色彩の夜明け
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結局今日はほとんど教科書配布や時間割、校内施設の説明などが中心で、本格的な授業が始まるのは翌日からのようだった。
こちらとしては、エースとデュースのご尊顔をたっぷり拝見できるため有難いのだが。
隙あらば彼らを盗み見て、あらぬ妄想を繰り広げていたのはここだけの話にしておこう。
──授業終了のチャイムが鳴り響き、一気に教室内がざわめき出す。
早くも気の合う仲間を見つけて、群れになっている生徒達。特に寮が同じだと、仲良くなりやすいようだ。
勿論こちらに近づく影などひとつも無い。
でも全く問題ない。
むしろ1人の方が、気兼ねなく推し達を観察・妄想できる。
そんな期待に胸を踊らせながら、弾んだ足取りで食堂へと向かった。
お昼時ということもあり、食堂は大混雑を極めていた。
まぁ、1年から3年までが皆同じ時間帯に押し寄せるとなると当然の話だ。
確か、この学園はビュッフェ形式だったはず。
人混みの合間を縫って、適当に皿へ食べ物を盛り付けると、これまた適当に空いている席へ座る。
正直ゴースト達が作る料理とはどんなものが想像がつかなかったが、己の舌は意外とすんなり受け入れた。
しかし、肝心の推し観察については大きな問題にぶち当たる。
人が多すぎて、そもそも推しかモブかなんて判別がつかない。
この世界には派手な髪色や耳の生えてるヤツなんてごまんといるらしく、加えて席の回転率も早い。あれよあれよといううちに人は入れ替わるし、さっきから早く退けと言わんばかりの視線が何度も突き刺さってくる。
あ〜あ。せっかく心ゆくまで推しカップルを眺められる絶好の機会だと思ったのに。
とはいえあまりのんびりもしていられないので、諦めてパンに手を伸ばした時──ふと2つ隣の席から聞こえてきた会話に意識が移る。
「そーいやさぁ、昨日の入学式。やばかったよな」
「ほんっとに。魔法の使えない人間に乱入モンスター。先輩も前代未聞だって言ってたしよ」
「魔法のひとつも使えない癖して、よく平気な顔でいられたよなー。そういや強制的に故郷へ返されたんだっけ」
「確か雑用係にされたってウワサだよ」
「うっわー悲惨!俺だったらプライドズタズタで家にも帰れねーわ」
ガサツな声を隠すこともなく、終いにはゲラゲラと腹を抱えて笑い出す生徒達。
どうやらどの世界にも同じような人種はいるらしい。
相手を見下して、嘲け笑って優越感に浸る。それは人間の真理だ。
「あとさ!あいつ!見切り発車でモンスターに飛びかかった新入生!」
「いたなぁ。見るからに無鉄砲そうなひょろっひょろの。自分の力過信してそうな馬鹿で笑えたわ」
「止められたのもまぐれだろうし。絶対戦場で真っ先に飛び込んで死ぬやつな」
「会ったら目の前でいじってやりてー。でもなー他のやつに聞いてもちゃんと顔見てないらしくて、探しようがねーんだよな」
「ちなみにウチじゃないらしいぜ。先輩が言ってた。寮長が話してたって」
「寮長は顔見てんのかな。だったら教えてくんねーかなー」
「馬鹿、あの寮長に聞けるわけねーだろ。いくら同い年だからってさァ。俺も命は惜しいわ」
彼らの話題の矛先が今度はこちらへ向く。
どうも思ったより皆の印象に残ってしまっているようだ。
それに、まさか彼らもすぐ隣に張本人が座っているとは思うまい。
特に動揺することなく、耳だけ彼らに傾けながら無心でパンを頬張る。
もっと推しとか推しとか推しとか、有益な情報がほしいのだが。
なんて完全に油断していたため、上から覆い被さった影に気づくのに遅れてしまった。
「こらこら。あまりお喋りがすぎると、ウチの寮長に首をはねられてしまうぞ」
「後輩ちゃん達。も〜ちょい声のトーン落とした方が良いかもねー。ほら、誰が聞いてるか分からないでしょ?」
今まで騒がしかった空気が途端に凍りつく。
温厚さが滲み出る低音と、おちゃらけた様な明るい声。
推しの声くらい、顔を見なくてもすぐに認知できる。ざわり、と胸が疼いた。
「クッ…ローバー先輩と、」
「⋯っダイヤモンド先輩⋯⋯!」
「この場には他寮の生徒もいるし、不用意な言動ひとつでハーツラビュル全体の品位を問われることもある。何より今日からお前達も先輩だからな。もう少し考えて発言した方が、今後のためになると思うぞ」
「すっ、すみませんでした!」
「⋯っ失礼します!」
トレイの笑顔はどこもまでも穏やかなのに、その奥に潜む確かな圧を感じ取ったのだろう。
恐らくハーツラビュル寮生らしき生徒達は顔を真っ青に染め上げて、そそくさとその場から立ち去った。
「トレイくんやっさし〜。もうすぐリドルくんが来ると思って声かけたんでしょ」
「何の事だ?俺はいち寮生として、当然の忠告をしただけだよ」
「ふ〜ん。ま、良いけどね。正直あの子達の声かなり目立ってたし。どのみちリドルくんに大目玉食らってたよ」
軽口を叩き合いながら、先程まで生徒達が座っていた場所に腰を下ろす2人。
無論こちらは思わぬ幸運に、心の中で歓喜の雄叫びを上げる。
ふ、ふおおおおお!!!!トレイ・沼男・クローバーとケイト・激マブギャル・ダイヤモンド⋯!!まさかこんなところで推しに会えるとは⋯!!ありがたき幸せすぎる。しかもめっちゃ神席。
「でもさ、さっきの新入生の話。ほんとにウチじゃないの?」
「ああ。リドルが言っていたから間違いないだろ。確か⋯入学式前にも一度見かけた奴だと言ってたな」
「そっか〜、残念。実はオレもちょっと気になるんだよね。入学早々話題持ち切りのニューカマー。けどその姿を見た者はほんの一部だけ。2ショットなんか撮れた日にはバズり間違いないでしょ!」
「はは。お前は相変わらずだな、ケイト。かく言う俺も一目見てみたいところだが」
うわ、話してる⋯!推しが、推し同士が会話をしている。ああ、この風景をカメラに収めたいのに生憎そんなものは持っていない。故に心のフィルムに残す他ないのが残念で仕方ないのだが。
最早会話の内容など一切耳に入って来ず、とにかく全力横目で彼らの挙動を逃さないよう捕らえる。
待って?まずトレイ雰囲気から爽やかイケメンオーラ出過ぎでは??
ケイトなんて陽キャ特有のキラキラが全面に溢れてて、眩しさで直視できないんやけど。
──何より2人の気兼ねないシンメ感が最高すぎる。
本音を言うと真正面からがっつり絡みを摂取したいところだが、あくまでこの自然なやり取りだからこそ得られる栄養がある。
何より2人の世界を邪魔したくない。
必死に己の欲望と格闘し、自ずと上がる口角を引き締めた。
「そう言えば、最近2年生が緩んでるって話だよ。昨日の夜も就寝時刻を守ってなかったみたい」
「⋯⋯リドルに見つかる前に、何とか話をつけられると良いんだが──ケイト。髪が」
「えっ、なんか変?」
「⋯ほら」
ふいにトレイの大きく骨ばった指がケイトの頬に触れ、優しい手つきで髪をはらう。
それに気づいたケイトが「ありがと〜」と軽やかに笑った。
なんてことない日常のワンシーン。
しかしこちらにとっては、薔薇が散りばめられた甘い空間として脳内に焼き付けられた。
「素晴らしい⋯」
その瞬間、無意識に喉から感嘆の声がこぼれ落ちる。
きっと表情もだらしなく緩みきっていたに違いないだろう。
「⋯⋯え?」
しかし、彼らには完全に聞こえてしまっていたらしい。
目を丸くした2人とばっちり視線が交わり、どうにも居た堪れない気持ちに襲われる。
トレケイの世界を壊してしまった。これは紛うことなき大罪だ。
あまりに尊すぎてつい。
「やっば⋯いえいえすいませ〜ん。2人きりの時間をごゆっくりお楽しみください!」
慌てて口を抑えながら立ち上がると、光の速さでその場から立ち去る。
認識してから姿が消えるまでの刹那の出来事に、彼らはしばらく呆然とその去り跡を見つめていた。
やがて静寂が思考を追いつかせたのだろう、どちらともなく口を開いた。
「⋯知り合いか?」
「ううん、全然⋯⋯1年生かな?ウチの子には見えなかったけど。でもさ、」
お互い顔を見合せて困ったように笑う。
知らない人間に不可解な言動を取られたのだから、当然の反応だろう。
しかし、ケイトが瞳を細めて小さく呟いた。
「──綺麗な目、してたね」
