《第25話》ウンテン。
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商談を終え、薫は静かに車を発進させる。
夕方の道路は少し混み始めていたが、車は滑らかに流れていく。
助手席のクロスはネクタイを少し緩めた。
「今日は上出来だったな」
「そうですね。先方も前向きでした」
「契約まで持っていけそうだ」
「条件もほぼまとまりましたし、法務確認が終われば早いと思います」
「さすが秘書だな」
薫は前を向いたまま笑う。
「議事録は会社に着いたらまとめます」
「頼む」
少し間が空く。
クロスが窓の外を眺めながら口を開く。
「そういや、来月は講演が二件だったか」
「はい。経営者交流会と業界団体ですね」
「資料は?」
「7割ほど完成しています。残りは今日の商談内容を反映させれば仕上がります。」
「相変わらず仕事が早い」
「締切を過ぎるのが嫌いなので」
クロスは小さく笑う。
「あと、新人研修もあったな」
「秘書課向けですね。スケジュールは組んであります」
「営業からも参加させたい」
「でしたら席数だけ確保しておきます」
「頼む」
仕事の話は次々と進み、気づけば会社まで半分ほどの距離になっていた。
クロスはふと薫を横目で見る。
「なあ。」
「はい?」
「神田とはどうだ?」
薫は一瞬だけ視線をクロスに向け、すぐ前へ戻す。
「……急ですね」
「気になった」
「プライベートなので」
「いいじゃねーか」
「ダメです」
「ちょっとだけ」
「……」
「ちょっとだけだ」
薫は困ったように笑った。
「本当にちょっとだけですよ?」
「おう」
「相変わらずです」
「相変わらず?」
「朝、一緒に会社へ来て」
「ああ」
「仕事中はほとんど話さなくて」
「らしいな」
「帰りに一緒に帰って」
「ほう」
「家でご飯食べて、少しのんびりして寝ます」
クロスは吹き出す。
「なんだその夫婦みたいな生活は」
薫はきょとんとした顔をする。
「え?」
「いや、まだ結婚してないだろ」
「してないですね」
「なのに生活が落ち着きすぎだ」
「そうですか?」
「もっとこう……喧嘩したり、デートしたり、イベントとかないのか」
薫は少し考えてから答えた。
「デートはしますよ」
「ほう」
「でも、一緒にスーパー行って、ご飯の材料買って帰るだけでも楽しいです」
クロスは思わず笑う。
「地味だな」
「平和ですよ」
「神田らしいと言えば神田らしいか」
「そうですね」
「喧嘩もしてみたいと思って誘ったんですよ」
クロスは吹き出す。
「誘って喧嘩するもんじゃねーだろ」
「喧嘩することないので、してみたいなって思ったんです」
「できたのか?」
「できませんでした」
少し沈黙が流れ、クロスがぽつりと漏らす。
「……あいつ、お前といると少し人間らしくなるんだよな」
薫は少しだけ目を細めた。
「私は逆ですよ」
「ん?」
「神田さんといると、落ち着きます」
その言葉にクロスはふっと笑う。
「お互い様ってことか」
「たぶん」
薫は赤信号でゆっくりと車を止める。
クロスは静かな車内で満足そうに頷いた。
「……ちょっとだけ、の割には十分聞けた」
「だから言ったじゃないですか。ちょっとだけです」
「次は神田本人にも聞いてみるか」
「たぶん『普通だ』で終わりますよ」
「ははっ、それは想像できる」
信号が青に変わり、薫は静かにアクセルを踏み込んだ。
車は夕暮れの街を滑るように走り、二人はそのまま会社へと戻っていった
会社へ戻る頃には夕方になっていた。
黒い社用車が地下駐車場へゆっくり入ってくる。
車が止まると、エレベーターホールの前で待っていた社員たちが一斉に振り向いた。
「帰ってきた!」
「社長!」
「無事だ!」
営業部、秘書課、総務課。
午後の仕事をしながらも、みんなそわそわしていたのだ。
クロスが車を降りる。
「お疲れ様です」
「社長!大丈夫でしたか!」
「ああ」
続いて運転席から薫が降りてくる。
「お疲れ様です」
社員たちの視線が一斉に集まる。
「……え?」
「え?」
「薫さんが運転して帰ってきた……」
「本当に最後まで運転したの?」
総務課長が慌てて駆け寄る。
「社長、お車は!」
クロスは即答した。
「無傷だ」
「よ、よかった……」
「しかも快適だった」
「え?」
「運転がうますぎる」
その一言で周囲がざわつく。
「うますぎる?」
「初めて乗る車とは思えん」
「えぇ!?」
営業部の一人が思わず聞く。
「薫さん、本当に運転できたんですか?」
「できますよ?」
「いやいや、軽とかじゃなくて社長車ですよ!?」
「車種が変わるだけですよ」
あっさり返される。
「そんなもんなの!?」
「そんなもんです」
クロスが腕を組む。
「そんなもんじゃない」
全員がクロスを見る。
「ブレーキもアクセルも滑らか」
「はい」
「車幅感覚も正確」
「はい」
「高速の合流も自然」
「はい」
「初めて乗る車とは思えん」
薫は首をかしげる。
「褒めていただいてありがとうございます」
「そこは否定しろ」
「事実ですし」
その場に居合わせた営業部は完全に混乱していた。
「なんなんだこの人……」
「秘書だよな?」
「秘書です」
「なんで高級車普通に乗りこなしてんの?」
「免許あるので」
「そこじゃない!」
そのやり取りに秘書課の先輩たちが笑い出す。
「また薫ちゃんの新しい一面が増えたね」
「ほんと、毎回驚かされる」
クロスは苦笑いを浮かべる。
「俺も驚いた」
「社長が?」
「助手席で何度『本当に初めてか?』と思ったことか」
薫は少し照れ笑いを浮かべる。
「安全運転を心掛けただけですよ。」
「その安全運転で予定より早く着いたからな」
営業部から感嘆の声が漏れる。
「予定より早く?」
「商談も成功」
「えぇ!?」
クロスは満足そうに頷いた。
「運転も秘書業務も完璧だった」
薫はぺこりと頭を下げる。
「お役に立ててよかったです」
そう言って社内へと戻って行った。
夕方の道路は少し混み始めていたが、車は滑らかに流れていく。
助手席のクロスはネクタイを少し緩めた。
「今日は上出来だったな」
「そうですね。先方も前向きでした」
「契約まで持っていけそうだ」
「条件もほぼまとまりましたし、法務確認が終われば早いと思います」
「さすが秘書だな」
薫は前を向いたまま笑う。
「議事録は会社に着いたらまとめます」
「頼む」
少し間が空く。
クロスが窓の外を眺めながら口を開く。
「そういや、来月は講演が二件だったか」
「はい。経営者交流会と業界団体ですね」
「資料は?」
「7割ほど完成しています。残りは今日の商談内容を反映させれば仕上がります。」
「相変わらず仕事が早い」
「締切を過ぎるのが嫌いなので」
クロスは小さく笑う。
「あと、新人研修もあったな」
「秘書課向けですね。スケジュールは組んであります」
「営業からも参加させたい」
「でしたら席数だけ確保しておきます」
「頼む」
仕事の話は次々と進み、気づけば会社まで半分ほどの距離になっていた。
クロスはふと薫を横目で見る。
「なあ。」
「はい?」
「神田とはどうだ?」
薫は一瞬だけ視線をクロスに向け、すぐ前へ戻す。
「……急ですね」
「気になった」
「プライベートなので」
「いいじゃねーか」
「ダメです」
「ちょっとだけ」
「……」
「ちょっとだけだ」
薫は困ったように笑った。
「本当にちょっとだけですよ?」
「おう」
「相変わらずです」
「相変わらず?」
「朝、一緒に会社へ来て」
「ああ」
「仕事中はほとんど話さなくて」
「らしいな」
「帰りに一緒に帰って」
「ほう」
「家でご飯食べて、少しのんびりして寝ます」
クロスは吹き出す。
「なんだその夫婦みたいな生活は」
薫はきょとんとした顔をする。
「え?」
「いや、まだ結婚してないだろ」
「してないですね」
「なのに生活が落ち着きすぎだ」
「そうですか?」
「もっとこう……喧嘩したり、デートしたり、イベントとかないのか」
薫は少し考えてから答えた。
「デートはしますよ」
「ほう」
「でも、一緒にスーパー行って、ご飯の材料買って帰るだけでも楽しいです」
クロスは思わず笑う。
「地味だな」
「平和ですよ」
「神田らしいと言えば神田らしいか」
「そうですね」
「喧嘩もしてみたいと思って誘ったんですよ」
クロスは吹き出す。
「誘って喧嘩するもんじゃねーだろ」
「喧嘩することないので、してみたいなって思ったんです」
「できたのか?」
「できませんでした」
少し沈黙が流れ、クロスがぽつりと漏らす。
「……あいつ、お前といると少し人間らしくなるんだよな」
薫は少しだけ目を細めた。
「私は逆ですよ」
「ん?」
「神田さんといると、落ち着きます」
その言葉にクロスはふっと笑う。
「お互い様ってことか」
「たぶん」
薫は赤信号でゆっくりと車を止める。
クロスは静かな車内で満足そうに頷いた。
「……ちょっとだけ、の割には十分聞けた」
「だから言ったじゃないですか。ちょっとだけです」
「次は神田本人にも聞いてみるか」
「たぶん『普通だ』で終わりますよ」
「ははっ、それは想像できる」
信号が青に変わり、薫は静かにアクセルを踏み込んだ。
車は夕暮れの街を滑るように走り、二人はそのまま会社へと戻っていった
会社へ戻る頃には夕方になっていた。
黒い社用車が地下駐車場へゆっくり入ってくる。
車が止まると、エレベーターホールの前で待っていた社員たちが一斉に振り向いた。
「帰ってきた!」
「社長!」
「無事だ!」
営業部、秘書課、総務課。
午後の仕事をしながらも、みんなそわそわしていたのだ。
クロスが車を降りる。
「お疲れ様です」
「社長!大丈夫でしたか!」
「ああ」
続いて運転席から薫が降りてくる。
「お疲れ様です」
社員たちの視線が一斉に集まる。
「……え?」
「え?」
「薫さんが運転して帰ってきた……」
「本当に最後まで運転したの?」
総務課長が慌てて駆け寄る。
「社長、お車は!」
クロスは即答した。
「無傷だ」
「よ、よかった……」
「しかも快適だった」
「え?」
「運転がうますぎる」
その一言で周囲がざわつく。
「うますぎる?」
「初めて乗る車とは思えん」
「えぇ!?」
営業部の一人が思わず聞く。
「薫さん、本当に運転できたんですか?」
「できますよ?」
「いやいや、軽とかじゃなくて社長車ですよ!?」
「車種が変わるだけですよ」
あっさり返される。
「そんなもんなの!?」
「そんなもんです」
クロスが腕を組む。
「そんなもんじゃない」
全員がクロスを見る。
「ブレーキもアクセルも滑らか」
「はい」
「車幅感覚も正確」
「はい」
「高速の合流も自然」
「はい」
「初めて乗る車とは思えん」
薫は首をかしげる。
「褒めていただいてありがとうございます」
「そこは否定しろ」
「事実ですし」
その場に居合わせた営業部は完全に混乱していた。
「なんなんだこの人……」
「秘書だよな?」
「秘書です」
「なんで高級車普通に乗りこなしてんの?」
「免許あるので」
「そこじゃない!」
そのやり取りに秘書課の先輩たちが笑い出す。
「また薫ちゃんの新しい一面が増えたね」
「ほんと、毎回驚かされる」
クロスは苦笑いを浮かべる。
「俺も驚いた」
「社長が?」
「助手席で何度『本当に初めてか?』と思ったことか」
薫は少し照れ笑いを浮かべる。
「安全運転を心掛けただけですよ。」
「その安全運転で予定より早く着いたからな」
営業部から感嘆の声が漏れる。
「予定より早く?」
「商談も成功」
「えぇ!?」
クロスは満足そうに頷いた。
「運転も秘書業務も完璧だった」
薫はぺこりと頭を下げる。
「お役に立ててよかったです」
そう言って社内へと戻って行った。