二人だけの秘密
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「わぁぁ〜!! 見て昴!! 満開だよ〜!!」
「えぇ、綺麗ですね。」
足元は一面薄ピンク色の絨毯。風が吹くと花びらが舞い落ちる。見上げれば青空と桜の見事なコントラスト。
桜並木の奥には神社の鳥居や境内があり、まさに日本らしさをひとつに集めた場所だ。
ラウラと昴はバディを連れてお花見にやって来ていた。
本当は平日にくる予定だったのだが、ずっと雨続きで花見ができる状況ではなかった。ようやく晴れた今日は週末で、ラウラたちと同じように散ってしまう前に花見をしようとする人で賑わっていた。
レジャーシートを敷ける場所を探しながら歩いていると、一本の枝垂れ桜が見えた。桜といえばソメイヨシノが有名だが、ラウラは枝垂れ桜が一番好きだった。
「あの枝垂れ桜が見えるところがいいな」
「あの下でなくていいのか?」
「うん。下から見たいんじゃなくて、全体を見たいの。」
枝垂れ桜がよく見える場所にレジャーシートを敷く。ラウラはカゴバッグから弁当を取り出し、昴もクーラーボックスからとっておきの物を出した。もちろん酒である。
「……日本は外で飲めるからいいな。」
「あっははは!!」
昴の声、秀一の口調で発せられた言葉にラウラが楽しそうに笑う。アメリカでは屋外での飲酒が法律で禁止されているため、こうやって外で花を見ながら一杯が出来ないのだ。
ひと通り準備を終え、桜を向いて横に並ぶ。互いに酒を注ぎあい、珍しく日本酒で乾杯した。
「あぁぁーーー、なんて贅沢なのー」
「久々に飲んだが、日本酒も悪くないな。」
「でしょ? やっぱりウイスキーも美味しいけど、今日みたいに日本っぽいことする時は日本酒が一番合うよね。」
グラスを傾けては、ボーッと空を見上げる。
ラウラはただ無心になって舞い落ちる花びらを目で追いかけた。右へ左へと不規則に落ちていく花びらに身体が動きそうになるのを堪える。下まで落ちた花びらが薄ピンク色の絨毯の一部と化す。そしてまた上を見上げる。
神社でレジャーシートを敷き、酒を飲みながら桜を見上げるこの時間は平和そのものだった。
心に余裕がなければ、桜を見て感動することもない。
一人だけで見上げても、ここまで強く胸を打たれることはない。
隣にはこの世でたった一人、秘密を共有する最強のダーリン。信頼している彼がいるからこそ、こんなにも身体の力が抜けて、自然体の自分でいることができる。ラウラは今この瞬間の幸せを噛み締めた。
「ラウラ」
「ん?」
「…愛している」
耳元でラウラだけに聞こえるように、本来の声で囁かれた愛の言葉。胸が暖かくなって秀一への想いが溢れ出す。
「私も。……愛してる。」
自然と顔が近付いていき、何度か唇が重なる。深いものではないが、心は一番深いところで重なっていた。多幸感で満たされ、頭と心が秀一で埋め尽くされる。
二人だけの世界にいた時、水を差す声が聞こえた。
「あーー!!! ラウラお姉さんと昴お兄さんがチューしてるーー!!!」
「マジかよ!! すっげぇ!!」
「これこれ君たち、そういうのは見ないフリをするんじゃ」
「えー、なんでー? 歩美、キスってステキだと思う!」
今日も元気な少年探偵団である。
ラウラは昴と目を合わせて、イタズラが見つかった子どものように「クスッ」と笑ってから振り返った。いつも通りの少年探偵団と引率の阿笠に事件の予感がした。
「ラウラお姉さん、何食べてるのー?」
「バディくんもいますね!」
「お酒……しかも一升瓶ね」
「ハハー、あっちじゃ外で飲めねェからなー」
我先に寄ってくる子どもたちにラウラが弁当のおかずを紹介していく。
「サーモンのマリネに新じゃがのベーコン巻き、エビのスティック春巻きでしょー、あと一口お稲荷さん!」
「すっごーい! これ全部ラウラお姉さんが作ったのー?!」
「そうだよ、昴と一緒にね。」
「全部酒のつまみね」
「あ、やっぱりバレちゃった?」
「当たり前でしょ。」
ラウラと昴は桜を見ながら飲むために来ているのだから仕方ない。この良さがわかるようになるのは大人になってしばらくしてからだ。
「君たちもお花見かい?」
「うん!! おみくじも引いたの!」
「灰原さんが大吉で、コナン君は凶だったんです!!」
「大吉に、凶ですか…。なかなか珍しいですね。」
「ほらみんな、そこまでにして戻るぞ。持ってきたお菓子を食べるんじゃろ?」
「そうでした! 早くしないと良い席は取られてしまいますからね!」
「菓子くおーぜー!!」
来る時も突然であれば、帰る時も突然である。
呆気に取られなから皆を見送り、再び昴と酒を注ぎ合う。
二人で作った料理に「これバーボンとも合いそう」や「作り方は簡単だが美味い」などと感想を言い合う。
再び穏やかな時間が戻ってきた。そう思って肩の力を抜こうとしたときだった。
「スリよ! スリがいるわー!!」
太った中年の女性が走りながらスリがいると叫んだのだ。皆一瞬どよめいた後、自分の財布が無事がどうか確かめている。
「スリ??」
「人混みに紛れて財布を盗む奴のことだ。ああやって叫ぶことで皆自分の財布が盗まれていないか確認するだろう? それで財布の位置を把握してターゲットを決める。」
「え、じゃああのおばさんは、」
「スリだろうな。」
「えぇ〜〜!?」
昴の前では有名なスリ犯も形なしである。大抵の犯罪者の思考回路など昴にはお見通しだ。
女性が走り去って行ってから、何事もなかったように二人は花見を続けた。持参した弁当も空になり、ラウラの頬がほんのり赤くなってきた頃に帰宅するため片付けを始める。
「お散歩してから帰ろうね、バディ」
「ワン!」
早く行こうとソワソワしているバディに笑いながら片付け、ラウラはリードをしっかりと持って立ち上がった。軽くなった荷物は昴が持っている。
出口に向かうと、警察により封鎖されていた。周りの人々の話を聞く限り、殺人事件が起きたため容疑者を逃さないように出入り口を封鎖しているらしい。昴とラウラは目を合わせて苦笑いした。
「撲殺だって」
「ボウヤたちが関わっているだろう。あっちに行くか?」
そう言って昴は騒ぎの中心部を顎で指した。ラウラはゆっくりと首を振る。どっかの誰かさんとは違って、ラウラは自分から事件に首を突っ込んだりはしない。昴も気になりはするが、ラウラが行きたくないのなら別に良い。コナンがいるためすぐに解決するだろう。わざわざ目立つ真似をすることはない。そう思っていた。
しかし、騒ぎの中心地に行こうとしたのは昴でもラウラでもなかった。
「ウゥゥゥ……ァゥアゥ」
「どうしたのバディ。あっち行きたいの?」
「アゥ…」
弱々しく吠えるバディは頻りに騒ぎの方を見てはラウラを見上げる。あっちに行こうよ、そんな声が聞こえてきそうだ。
こちらを見上げる黒い目を見ていたとき、ラウラは思い出した。ラウラはバディの鼻の良さを信じて、何人かの匂いを覚えさせていたのだ。その中にはベルモットの匂いも含まれている。ベルモットが変装に使用したスカーフを秀一が入手し、それをラウラがバディに覚えさせたのだ。
そしてその匂いが接近したとき、ちょうど今のような鳴き方をするよう躾けていた。
「……もしかしたらお酒があるかも。」
「!! ……なるほど、それは行かないとですね。」
すぐに意図を察した昴が眼鏡を指で押し上げる。
「じゃあバディ、あっち行ってみようか!」
「ワン!」
バディがラウラを引っ張るように進んでいく。やがてバディはある一人の女性の足元で止まり、念入りに匂いを嗅いだ。
「あぁ、すいません」
「いえ、大丈夫ですよ。かわいいですね」
「ありがとうございます。自慢の子なんです」
表面上はニコニコと和やかに話をする。だがラウラは、目の前の女性が全く別の人物による変装ということが信じられなかった。普段秀一が昴になる過程を見ているし、ラウラも有希子から変装技術を伝授されているが、何度見ても自分の目が信じられなくなる。聞くところによれば、ベルモットは変声機なしで自由自在に声を変えることができるというではないか。そんなの、本当に誰に化けているかわからない。
やがてバディが「フンッ」と鼻を鳴らしたのを合図に、礼を言って立ち去った。接触はしていないが、何か仕掛けられていないか自分の服にそっと触れて確かめる。
「どうだった?」
「間違いないな。ここに何の用かは知らんが、良いことではないな。」
「そっかー。……また何か動きがあるかもね」
「あぁ、警戒しておくに越したことはないな。……にしても。」
「そうね。」
「「バディは天才だな」だね」
足元のバディが「よんだ?」と顔を上げる。二人はしゃがみ込んでバディを褒め尽くした。
「すごいねぇ、バディ」
「流石だ。よくやった。」
「警察犬顔負けだね」
「ラウラのしつけも良いんだろう」
二人は出入り口の封鎖が解けるまで、ひたすらバディを褒め続けていたのだった。
