《第25話》ウンテン。
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秘書課は昼過ぎから珍しく慌ただしかった。
「えっ、運転手さん来られないんですか!?」
「高熱だそうだ!午後の訪問まであと三十分しかない!」
「代わりの運転手は?」
「全員予定が埋まってる!」
秘書課も総務も営業も巻き込んで、社内は大混乱。
クロスは腕時計を見て舌打ちする。
「……最悪だ。先方との約束は動かせん」
その時だった。
書類をまとめていた薫が、顔を上げてさらっと言う。
「どうせ私も同行しますし、私運転しますよ」
一瞬、部屋が静まり返る。
「…………は?」
クロスが聞き返す。
「お前、運転なんてできんのか?」
「できますよ?」
「いや、高級車だぞ?」
「免許持ってますし」
「……いや、そういう問題じゃなくて」
あまりにも当たり前に返され、クロスが固まる。
周りの社員も同じだった。
「薫さん免許持ってたんですか!?」
「持ってますよ?」
「えぇぇぇ!?」
「まあ、緊急ですし」
総務課長が頭を抱える。
「……他に手がない」
クロスも数秒考え、
「……乗る」
「はい」
地下駐車場。
黒い高級セダンの前。
薫は慣れた手つきで鍵を受け取る。
「シート合わせて……ミラー合わせて……」
動作に一切迷いがない。
エンジン始動。
静かに発進。
地下駐車場の狭いカーブも一発で抜ける。
クロスが助手席で思わず横を見る。
(……うまい)
アクセルもブレーキも滑らか。
急加速も急減速もない。
車線変更も自然。
交差点への入り方も綺麗。
「…………」
高速道路へ。
合流も完璧。
車体はほとんど揺れない。
クロスが思わず聞く。
「お前……」
「はい?」
「普段から運転してるのか?」
「しませんよー。車持ってないですもん。帰省した時だけです」
「こんな車も乗るのか??」
「いや、これは初めてです」
「初めて!?」
「でも車は車ですし」
クロスが思わずシートに座り直す。
(初めてでこれか……)
目的地まで予定より5分早く到着。
薫は静かに車を寄せる。
「到着しました」
「…………」
クロスはしばらく降りない。
「社長?」
「……お前」
「はい」
「何者だ?」
「普通の秘書です」
「普通の秘書は高級車を初見でここまで扱えん」
薫は首をかしげる。
「そうですか?」
「そうだ」
クロスは苦笑しながら車を降りる。
「お前、本当に引き出しが多すぎる」
「ありがとうございます?」
「褒めてる」
「ならよかったです」
クロスは小さく笑った。
「……帰りも頼む」
「はい」
応接室。
先方の役員たちが席に着く。
「本日はお忙しい中ありがとうございます。」
クロスも穏やかに笑みを返す。
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」
薫はクロスの斜め後ろに座り、資料をすぐ取り出せるよう準備する。
名刺交換が終わり、商談が始まった。
「では、今回ご提案する内容だが…」
クロスが落ち着いた口調で説明を始める。
大型案件だけあって、相手からの質問も鋭い。
「導入コストは?」
「運用開始までの期間は?」
「他社との差別化は?」
クロスは一つひとつ的確に答えていく。
その横で薫は必要な資料を、言われる前に差し出す。
「社長、比較資料です」
「ありがとう」
「こちらが導入スケジュールです」
「助かる」
相手企業の専務がその様子を見て、小さく笑う。
「息がぴったりですね」
クロスも笑う。
「優秀な秘書だからな」
薫は軽く頭を下げるだけだった。
商談はさらに具体的な条件交渉へ。
「こちらとしては納期をもう少し前倒しできればと」
クロスが少し考え込む。
その瞬間。
薫が一枚の資料を静かに開いて置く。
「……ああ」
クロスは資料を見て頷く。
「この体制であれば、二週間短縮できます」
「本当ですか?」
「ええ。ただし、この条件を追加させてください」
自然な流れで交渉が進んでいく。
薫は必要なページを開き、メモを取り、決定事項を整理していく。
言葉数は少ない。
だが、一切無駄がない。
一時間ほど経った頃。
先方の社長が感心したように言った。
「クロス社長」
「はい」
「秘書の方、本当に優秀ですね」
「ああ」
クロスは即答する。
「俺もそう思う」
薫は少し照れたように笑った。
「ありがとうございます」
「説明のタイミングも資料の出し方も完璧でした」
「恐縮です」
最後の確認事項。
「では、本日の内容で進めるということで」
「よろしくお願いいたします」
双方が立ち上がり、握手を交わす。
「正式な契約書は来週中に」
「承知しました」
薫も立ち上がり、手際よく資料をまとめる。
忘れ物がないか確認し、先方に一礼する。
「本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
応接室を出てエレベーターへ向かう途中。
クロスが小さく息を吐く。
「……助かった」
「無事終わりましたね」
「ああ」
少し間を置いて、クロスが笑う。
「今日は運転だけじゃなく、商談もいつも以上に助けられた」
「いつも通りですよ」
「その”いつも通り”がありがたいんだ」
薫は少しだけ笑みを浮かべる。
「それならよかったです」
クロスは肩をすくめながら言う。
「さて、帰りも安心して助手席に座っていられそうだ」
「安全運転で会社までお送りします」
「頼んだ」
そう言って二人はエレベーターに乗り込み、会社へ向けて帰路についた。
「えっ、運転手さん来られないんですか!?」
「高熱だそうだ!午後の訪問まであと三十分しかない!」
「代わりの運転手は?」
「全員予定が埋まってる!」
秘書課も総務も営業も巻き込んで、社内は大混乱。
クロスは腕時計を見て舌打ちする。
「……最悪だ。先方との約束は動かせん」
その時だった。
書類をまとめていた薫が、顔を上げてさらっと言う。
「どうせ私も同行しますし、私運転しますよ」
一瞬、部屋が静まり返る。
「…………は?」
クロスが聞き返す。
「お前、運転なんてできんのか?」
「できますよ?」
「いや、高級車だぞ?」
「免許持ってますし」
「……いや、そういう問題じゃなくて」
あまりにも当たり前に返され、クロスが固まる。
周りの社員も同じだった。
「薫さん免許持ってたんですか!?」
「持ってますよ?」
「えぇぇぇ!?」
「まあ、緊急ですし」
総務課長が頭を抱える。
「……他に手がない」
クロスも数秒考え、
「……乗る」
「はい」
地下駐車場。
黒い高級セダンの前。
薫は慣れた手つきで鍵を受け取る。
「シート合わせて……ミラー合わせて……」
動作に一切迷いがない。
エンジン始動。
静かに発進。
地下駐車場の狭いカーブも一発で抜ける。
クロスが助手席で思わず横を見る。
(……うまい)
アクセルもブレーキも滑らか。
急加速も急減速もない。
車線変更も自然。
交差点への入り方も綺麗。
「…………」
高速道路へ。
合流も完璧。
車体はほとんど揺れない。
クロスが思わず聞く。
「お前……」
「はい?」
「普段から運転してるのか?」
「しませんよー。車持ってないですもん。帰省した時だけです」
「こんな車も乗るのか??」
「いや、これは初めてです」
「初めて!?」
「でも車は車ですし」
クロスが思わずシートに座り直す。
(初めてでこれか……)
目的地まで予定より5分早く到着。
薫は静かに車を寄せる。
「到着しました」
「…………」
クロスはしばらく降りない。
「社長?」
「……お前」
「はい」
「何者だ?」
「普通の秘書です」
「普通の秘書は高級車を初見でここまで扱えん」
薫は首をかしげる。
「そうですか?」
「そうだ」
クロスは苦笑しながら車を降りる。
「お前、本当に引き出しが多すぎる」
「ありがとうございます?」
「褒めてる」
「ならよかったです」
クロスは小さく笑った。
「……帰りも頼む」
「はい」
応接室。
先方の役員たちが席に着く。
「本日はお忙しい中ありがとうございます。」
クロスも穏やかに笑みを返す。
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」
薫はクロスの斜め後ろに座り、資料をすぐ取り出せるよう準備する。
名刺交換が終わり、商談が始まった。
「では、今回ご提案する内容だが…」
クロスが落ち着いた口調で説明を始める。
大型案件だけあって、相手からの質問も鋭い。
「導入コストは?」
「運用開始までの期間は?」
「他社との差別化は?」
クロスは一つひとつ的確に答えていく。
その横で薫は必要な資料を、言われる前に差し出す。
「社長、比較資料です」
「ありがとう」
「こちらが導入スケジュールです」
「助かる」
相手企業の専務がその様子を見て、小さく笑う。
「息がぴったりですね」
クロスも笑う。
「優秀な秘書だからな」
薫は軽く頭を下げるだけだった。
商談はさらに具体的な条件交渉へ。
「こちらとしては納期をもう少し前倒しできればと」
クロスが少し考え込む。
その瞬間。
薫が一枚の資料を静かに開いて置く。
「……ああ」
クロスは資料を見て頷く。
「この体制であれば、二週間短縮できます」
「本当ですか?」
「ええ。ただし、この条件を追加させてください」
自然な流れで交渉が進んでいく。
薫は必要なページを開き、メモを取り、決定事項を整理していく。
言葉数は少ない。
だが、一切無駄がない。
一時間ほど経った頃。
先方の社長が感心したように言った。
「クロス社長」
「はい」
「秘書の方、本当に優秀ですね」
「ああ」
クロスは即答する。
「俺もそう思う」
薫は少し照れたように笑った。
「ありがとうございます」
「説明のタイミングも資料の出し方も完璧でした」
「恐縮です」
最後の確認事項。
「では、本日の内容で進めるということで」
「よろしくお願いいたします」
双方が立ち上がり、握手を交わす。
「正式な契約書は来週中に」
「承知しました」
薫も立ち上がり、手際よく資料をまとめる。
忘れ物がないか確認し、先方に一礼する。
「本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
応接室を出てエレベーターへ向かう途中。
クロスが小さく息を吐く。
「……助かった」
「無事終わりましたね」
「ああ」
少し間を置いて、クロスが笑う。
「今日は運転だけじゃなく、商談もいつも以上に助けられた」
「いつも通りですよ」
「その”いつも通り”がありがたいんだ」
薫は少しだけ笑みを浮かべる。
「それならよかったです」
クロスは肩をすくめながら言う。
「さて、帰りも安心して助手席に座っていられそうだ」
「安全運転で会社までお送りします」
「頼んだ」
そう言って二人はエレベーターに乗り込み、会社へ向けて帰路についた。