《第13話》ノミカイ。
お名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ホテルの大ホール。
社外パーティの会場は、シャンデリアの光で金色に沈んでいた。
その日薫は社長の帯同でパーティへ参加することになっていた。
扉が開いた瞬間、空気が一段変わる。
「……来たな」
クロス社長は、当然のように薫の腰へ手を添えたまま歩き出す。
まるで“連れている”のではなく、“並んでいるのが自然”だと言わんばかりに。
薫は少しだけドレスの裾を整え、何事もない顔で微笑む。
今日も今日とて露出の高い、社長趣味のドレス。
視線が集まるのは分かっているのに、本人は一切動じない。
一歩、二歩。
入場した瞬間、空気がざわついた。
「……誰?」
「クロス社長の横の人、モデル?」
「いや、あの美貌やばいだろ」
視線が一斉に薫へ刺さる。
それでも彼女は目線を上げすぎず、ただ必要な距離感で、周囲を見ている。
クロスは気にした様子もなく、軽く片手を上げて知人の企業幹部へ挨拶する。
「相変わらず脂ぎってる顔してるな」
「……社長、それ褒めてませんよね?」
適当に笑いながら握手を交わし、そのまま薫へ視線を落とす。
「薫、次はどこだ」
「○○商事のご挨拶が先です。その後、主催側のテーブルへ」
「優秀だな」
短く言って、また歩き出す。
薫は一歩下がることもなく、半歩だけ横に位置を揃える。
距離は常に一定。
完璧に社長帯同をこなす。
周囲はまだざわついている。
だがその中心はもう、クロスでも会場でもない。
「……あの人、クロス社長の秘書だよな?」
「秘書にしてはレベルが違いすぎる」
そんな声を背に受けながらも、二人は淡々と挨拶を消化していく。
その様子は派手さよりも、完成されすぎている関係として会場に刻まれていった。
会場の奥、主催側のテーブル付近。
クロスは、当然のように中心へ歩を進め、そのまま各社の社長たちへ視線を配る。
薫も一歩後ろではなく、同じラインに近い位置でついていく。
そこにいた他社の社長のひとりが、思わず目を細めた。
「クロス社長……いや、今日はまた一段と華やかだな」
視線の先はもちろん薫。
露出のあるドレスにも関わらず、品が崩れない立ち姿。
視線を集めているのに、まるで最初からそこにいて当然の人間のように馴染んでいる。
クロスは軽く鼻で笑った。
「うちの秘書だ」
「秘書……?」
隣の社長が一瞬間を置く。
「いや、お宅の秘書は華があって羨ましいよ。こういう場でこれだけ目立つのも才能だ」
その言葉に、周囲の空気が少しだけ変わる。
薫は微笑みを崩さず、丁寧に会釈した。
「ありがとうございます」
それだけ。
媚びも誇張もない、必要最低限の返答。
別の社長が続けて感心したように言う。
「しかも、ちゃんと受け答えも綺麗だ。クロス社長、いい人材を抱えてるな」
クロスはグラスを軽く揺らしながら、当然のように言い切る。
「そうだろ。これでこいつ、仕事もできる」
さらっとした一言。
褒めているのか評価しているのか分からない調子だが、そこに一切の誇張はない。
薫は横で、少しだけ目を細める。
「……社長、その言い方だと誤解されます」
「事実だろ」
「否定はしませんけど」
そのやり取りに、周囲の社長たちが小さく笑う。
「いやいや、いい関係だな」
「信頼されてるのが分かる」
薫はそれ以上何も言わず、次の挨拶対象へ視線を移す。
クロスもまた同じように歩き出す。
そしてクロスが、主催側に呼ばれて少し席を外した、その数分。
薫の周りに、自然と人が集まり始める。
「株式会社クロスの秘書さんですよね?」
「いやぁ、さっきから気になってて」
「こんな場慣れてる方、珍しいですね」
最初はただの社交辞令だった。
薫もそれに合わせて、にこやかに応対する。
「ありがとうございます。恐縮です」
完璧な距離感。
崩れない笑顔。
ただ、相手が一人、二人と増えていくにつれて、その距離感を無視する人間も混ざり始める。
「今度うちの会社ともお付き合いを……」
「いや、その前に連絡先だけでも」
少しずつ、会話の目的がずれていく。
「お付き合いされている方はいるんですか?」
薫の目が、ほんのわずかだけ細くなった。
それでも表面上は崩さない。
「お名刺でしたら、秘書室経由でお願いいたします」
「いやいや、そう固いこと言わずに」
一歩、距離が詰められる。
さらにもう一歩。
「スタイルの良い方好きなんですよね」
空気が変わる。
ヒールの音が一度、静かに鳴った。
薫は笑顔のまま、少しだけ首を傾けた。
「……奇遇ですね。」
柔らかい声。
その場の男たちが「お?」と期待した瞬間。
「私もスタイルの良い方が好きです」
一瞬、静止。
満面の笑みの薫。
時間が止まったような間のあと、周囲の空気が一斉にズレる。
170cmのスタイル抜群の薫。
今日は10cmヒールを履いているせいで180cm近い身長になっている。
周りの男をつま先から頭の上まで眺める薫。
「え……」
「いや、それは……」
「条件が……」
完全に想定外の方向からの選別。
薫は何事もなかったように微笑みを維持したまま、一歩だけ後ろへ下がる。
「以上です」
その瞬間。
少し離れたテーブルから戻ってきたクロス社長がその光景を目にする。
一拍置いて。
「……っははははは!!」
遠慮ゼロの爆笑。
肩を揺らしながら歩いてきて、薫の横に立つ。
「すげー返し方するな、お前」
まだ笑っている。
周囲の男たちは固まったまま。
薫はクロスを一瞥して、小さくため息をつく。
「社長、助けに来るのが遅いです」
「いや、必要なかっただろ今の」
「精神的には必要でした」
クロスはまだ笑いを引きずりながら、薫の背中を軽く手で押して歩き出す。
「いいよ、そのままで。うちの秘書、だいぶ面白いから」
薫は無言でついていく。
クロスは笑いを堪えきれないまま、旧知の社長たちが集まるテーブルへ向かった。
薫も隣につくが、本人は至って平然としている。
クロスはグラスを置くなり口を開いた。
「おい、お前ら。さっきの聞いたか?」
「なんだ?」
「うちの秘書がな──」
思い出しただけで肩が震える。
「『スタイルの良い方が好きです』だとよ!」
その場でまた吹き出す。
「ははははっ!」
周りの社長たちも、思わず笑ってしまう。
「ははっ、それは切れ味がすごいな」
「遠回しじゃなくて、ちゃんと断ってるのがまたいい」
「しかも笑顔で言われたら何も返せないな」
薫は少しだけ困ったように微笑んだ。
「……あまりにしつこかったので」
「だからってあの返しはないだろ」
クロスはまだ笑っている。
「いや、最高だったぞ」
「社長……」
「相手のプライドだけきれいにへし折って、自分は一切品を落としてねぇ」
「褒めてるんですか?」
「もちろん」
隣の社長が感心したように頷く。
「クロス社長の秘書は、見た目だけじゃないな」
「頭の回転も速い」
「うちにも欲しいくらいだ」
クロスは即答した。
「やらん」
「即答か」
「当たり前だ」
そう言ってクロスは薫を横目で見る。
「仕事できるし、度胸もある。何より面白い」
薫は小さくため息をつきながら、
「最後だけ余計です」
と返す。
そのやり取りに、テーブルは再び笑いに包まれた。
他社の社長たちから見ても、二人の関係は単なる社長と秘書というより、「互いに信頼し合い、遠慮なく言い合える名コンビ」として映っていた。
その後も、パーティが終焉するまで薫は真面目に帯同業務をこなしていた。
社外パーティの会場は、シャンデリアの光で金色に沈んでいた。
その日薫は社長の帯同でパーティへ参加することになっていた。
扉が開いた瞬間、空気が一段変わる。
「……来たな」
クロス社長は、当然のように薫の腰へ手を添えたまま歩き出す。
まるで“連れている”のではなく、“並んでいるのが自然”だと言わんばかりに。
薫は少しだけドレスの裾を整え、何事もない顔で微笑む。
今日も今日とて露出の高い、社長趣味のドレス。
視線が集まるのは分かっているのに、本人は一切動じない。
一歩、二歩。
入場した瞬間、空気がざわついた。
「……誰?」
「クロス社長の横の人、モデル?」
「いや、あの美貌やばいだろ」
視線が一斉に薫へ刺さる。
それでも彼女は目線を上げすぎず、ただ必要な距離感で、周囲を見ている。
クロスは気にした様子もなく、軽く片手を上げて知人の企業幹部へ挨拶する。
「相変わらず脂ぎってる顔してるな」
「……社長、それ褒めてませんよね?」
適当に笑いながら握手を交わし、そのまま薫へ視線を落とす。
「薫、次はどこだ」
「○○商事のご挨拶が先です。その後、主催側のテーブルへ」
「優秀だな」
短く言って、また歩き出す。
薫は一歩下がることもなく、半歩だけ横に位置を揃える。
距離は常に一定。
完璧に社長帯同をこなす。
周囲はまだざわついている。
だがその中心はもう、クロスでも会場でもない。
「……あの人、クロス社長の秘書だよな?」
「秘書にしてはレベルが違いすぎる」
そんな声を背に受けながらも、二人は淡々と挨拶を消化していく。
その様子は派手さよりも、完成されすぎている関係として会場に刻まれていった。
会場の奥、主催側のテーブル付近。
クロスは、当然のように中心へ歩を進め、そのまま各社の社長たちへ視線を配る。
薫も一歩後ろではなく、同じラインに近い位置でついていく。
そこにいた他社の社長のひとりが、思わず目を細めた。
「クロス社長……いや、今日はまた一段と華やかだな」
視線の先はもちろん薫。
露出のあるドレスにも関わらず、品が崩れない立ち姿。
視線を集めているのに、まるで最初からそこにいて当然の人間のように馴染んでいる。
クロスは軽く鼻で笑った。
「うちの秘書だ」
「秘書……?」
隣の社長が一瞬間を置く。
「いや、お宅の秘書は華があって羨ましいよ。こういう場でこれだけ目立つのも才能だ」
その言葉に、周囲の空気が少しだけ変わる。
薫は微笑みを崩さず、丁寧に会釈した。
「ありがとうございます」
それだけ。
媚びも誇張もない、必要最低限の返答。
別の社長が続けて感心したように言う。
「しかも、ちゃんと受け答えも綺麗だ。クロス社長、いい人材を抱えてるな」
クロスはグラスを軽く揺らしながら、当然のように言い切る。
「そうだろ。これでこいつ、仕事もできる」
さらっとした一言。
褒めているのか評価しているのか分からない調子だが、そこに一切の誇張はない。
薫は横で、少しだけ目を細める。
「……社長、その言い方だと誤解されます」
「事実だろ」
「否定はしませんけど」
そのやり取りに、周囲の社長たちが小さく笑う。
「いやいや、いい関係だな」
「信頼されてるのが分かる」
薫はそれ以上何も言わず、次の挨拶対象へ視線を移す。
クロスもまた同じように歩き出す。
そしてクロスが、主催側に呼ばれて少し席を外した、その数分。
薫の周りに、自然と人が集まり始める。
「株式会社クロスの秘書さんですよね?」
「いやぁ、さっきから気になってて」
「こんな場慣れてる方、珍しいですね」
最初はただの社交辞令だった。
薫もそれに合わせて、にこやかに応対する。
「ありがとうございます。恐縮です」
完璧な距離感。
崩れない笑顔。
ただ、相手が一人、二人と増えていくにつれて、その距離感を無視する人間も混ざり始める。
「今度うちの会社ともお付き合いを……」
「いや、その前に連絡先だけでも」
少しずつ、会話の目的がずれていく。
「お付き合いされている方はいるんですか?」
薫の目が、ほんのわずかだけ細くなった。
それでも表面上は崩さない。
「お名刺でしたら、秘書室経由でお願いいたします」
「いやいや、そう固いこと言わずに」
一歩、距離が詰められる。
さらにもう一歩。
「スタイルの良い方好きなんですよね」
空気が変わる。
ヒールの音が一度、静かに鳴った。
薫は笑顔のまま、少しだけ首を傾けた。
「……奇遇ですね。」
柔らかい声。
その場の男たちが「お?」と期待した瞬間。
「私もスタイルの良い方が好きです」
一瞬、静止。
満面の笑みの薫。
時間が止まったような間のあと、周囲の空気が一斉にズレる。
170cmのスタイル抜群の薫。
今日は10cmヒールを履いているせいで180cm近い身長になっている。
周りの男をつま先から頭の上まで眺める薫。
「え……」
「いや、それは……」
「条件が……」
完全に想定外の方向からの選別。
薫は何事もなかったように微笑みを維持したまま、一歩だけ後ろへ下がる。
「以上です」
その瞬間。
少し離れたテーブルから戻ってきたクロス社長がその光景を目にする。
一拍置いて。
「……っははははは!!」
遠慮ゼロの爆笑。
肩を揺らしながら歩いてきて、薫の横に立つ。
「すげー返し方するな、お前」
まだ笑っている。
周囲の男たちは固まったまま。
薫はクロスを一瞥して、小さくため息をつく。
「社長、助けに来るのが遅いです」
「いや、必要なかっただろ今の」
「精神的には必要でした」
クロスはまだ笑いを引きずりながら、薫の背中を軽く手で押して歩き出す。
「いいよ、そのままで。うちの秘書、だいぶ面白いから」
薫は無言でついていく。
クロスは笑いを堪えきれないまま、旧知の社長たちが集まるテーブルへ向かった。
薫も隣につくが、本人は至って平然としている。
クロスはグラスを置くなり口を開いた。
「おい、お前ら。さっきの聞いたか?」
「なんだ?」
「うちの秘書がな──」
思い出しただけで肩が震える。
「『スタイルの良い方が好きです』だとよ!」
その場でまた吹き出す。
「ははははっ!」
周りの社長たちも、思わず笑ってしまう。
「ははっ、それは切れ味がすごいな」
「遠回しじゃなくて、ちゃんと断ってるのがまたいい」
「しかも笑顔で言われたら何も返せないな」
薫は少しだけ困ったように微笑んだ。
「……あまりにしつこかったので」
「だからってあの返しはないだろ」
クロスはまだ笑っている。
「いや、最高だったぞ」
「社長……」
「相手のプライドだけきれいにへし折って、自分は一切品を落としてねぇ」
「褒めてるんですか?」
「もちろん」
隣の社長が感心したように頷く。
「クロス社長の秘書は、見た目だけじゃないな」
「頭の回転も速い」
「うちにも欲しいくらいだ」
クロスは即答した。
「やらん」
「即答か」
「当たり前だ」
そう言ってクロスは薫を横目で見る。
「仕事できるし、度胸もある。何より面白い」
薫は小さくため息をつきながら、
「最後だけ余計です」
と返す。
そのやり取りに、テーブルは再び笑いに包まれた。
他社の社長たちから見ても、二人の関係は単なる社長と秘書というより、「互いに信頼し合い、遠慮なく言い合える名コンビ」として映っていた。
その後も、パーティが終焉するまで薫は真面目に帯同業務をこなしていた。