《第16話》キョウジ。
お名前は?
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相手企業・社長室。
「専務、入れ」
「なんだよ親父、話って」
ドアを開けて入ってきた専務は、ネクタイを少し緩めながらソファへどかっと座る。
「忙しいんだけど?」
社長はため息をついた。
「その態度から直せ」
「え?」
「お前に3日間、ビジネスと社交マナーの講師をつける」
「講師?」
「入ってください」
コンコン。
「失礼いたします」
ドアが開き、薫が綺麗に一礼して入室する。
「本日より3日間担当いたします、中田薫と申します。よろしくお願いいたします。」
専務は固まった。
「……」
まじまじと見つめる。
「え。」
もう一度見る。
「めっちゃ美人」
社長は嫌な予感しかしない。
「なになに?」
専務はにやっと笑う。
「嫁候補?」
薫は営業スマイルを崩さない。
「違う!」
社長が即座に訂正する。
「先生だ」
「え?」
専務は目を輝かせた。
「若くて美人先生とか最高じゃん!」
社長が頭を抱える。
「ほら始まった……」
専務は立ち上がり、薫へ近付く。
「飯行こうよ」
薫は自然に半歩下がり、笑顔のまま答えた。
「お気持ちはありがとうございます」
専務の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ──」
「ですが、お断りいたします」
「えっ」
「私は本日、講師として参りました」
「仕事終わりなら?」
「お断りいたします」
「明日は?」
「お断りいたします」
「3日目!」
「お断りいたします」
「なんでそんな即答なの!」
薫は穏やかな口調のまま答える。
「専務」
「はい?」
「今のやり取りが、一つ目の講義です」
「……え?」
「初対面の相手を容姿だけで判断し、すぐに私的なお誘いをする」
薫は柔らかく微笑む。
「専務は私の名前、仕事内容、人柄をまだ何もご存じありません」
「……確かに」
「それでもお食事に誘われました」
専務は言葉に詰まる。
「ビジネスでは、まず信頼関係を築くことが先です」
「……」
「社交の場でも同じです」
社長は腕を組んで頷いた。
「そういうことだ」
薫は続ける。
「もし私が取引先の役員秘書だったら」
「……」
「専務に対して、『女性なら誰でも口説く方』という印象を持ってしまいます」
専務は気まずそうに頭を掻く。
「そんなつもりじゃ……」
「悪気がないことは伝わります」
薫は優しく言った。
「ですが、受け取る側は悪気の有無では判断しません」
社長が思わず感心する。
「ほら、こういうところだ」
専務は初めて真面目な顔になる。
「……なるほど」
薫はにこりと笑った。
「安心してください。」
「?」
「この3日間で、『話しやすい人』と『距離感を間違える人』の違いを、一緒に学んでいきましょう」
専務は少し照れくさそうに笑った。
「……よろしくお願いします、先生」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
社長は二人を見ながら、小さく安堵の息をつく。
「初日でここまで素直になるとは……クロスの言う通りだったな。」
1日目・午前 応接室
ホワイトボードが用意され、専務と薫が向かい合って座る。
薫は資料を配った。
「本日のテーマは『第一印象と距離感』です」
専務は資料を見る。
「マナーって名刺交換とかじゃないの?」
「それもあります」
薫は頷く。
「ですが、その前に一番大切なのは『この人とまた会いたい』と思っていただくことです」
「へぇ」
「では質問です」
専務を見る。
「先ほど私をお食事に誘われましたね」
「あ、はい……」
「なぜ誘われたんですか?」
「……美人だったから」
「ありがとうございます」
さらっと受け流す。
「では逆に、私のことを何かご存じですか?」
「名前くらい」
「趣味は?」
「知らない。」
「仕事は?」
「講師?」
「普段の仕事は?」
「……知らない」
薫は微笑む。
「知らない人をご飯に誘う」
少し間を置く。
「女性側はどう感じると思いますか?」
専務は考え込む。
「……顔しか見てない?」
「その通りです」
ホワイトボードに書く。
相手を知る前に距離を縮めない
「今日一番覚えていただきたいことです。」
午前後半
「では実践します」
秘書役として女性社員が一人呼ばれる。
「初対面です」
専務が立ち上がる。
「こんにちは!」
笑顔。
ここまでは良い。
「今度ご飯──」
「ストップ」
薫がすぐ止めた。
「早いです」
「また?」
「まだ3秒です。」
女性社員も苦笑い。
「まず自己紹介です」
「ですよね……」
もう一度。
「初めまして。専務の○○です」
「秘書課の△△です」
「今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
薫が頷く。
「ここまで100点です」
専務が嬉しそうになる。
「やった」
「続けてください」
「今日は暑いですね」
「そうですね」
「会社まで遠かったですか?」
「電車で1時間ほどでした」
「そうなんですね」
薫が止める。
「今、自然でした」
「え?」
「相手の話を引き出しています」
女性社員も頷く。
「話しやすかったです」
専務は少し驚く。
「飯誘ってないのに?」
「だからです」
薫は笑った。
「人は、自分に興味を持ってくれる人を好きになります」
昼休憩
社長室。
「どうだ?」
社長が聞く。
専務は苦笑した。
「俺、今まで全部逆だった」
「ほう」
「相手に興味持つ前に、自分のことばっかだった」
社長は初めて少し安心した顔をする。
「気付けただけ進歩だ」
午後 社交パーティー実践
ホテルの会場を借り、社員たちが取引先役を演じる。
薫は離れたところから見守る。
専務は男性役員へ近付く。
「初めまして」
名刺交換。
笑顔。
会話。
自然。
薫が小さくメモする。
「いいですね」
次は女性役員。
専務は少し緊張しながら近付く。
「初めまして」
名刺交換。
「本日はよろしくお願いいたします」
女性役員も笑顔。
仕事の話を少し。
趣味の話を少し。
会話終了。
女性役員が去る。
専務は薫を見る。
「……どう?」
薫は拍手した。
「100点です。」
「ほんと?」
「一度も食事に誘っていません」
「そこか!」
周りが笑う。
「ですが、それだけではありません」
薫はメモを見せる。
「相手が7割、専務が3割話していました。」
「へぇ」
「相手はとても気持ちよく話せています」
女性役員役の社員も頷いた。
「今の専務、とても話しやすかったです」
専務は照れ笑い。
「なんか……口説くより難しい」
「最初はそう感じます」
薫は優しく言う。
「ですが、信頼はこの積み重ねでしか生まれません」
専務は深く頷いた。
「……明日もお願いします、先生」
「もちろんです」
初日は、「話す」よりも「相手を知る」ことの大切さを学び、専務自身がこれまでの癖に気付き始める一日となった。
「専務、入れ」
「なんだよ親父、話って」
ドアを開けて入ってきた専務は、ネクタイを少し緩めながらソファへどかっと座る。
「忙しいんだけど?」
社長はため息をついた。
「その態度から直せ」
「え?」
「お前に3日間、ビジネスと社交マナーの講師をつける」
「講師?」
「入ってください」
コンコン。
「失礼いたします」
ドアが開き、薫が綺麗に一礼して入室する。
「本日より3日間担当いたします、中田薫と申します。よろしくお願いいたします。」
専務は固まった。
「……」
まじまじと見つめる。
「え。」
もう一度見る。
「めっちゃ美人」
社長は嫌な予感しかしない。
「なになに?」
専務はにやっと笑う。
「嫁候補?」
薫は営業スマイルを崩さない。
「違う!」
社長が即座に訂正する。
「先生だ」
「え?」
専務は目を輝かせた。
「若くて美人先生とか最高じゃん!」
社長が頭を抱える。
「ほら始まった……」
専務は立ち上がり、薫へ近付く。
「飯行こうよ」
薫は自然に半歩下がり、笑顔のまま答えた。
「お気持ちはありがとうございます」
専務の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ──」
「ですが、お断りいたします」
「えっ」
「私は本日、講師として参りました」
「仕事終わりなら?」
「お断りいたします」
「明日は?」
「お断りいたします」
「3日目!」
「お断りいたします」
「なんでそんな即答なの!」
薫は穏やかな口調のまま答える。
「専務」
「はい?」
「今のやり取りが、一つ目の講義です」
「……え?」
「初対面の相手を容姿だけで判断し、すぐに私的なお誘いをする」
薫は柔らかく微笑む。
「専務は私の名前、仕事内容、人柄をまだ何もご存じありません」
「……確かに」
「それでもお食事に誘われました」
専務は言葉に詰まる。
「ビジネスでは、まず信頼関係を築くことが先です」
「……」
「社交の場でも同じです」
社長は腕を組んで頷いた。
「そういうことだ」
薫は続ける。
「もし私が取引先の役員秘書だったら」
「……」
「専務に対して、『女性なら誰でも口説く方』という印象を持ってしまいます」
専務は気まずそうに頭を掻く。
「そんなつもりじゃ……」
「悪気がないことは伝わります」
薫は優しく言った。
「ですが、受け取る側は悪気の有無では判断しません」
社長が思わず感心する。
「ほら、こういうところだ」
専務は初めて真面目な顔になる。
「……なるほど」
薫はにこりと笑った。
「安心してください。」
「?」
「この3日間で、『話しやすい人』と『距離感を間違える人』の違いを、一緒に学んでいきましょう」
専務は少し照れくさそうに笑った。
「……よろしくお願いします、先生」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
社長は二人を見ながら、小さく安堵の息をつく。
「初日でここまで素直になるとは……クロスの言う通りだったな。」
1日目・午前 応接室
ホワイトボードが用意され、専務と薫が向かい合って座る。
薫は資料を配った。
「本日のテーマは『第一印象と距離感』です」
専務は資料を見る。
「マナーって名刺交換とかじゃないの?」
「それもあります」
薫は頷く。
「ですが、その前に一番大切なのは『この人とまた会いたい』と思っていただくことです」
「へぇ」
「では質問です」
専務を見る。
「先ほど私をお食事に誘われましたね」
「あ、はい……」
「なぜ誘われたんですか?」
「……美人だったから」
「ありがとうございます」
さらっと受け流す。
「では逆に、私のことを何かご存じですか?」
「名前くらい」
「趣味は?」
「知らない。」
「仕事は?」
「講師?」
「普段の仕事は?」
「……知らない」
薫は微笑む。
「知らない人をご飯に誘う」
少し間を置く。
「女性側はどう感じると思いますか?」
専務は考え込む。
「……顔しか見てない?」
「その通りです」
ホワイトボードに書く。
相手を知る前に距離を縮めない
「今日一番覚えていただきたいことです。」
午前後半
「では実践します」
秘書役として女性社員が一人呼ばれる。
「初対面です」
専務が立ち上がる。
「こんにちは!」
笑顔。
ここまでは良い。
「今度ご飯──」
「ストップ」
薫がすぐ止めた。
「早いです」
「また?」
「まだ3秒です。」
女性社員も苦笑い。
「まず自己紹介です」
「ですよね……」
もう一度。
「初めまして。専務の○○です」
「秘書課の△△です」
「今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
薫が頷く。
「ここまで100点です」
専務が嬉しそうになる。
「やった」
「続けてください」
「今日は暑いですね」
「そうですね」
「会社まで遠かったですか?」
「電車で1時間ほどでした」
「そうなんですね」
薫が止める。
「今、自然でした」
「え?」
「相手の話を引き出しています」
女性社員も頷く。
「話しやすかったです」
専務は少し驚く。
「飯誘ってないのに?」
「だからです」
薫は笑った。
「人は、自分に興味を持ってくれる人を好きになります」
昼休憩
社長室。
「どうだ?」
社長が聞く。
専務は苦笑した。
「俺、今まで全部逆だった」
「ほう」
「相手に興味持つ前に、自分のことばっかだった」
社長は初めて少し安心した顔をする。
「気付けただけ進歩だ」
午後 社交パーティー実践
ホテルの会場を借り、社員たちが取引先役を演じる。
薫は離れたところから見守る。
専務は男性役員へ近付く。
「初めまして」
名刺交換。
笑顔。
会話。
自然。
薫が小さくメモする。
「いいですね」
次は女性役員。
専務は少し緊張しながら近付く。
「初めまして」
名刺交換。
「本日はよろしくお願いいたします」
女性役員も笑顔。
仕事の話を少し。
趣味の話を少し。
会話終了。
女性役員が去る。
専務は薫を見る。
「……どう?」
薫は拍手した。
「100点です。」
「ほんと?」
「一度も食事に誘っていません」
「そこか!」
周りが笑う。
「ですが、それだけではありません」
薫はメモを見せる。
「相手が7割、専務が3割話していました。」
「へぇ」
「相手はとても気持ちよく話せています」
女性役員役の社員も頷いた。
「今の専務、とても話しやすかったです」
専務は照れ笑い。
「なんか……口説くより難しい」
「最初はそう感じます」
薫は優しく言う。
「ですが、信頼はこの積み重ねでしか生まれません」
専務は深く頷いた。
「……明日もお願いします、先生」
「もちろんです」
初日は、「話す」よりも「相手を知る」ことの大切さを学び、専務自身がこれまでの癖に気付き始める一日となった。