが背筋を駆け上ってきたのを思いだし、レオナは微かに身を震わせた。
風と水音が子守歌の伴奏となり、夜の闇に沈んでいく。ゆったりと響くその声は、柔らかで温かい。
何を思って歌っているんだ、と思ったが、ラギーの住んでいたスラムには子供達がたくさんいた。孤児も多く、ラギーの祖母や近所の者達が一緒に面倒を見ていたという話を聞いたことがあった。きっとそのことを思い出しているのだろうとレオナは思う。
ふと、レオナは先ほど自分が砂が壁を打ち付ける音を懐かしいと思ったのを思い出した。そこで、ラギーは淋しいのかと思い当たる。こんな風の強い日には、子供達がラギーを囲んでこの子守歌を聴いていたのだろう。
深い溜息を吐き、レオナは外をぼんやりと眺めながら歌い続けるラギーを見つめる。そして、気配を消したままラギーの元へと歩み寄ると、背後から抱きしめた。
不意打ちもいいところだが、ラギーは驚きに目を見張り声を詰まらせ振り返る。
「レオナさん、どうしたんスか」
「それは俺の言葉だ、ラギー」
ラギーをそのまま水から引き上げ自分の足の間に座らせたレオナは、もう一度背後から抱きしめる。ラギーの肩口に顎を乗せ、冷えた体を温めながらラギーに言う。
「こんな日に水浴びとは良い趣味だな」
「え、そんなこと言うために来たんスか。ってか、くすぐったい」
レオナの耳がラギーの頬をくすぐり、その感触にラギーは声を上げる。しかし、レオナはくつくつと笑いながらわざと頬に頬を擦りつけ続けた。こうなると離れないということをなんとなく理解しているラギーは、レオナをそのまままにし声をかける。
「レオナさんが起きてくるなんて珍しい。明日は雨ッスかねー」
「あ? お前の声だから来たんだろうが。他の奴なんか知るか」
「……またまたー、そんなのオレが勘違いしちまうでしょ」
そのラギーの答えにレオナはムッとした表情を浮かべ、スカーフを下げるとむき出しになった首筋に噛みついた。甘噛みとはいえ、痛いものは痛い。ラギーは夜中だということを思いだし、声にならない声を上げ背後のレオナを振り返ると抗議する。
「なにしてんスか!」
「訳の分かんねーこと言うからだろうが。勘違いだと思うならそのままずっと勘違いしとけ」
「はぁ? ちょっ、くすぐった……んっ」
ラギーはレオナが先ほど噛んだ首筋を舐め、キスマークをいくつも付けていくのを遮ろうとする。しかし、レオナに邪魔する腕を押さえ込まれてしまい、抵抗することはかなわない。片腕で封じられてしまうのだから力の差は歴然としている。
悪戯される恥ずかしさもあり、ラギーの頬が火照ってくる。
「もう、本当になんなんスか。あ、子守歌聞きたかったとか?」
「……そういうことにしといてやるよ」
なんだー、早く言ってくれれば良いのにと笑うラギーの背後で、レオナは深い溜息を吐く。ラギーの先ほどのぼんやりとした気配は消え、冷えた体も温まってきた。今日の所はそれだけでいいか、とレオナは思う。
世話焼きで仲間思いのラギーは、悲しいとか淋しいなどの感情をすべて自分の中に閉じ込めて周りにそれを悟られまいとする。それを少しでも吐き出せば楽になるだろうと思うが、それはまだ少し先のようだった。
自分の負の感情に向き合ってくれたラギーの心の重荷を、少しは消してやりたいとレオナは思う。それはラギーにとって大きなお節介なのだろうが、心配するくらいはいいだろう。
「寝る」
「ここで?」
早く歌えとレオナは催促し、ラギーを抱きしめたまま毛布を被る。二人で一つの毛布にくるまり、懐かしい風と砂の音をバックに歌うラギーの子守歌を聴いたのだった。