甘い毒 [降谷零]
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─降谷side─
口実であるお釣りをポケットへ捩じ込んで、彼女が駆けて行った方向へ走り出す。
思った通り、少し先の所で...息切れしてペースを落とす彼女を見付けた。
後ろから声を掛けても逃げられるかもしれないなんて考えていたら、自分の脚力との差を考えるよりも早く身体が動いた。
彼女が本気で走ったとしても、それに劣る筈ないのに。
俺は気配を消して近付くと、後ろから抱え込む様にして拘束して、
『...っ?!きゃ、...んんっ!!』
片手で口元を覆った。
今の俺は誰かに見られたら通報されるレベルで、危ない奴でしかない。勿論そんなミスはしないが。
抵抗しようとする彼女が腕を振り上げたのが、気配でわかった。正直、殴られてもいいと思った。
「ごめん、ヒロイン、
殴ってくれていい。馬鹿な奴だと罵ってくれていい。
もう顔も見たくない程に嫌われてるなら、関わるなと言うなら、その通りにする。
だけど、...また急に目の前から消えてしまうのだけは、やめてくれ。」
俺は、ヒロインが突然いなくなった経緯を聞きたかった筈なのに、
口を衝いて出てきた言葉はまるで懇願しているかのような情けない声のそれで。
『れい、ちゃん...?零ちゃん、なの...?』
彼女の口元を覆っていた手を緩めると、震えた小さな声で俺の名を呼ぶ彼女。
もう一度謝りたくなった。
彼女が振り上げていた腕は、力を無くしたようにゆるゆると下ろされた。
拘束を解けば、ゆっくりと振り向くヒロイン。
その瞳には薄く涙の膜が張っていて、
申し訳なさが増すばかり。
必死だったからって、もっと他に方法があっただろう、何やってるんだ、俺は。
あの時と同じだ。
悲し気に下がった眉、震える口唇、涙を耐えて潤んだ瞳。
また俺は、彼女を悲しませてしまったのか。
『...っ...ごめんなさい、』
「謝るのは俺の方だ...ごめん、」
『違う!...違うの。零ちゃんは、全然悪くないの。全部、...私が悪いの』
彼女がぎゅっと瞼を閉じた瞬間、一滴...涙がぽろりと零れ落ちた。
『あの時も、私が...私が弱かったから...逃げて、ごめんなさい』
「弱かった、から...?」
『私、全然自分に自信がなくて...零ちゃん、いつも綺麗な女の人に声掛けられたり、誘われたりしてたから、私なんて、いつか捨てられるんじゃないかって...不安で、...でも、大好きで、』
醜い嫉妬に染まった自分を見られたくなかったの...と、だから、怖くて逃げてしまったの...と、
途切れ途切れに紡がれる言葉が、じわじわと身体に染み込んでいくようだった。
「嫌われていた訳じゃ...なかったのか?
俺がヒロインを捨てる?ありえない。
そんなつもりなら、気が狂いそうな程に、求めたりしないし、悩んだりしない。
形振り構わず、追いかけたり、しない。」
俺よりも、ずっとずっと華奢で、壊れてしまいそうなほど儚くて、
愛しい彼女を腕の中に閉じ込めた。
「なぁ、今更だけど、」
『え...?』
「まだ、遅くないなら...俺に、囚われてくれないか?」
この腕の中から逃がす気なんて更々ないクセに、
拒否の言葉なんて紡がせる気はないクセに
俺はヒロインの耳元で甘い毒を吐く
もう既に他の男がいたらどうする?
既に彼女の中で過去の出来事になっていたら?
彼女の言う大好きが、もう俺へ向いていなかったら?
頭に浮かぶのはヒロインがまた俺の手から離れていくバッドエンドばかりで、自信は、余裕は、欠片もない。
『零ちゃん...いいの?』
「え?」
『私のこと...憎んで、ないの?』
「憎む?」
『だって、私...突然別れを告げて行方を眩まして...零ちゃんにひどいこと、したのに、』
あぁ結局、囚われているのはいつも俺の方だ。
不安気に震える声に、どこか満たされた気分になって、正直自分でも歪んでると思う。
ヒロインはきっと悩んで、悩んで不安の渦に飲み込まれそうになりながら、あの時別れを告げたんだろう。
そして、今も。
浮かぶ涙の原因は、俺にあって。
その微笑みも、涙も憎しみも、その向けられる感情全てが俺であったなら...なんて、な。
「ヒロインは?俺が、嫌い?」
『嫌いになんて...なれるわけない、よ。』
「今は訳あって本名を名乗れない。暫くは降谷零として、ヒロインの隣に立つことが出来ない。それでも...?」
『零ちゃん以外...考えられないよ』
消え入りそうな、小さな声で “すき” の言葉が聞こえて、息が止まりそうだった。
「降谷零として、ヒロインを迎えに行けるようになるその日まで、待っていてくれるか?」
『...っ、はい!』
俺を見上げる潤んだ瞳が、緩く弧を描いた。
『零ちゃ...じゃなくて、安室、さん?』
「俺の家の中以外は安室透の名で呼んでくれ」
『家の中ならいいの?』
「あぁ、呼んで欲しい」
危険を避けるなら、呼び間違いを防ぐ為にもセーフハウスの中であっても本名で呼ばない方が良いし、そもそもヒロインと関わること事態がタブーだってわかってる。
これは俺の我が儘だ。
危険だとわかっていて、それでも手放す事は出来ない。ヒロインの安全を考えるなら、連絡を絶って距離を置かなければならないのに、...出来なかった。
あの時、偶然再会なんてしなければ、追いかけたりしなければ、
この手に、抱き寄せたりしなければ、まだ抑え込めた筈なんだ。気付かないフリも出来たんだ。
でも、もう遅い。遅すぎる。
頭ではわかっていても、この腕の中の温もりを、再び手放す事なんて...出来なかった。
ごめんね、ヒロイン
もう、君を逃がしてあげられない。
『ねぇ...あ、安室、さん、』
「ん?どうした?」
その呼び慣れない様子を可愛い、なんて思いながら聞き返した自分の声が、酷く甘ったるく感じた
『今じゃないと、言えないかもしれないから、...聞いてもいい?』
「いいよ、言ってごらん」
『私、ね...まだ自分に自信ないの。ずっと好きでいてもらえる自信もないし、ヤキモチ妬いてすぐ不安になるし、めんどくさい女だと思う。こんなやつだけど、ほんとに、いいの...?』
不安で揺れる瞳が、俺を見つめる。
こんなに俺を虜にしておいて、自信がないなんて、
何度抱き潰したって足りないのに、ヒロインの全てを俺のものにしたい、寧ろ何処かに閉じ込めてしまいたいくらいだ...なんて危ない思考に至りそうだって言うのに。
「ヒロイン、」
彼女の切な気に垂れた眉が、先の言葉を急いているようだった。
「そのままでいい。変わる必要なんてないよ。俺は全部ひっくるめてヒロインがいいんだ」
すべすべとした柔らかな頬に手を添えて、俺は言葉を続ける
「不安になる暇なんてないくらい、...」
『...っ?!!』
とびきり甘く、意地悪な囁きを耳元に残して、ゆっくりと離れた。
すると、まるで熟れた林檎のように真っ赤な頬で目を潤ませるヒロインがそこにいて、
その様子がまた、俺の加虐心を擽った。
“あれだけお預けを食らったんだ。
覚悟しておけよ?”
そんな心の呟きは、しれっと貼り付けた胡散臭い “安室透” の笑顔のベールで覆い隠した。
─その後、ポアロにて─
「あっ!安室さんお帰りなさい!お釣、渡せましたか?」
「あ、(そういえばすっかり忘れてた)」
「もしかして、会えませんでした?すみません!私がちゃんと確認してなかったから...」
「いえ、梓さんは悪くないですよ。寧ろお礼を言いたいくらいです。ありがとうございます」
「え?え?どういう事ですか??」
「どうやら先程の女性に一目惚れしてしまったようで」
「えーっ?!!知らない間にそんなロマンスが生まれてたんですか?!それで?どうなったんですか?!」
「次に会う約束も出来ましたので、お釣はその時にお渡しします。僕としたことが...本来の目的を忘れる程必死になってしまって」
「うふふ、安室さんでもそんなうっかりすることもあるんですね...何だか新鮮です。デート、頑張って下さいね!シフトならいくらでも変わりますから!」
「ありがとうございます、梓さん」
照れ笑いを浮かべる安室。ポアロの常連客から「安室さん、頑張れよ!」「ファイト!」と声が上がる中
その “恋” に隠れた大きすぎる下心には、誰も気付く事はなかった。
ーfinー
口実であるお釣りをポケットへ捩じ込んで、彼女が駆けて行った方向へ走り出す。
思った通り、少し先の所で...息切れしてペースを落とす彼女を見付けた。
後ろから声を掛けても逃げられるかもしれないなんて考えていたら、自分の脚力との差を考えるよりも早く身体が動いた。
彼女が本気で走ったとしても、それに劣る筈ないのに。
俺は気配を消して近付くと、後ろから抱え込む様にして拘束して、
『...っ?!きゃ、...んんっ!!』
片手で口元を覆った。
今の俺は誰かに見られたら通報されるレベルで、危ない奴でしかない。勿論そんなミスはしないが。
抵抗しようとする彼女が腕を振り上げたのが、気配でわかった。正直、殴られてもいいと思った。
「ごめん、ヒロイン、
殴ってくれていい。馬鹿な奴だと罵ってくれていい。
もう顔も見たくない程に嫌われてるなら、関わるなと言うなら、その通りにする。
だけど、...また急に目の前から消えてしまうのだけは、やめてくれ。」
俺は、ヒロインが突然いなくなった経緯を聞きたかった筈なのに、
口を衝いて出てきた言葉はまるで懇願しているかのような情けない声のそれで。
『れい、ちゃん...?零ちゃん、なの...?』
彼女の口元を覆っていた手を緩めると、震えた小さな声で俺の名を呼ぶ彼女。
もう一度謝りたくなった。
彼女が振り上げていた腕は、力を無くしたようにゆるゆると下ろされた。
拘束を解けば、ゆっくりと振り向くヒロイン。
その瞳には薄く涙の膜が張っていて、
申し訳なさが増すばかり。
必死だったからって、もっと他に方法があっただろう、何やってるんだ、俺は。
あの時と同じだ。
悲し気に下がった眉、震える口唇、涙を耐えて潤んだ瞳。
また俺は、彼女を悲しませてしまったのか。
『...っ...ごめんなさい、』
「謝るのは俺の方だ...ごめん、」
『違う!...違うの。零ちゃんは、全然悪くないの。全部、...私が悪いの』
彼女がぎゅっと瞼を閉じた瞬間、一滴...涙がぽろりと零れ落ちた。
『あの時も、私が...私が弱かったから...逃げて、ごめんなさい』
「弱かった、から...?」
『私、全然自分に自信がなくて...零ちゃん、いつも綺麗な女の人に声掛けられたり、誘われたりしてたから、私なんて、いつか捨てられるんじゃないかって...不安で、...でも、大好きで、』
醜い嫉妬に染まった自分を見られたくなかったの...と、だから、怖くて逃げてしまったの...と、
途切れ途切れに紡がれる言葉が、じわじわと身体に染み込んでいくようだった。
「嫌われていた訳じゃ...なかったのか?
俺がヒロインを捨てる?ありえない。
そんなつもりなら、気が狂いそうな程に、求めたりしないし、悩んだりしない。
形振り構わず、追いかけたり、しない。」
俺よりも、ずっとずっと華奢で、壊れてしまいそうなほど儚くて、
愛しい彼女を腕の中に閉じ込めた。
「なぁ、今更だけど、」
『え...?』
「まだ、遅くないなら...俺に、囚われてくれないか?」
この腕の中から逃がす気なんて更々ないクセに、
拒否の言葉なんて紡がせる気はないクセに
俺はヒロインの耳元で甘い毒を吐く
もう既に他の男がいたらどうする?
既に彼女の中で過去の出来事になっていたら?
彼女の言う大好きが、もう俺へ向いていなかったら?
頭に浮かぶのはヒロインがまた俺の手から離れていくバッドエンドばかりで、自信は、余裕は、欠片もない。
『零ちゃん...いいの?』
「え?」
『私のこと...憎んで、ないの?』
「憎む?」
『だって、私...突然別れを告げて行方を眩まして...零ちゃんにひどいこと、したのに、』
あぁ結局、囚われているのはいつも俺の方だ。
不安気に震える声に、どこか満たされた気分になって、正直自分でも歪んでると思う。
ヒロインはきっと悩んで、悩んで不安の渦に飲み込まれそうになりながら、あの時別れを告げたんだろう。
そして、今も。
浮かぶ涙の原因は、俺にあって。
その微笑みも、涙も憎しみも、その向けられる感情全てが俺であったなら...なんて、な。
「ヒロインは?俺が、嫌い?」
『嫌いになんて...なれるわけない、よ。』
「今は訳あって本名を名乗れない。暫くは降谷零として、ヒロインの隣に立つことが出来ない。それでも...?」
『零ちゃん以外...考えられないよ』
消え入りそうな、小さな声で “すき” の言葉が聞こえて、息が止まりそうだった。
「降谷零として、ヒロインを迎えに行けるようになるその日まで、待っていてくれるか?」
『...っ、はい!』
俺を見上げる潤んだ瞳が、緩く弧を描いた。
『零ちゃ...じゃなくて、安室、さん?』
「俺の家の中以外は安室透の名で呼んでくれ」
『家の中ならいいの?』
「あぁ、呼んで欲しい」
危険を避けるなら、呼び間違いを防ぐ為にもセーフハウスの中であっても本名で呼ばない方が良いし、そもそもヒロインと関わること事態がタブーだってわかってる。
これは俺の我が儘だ。
危険だとわかっていて、それでも手放す事は出来ない。ヒロインの安全を考えるなら、連絡を絶って距離を置かなければならないのに、...出来なかった。
あの時、偶然再会なんてしなければ、追いかけたりしなければ、
この手に、抱き寄せたりしなければ、まだ抑え込めた筈なんだ。気付かないフリも出来たんだ。
でも、もう遅い。遅すぎる。
頭ではわかっていても、この腕の中の温もりを、再び手放す事なんて...出来なかった。
ごめんね、ヒロイン
もう、君を逃がしてあげられない。
『ねぇ...あ、安室、さん、』
「ん?どうした?」
その呼び慣れない様子を可愛い、なんて思いながら聞き返した自分の声が、酷く甘ったるく感じた
『今じゃないと、言えないかもしれないから、...聞いてもいい?』
「いいよ、言ってごらん」
『私、ね...まだ自分に自信ないの。ずっと好きでいてもらえる自信もないし、ヤキモチ妬いてすぐ不安になるし、めんどくさい女だと思う。こんなやつだけど、ほんとに、いいの...?』
不安で揺れる瞳が、俺を見つめる。
こんなに俺を虜にしておいて、自信がないなんて、
何度抱き潰したって足りないのに、ヒロインの全てを俺のものにしたい、寧ろ何処かに閉じ込めてしまいたいくらいだ...なんて危ない思考に至りそうだって言うのに。
「ヒロイン、」
彼女の切な気に垂れた眉が、先の言葉を急いているようだった。
「そのままでいい。変わる必要なんてないよ。俺は全部ひっくるめてヒロインがいいんだ」
すべすべとした柔らかな頬に手を添えて、俺は言葉を続ける
「不安になる暇なんてないくらい、...」
『...っ?!!』
とびきり甘く、意地悪な囁きを耳元に残して、ゆっくりと離れた。
すると、まるで熟れた林檎のように真っ赤な頬で目を潤ませるヒロインがそこにいて、
その様子がまた、俺の加虐心を擽った。
“あれだけお預けを食らったんだ。
覚悟しておけよ?”
そんな心の呟きは、しれっと貼り付けた胡散臭い “安室透” の笑顔のベールで覆い隠した。
─その後、ポアロにて─
「あっ!安室さんお帰りなさい!お釣、渡せましたか?」
「あ、(そういえばすっかり忘れてた)」
「もしかして、会えませんでした?すみません!私がちゃんと確認してなかったから...」
「いえ、梓さんは悪くないですよ。寧ろお礼を言いたいくらいです。ありがとうございます」
「え?え?どういう事ですか??」
「どうやら先程の女性に一目惚れしてしまったようで」
「えーっ?!!知らない間にそんなロマンスが生まれてたんですか?!それで?どうなったんですか?!」
「次に会う約束も出来ましたので、お釣はその時にお渡しします。僕としたことが...本来の目的を忘れる程必死になってしまって」
「うふふ、安室さんでもそんなうっかりすることもあるんですね...何だか新鮮です。デート、頑張って下さいね!シフトならいくらでも変わりますから!」
「ありがとうございます、梓さん」
照れ笑いを浮かべる安室。ポアロの常連客から「安室さん、頑張れよ!」「ファイト!」と声が上がる中
その “恋” に隠れた大きすぎる下心には、誰も気付く事はなかった。
ーfinー
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