燈が灯った日
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その後学園長に連れられて、非常に古びた建物(ボロ屋敷)──もといオンボロ寮を訪れることになった。のだが。
「──では案内は終わりましたので、後は適当に過ごしてください。くれぐれも学園内はウロウロしないように!」
「えっ、ええ!?」
「あっはは!めっちゃ雑!」
最早寮と呼べるかも怪しいボロ屋敷にこちらを放り出すなり、学園長はさっさとその場から立ち去ってしまった。先程まで自身の人格者っぷりを誇らしげに語っていたというのに、だ。
彼らしい無情な対応に思わず大声を上げて笑ってしまうが、監督生は不安げに狼狽えている。
「ま、何とかなるっしょ!」
「う、うーん⋯そう、だよね⋯?」
「とりあえず寝泊まりできるくらいには掃除せんとなー」
「確かに⋯掃除用具探そっか」
安心させるように彼の肩を叩いてウインクすれば、未だ動揺している監督生の表情が僅かに緩まる。
とは言っても原作通り今のままではとても人が住める状態ではないので、まずは最低限の処置は必要そうだ。
目ぼしいものはないか、お互い辺りを見回した瞬間──玄関先から可愛らしい喚き声が聞こえた。
「ぎえー!急にひでぇ雨だゾ!」
「あ!君は確か⋯」
「グリたん!!!」
声のする方を向けば、そこには忌々しそうに濡れた毛を振り回すグリムの姿。
驚いた様子の監督生の声は、こちらの興奮混じった叫びにかき消された。
まん丸の瞳がこちらを捉える。
キュルキュルの上目遣い⋯なんて愛らしいんや⋯
それも束の間。状況を認識したらしいグリムの目尻が鬼のように釣り上がった。
「ふなッ!?オマエ、さっきオレ様に魔法ぶっぱなしてきやがったヤツなんだゾ!!」
「それはごめんな!!反省してる!ってことで仲良くしよ〜ねグリたん!」
「ヤなんだゾ!!誰がオマエみたいな野蛮な人間と仲良くするかってんだ!ていうか変な呼び方するな!」
「ツンツングリたんも素敵や。ワイが保護してやるからな⋯」
「コイツ⋯話が通じないんだゾ」
完全に敵意の目を向けられているが、そんなものは関係ない。
頑なに拒否されようとも全く意に介さないこちらに、ついには彼も呆れ果ててしまった。
「おい!オマエコイツと仲良いなら何とかするんだゾ!!」
「え!?い、いや僕⋯!?」
「まーまー!これも運命やと思ってお互い仲良くしてこー!」
痺れを切らしたグリムの矛先が、今度は監督生に向く。
彼からすれば、思いもよらないとばっちり。
戸惑ったように視線を彷徨わせた監督生の肩に手を回し、グリムには愛嬌たっぷりの笑顔をお見舞いすると、彼らはもうそれ以上言葉が出ないようだった。
このW天使とこれから共同生活⋯胸が高鳴るぜ。
「というか⋯何で君はここに?学園長につまみ出されたんじゃ⋯」
「フン!オレ様が簡単に諦めると思ったら大間違いなんだゾ!入学を認めてもらえるまでしつこく居座ってやる!」
「根性あるとこも素敵や⋯グリたんは超天才魔法士の卵だもんね〜〜?」
「そーだ!このオレ様を入学させないなんて、世界の損失になるってのに、学園長も闇の鏡も見る目がねぇんだゾ!」
監督生の何気ない問いに、不貞腐れたように腕を組むグリム。
ちゃっかり会話に混ざってヨイショすると、彼も満更ではない態度で鼻を鳴らした。
チョロいグリたんも可愛ええな。
「うんうん♡ワイはちゃんと見てるから安心してや」
「オマエなんかに言われてもちっとも嬉しくねぇんたゾ!隙を見て近づいてくるのヤメロ!」
「はは⋯⋯雨漏りも酷いしとりあえずバケツを⋯」
この流れで押し切れないかと、手をワキワキさせているのはバレバレだったらしく、怪訝な表情で距離を取られる。
それを見た監督生が、困ったように空笑いをこぼした。
しかし、次の瞬間。
誰かの声が静かな廊下に響き渡った。
「ヒッヒッヒ⋯久々のお客さんじゃないか!」
「ゆっくりしていきなよ⋯永遠にねぇ!」
愉快そうな笑みを浮かべて目の前に現れたのは、オンボロ寮に住み着いているゴースト達。
彼らを認識するよりも早く、絵に書いたよう悲鳴が耳をつんざいた。
「ぎゃ、ぎゃーー!!?」
「おば、おばけえええ!!」
「うおおおお!!!生ゴースト!!やっべ涎出てきた」
息ぴったりに慄く2人とは別の意味で興奮状態に陥る。
手を組んで野太い嬌声を上げる姿は、どう見ても本来の反応とはかけ離れているだろう。
「良い悲鳴だねぇ!さぁさぁ楽しんでいきなよ」
「俺たち⋯ちょうど新しいゴースト仲間を探してたんだ」
「こっ、殺される!!!!」
「ふ、ふなぁあ!!お、オレ様⋯おばけなんか怖くないんだゾ!!!」
ゴースト達の不吉な発言を聞いて、更に顔を真っ青に染め上げる監督生達。
その上恐怖に耐えられなくなったグリムは、半分錯乱状態で無作為に炎を繰り出し始めた。
しかし、目を瞑ってしまっているが故に攻撃は全く当たっていない。
無惨にも、元々ボロボロの壁が更に炭になって崩れ落ちていくだけだ。
「ヒッヒッヒ⋯こっちだこっち!」
「どこ見てるんだ〜?それじゃあ当たりっこないぞ?」
「ゴーストA×B⋯いけるか?体格差萌え⋯」
「な、何かすごく不穏な視線を感じないか⋯?」
「ああ⋯そっちは見ない方がいいな⋯」
ゴースト達は余裕な態度でグリムの炎を避けては、反応を楽しんでいるようだ。
こちらとしては妄想に専念できるので非常に有難い。無意識に口角を上げて彼らを凝視するも、一向に目が合わないのが残念ではある。
一方的な攻撃が続き、流石に監督生も冷静さを取り戻したのであろう。グリムの背中めがけて声を飛ばした。
「───っ、グリム!!そっちじゃなくて右を見て!その後後ろに出てくる!」
「っオレ様、指図されるのは嫌なんだゾ⋯!!こんなのオマエなしでも⋯!」
「そんなこと言ってる場合!?次は左に避けて、後ろに回り込んで!」
「~~~くっそーー!!仕方ないからやってやるんだゾ!!」
最初は人の指示通りに動くのを渋っていたグリムだったが、そうもいかないことを理解したのだろう。
結局悔しそうに顔を歪めながら、監督生の言葉通り炎を繰り出し始めた。
「あちちちっ!」
「よしっ!当たった!この調子で全員追い出してやるんだゾ!」
「油断しちゃダメだよ!ほら!また来る!」
監督生の的確な誘導も相まって、グリムの攻撃は見事にゴースト達へ的中する。
どうやら物理は効かなくとも、おばけは炎に弱いらしい。
直に浴びた1体が情けない声を上げて怯むのが分かった。
「A×Cもありか⋯年上受けも滾るんだよな」
「おいっ!!変なことブツブツ言ってないでオマエも戦えーー!!」
「グリム!よそ見しないで!一気に畳かけよう!」
攻撃の調子を上げるグリムに対し、一向に加勢する気配が見えないこちらへ彼の怒号が飛ぶ。
まぁ、一切耳に届いていないのだが。
「っ⋯───!!」
しかし。
完全に妄想モードに入っていたところで、突如頭に鈍い音が響く。
そう、先程の入学式の時のように。
思わず息を呑んだ。
視界がぐらりと揺れる。
耳鳴り。
吐き気。
そして、見覚えのない光景。
一瞬で悟る。予知夢だ。
ぼやけた脳内に映し出されるのは、ゴースト達が去った後の記録。
古びた大きめのフロアランプが炎を浴びたことによってぐらつき、油断しているグリムの頭上めがけて落下する。
血を流してぐったり横たわる小さな体が痛々しい。
そこで映像は途切れた。
ダメだ、こんなところでグリたんを傷つけさせるわけにはいかない。
──ワイが、守るんや。
「ひ、ヒィ!!消されちまう〜〜!!」
「逃げろ〜!!!」
ふらつく体を必死に奮い立たせている間にも、2人は息のあったコンビプレーで確実にゴースト達を追い詰める。
そして遂に彼らは悲鳴を上げて、1体残らずその場から消え去ってしまった。
「はぁ、はぁ⋯!!か、勝った⋯?」
「うん!すごいよグリム!」
「こ、こわかっ⋯い、いや!このオレ様にかかればこんなの何てことないんだゾ!」
「本当にありが⋯⋯────グリム後ろ!」
「えっ⋯⋯」
ゴースト達を退散させることに成功し、安堵したのも束の間。
予知通り、グリムに大きな影が被さる。
咄嗟に叫ぶ監督生の声も虚しく空を切った。
がしゃり、とガラスが割れる音が響く。
暫しの静寂。
衝撃が襲ってこないことに疑問を感じたのであろう、身を縮めていたグリムがゆっくりと瞳を開けた。
「っ⋯⋯いたく、ない⋯?」
「グリたん、大丈夫?」
「え、⋯⋯あ⋯」
予想外の状況だったのか、元から大きい瞳を更に丸くしてこちらを見上げるグリム。
そう。彼に当たるより一瞬早く、ランプを腕で弾くことができたのだ。
何がともあれ無事で何より。ナイス予知夢。
すぐ横には寂しげに転がったランプと、ガラスの破片が散らばっている。
グリムは未だ状況を飲み込めていないのか、その場からフリーズして動かない。
「あー!危なかったあ!可愛いグリたんの体に傷つかんくて良かったわ」
「で、でもゴンザレスくん⋯大丈夫?怪我⋯」
「んお?あ、ちょっと擦りむいただけや!こんなん唾つけときゃ治る!それより合法的にグリたんに触れてラッキーや」
心配そうに駆け寄ってきた監督生へ、笑顔でサムズアップしてみせる。
冷たい温度と共に走る鋭い痛みには気付かないフリだ。
「⋯⋯⋯べ、別にオマエに助けてもらわなくても避けれたんだゾ」
「マジか〜〜ワイの早とちりやったみたいや。反射的に動いただけやから気にせんでええで」
「⋯⋯」
複雑な表情を浮かべたグリムが低く呻く。けれど先程までの威勢は微塵も感じられない。
明るく返してみせるも、矢のようなしっぽは垂れ下がり、遂にはそっぽを向いてしまった。
⋯ありゃ、気にさせてもたかな。
沈黙を切り裂くかの如く、朗らかな声と共にひょっこりと誰かが顔を出した。
「こんばんはー、優しい私が夕食をお持ちしましたよ。⋯って、入学式で暴れたモンスター!何故ここに!!」
「あはは⋯⋯」
「あ、学園長。やっほー」
ご機嫌な雰囲気はどこへやら。
震える指でグリたんを指さし、絶句する学園長。
全て顔に出るのが見てて笑えてくる。
そこからは原作通り。
迷コンビの共闘スタイルが見事に認められ、無事2人とも『雑用係』に昇格した。
面倒な肩書きが増やされ更に不安げな監督生と、生徒になれなかったことに不満を漏らすグリム。
しかし最終的には両者その使命を受け入れることで、話は収束した。
「よろしい。では2人とも明日から頼みますよ。──それと、ゴンザレスさん」
「ゑ?ワイすか」
事態も一段落したところで、早々に帰ると思いきや、今度はこちらに視線をよこす学園長。相変わらず仮面の下の表情は全く読めない。
「明日から本格的に授業が始まります。再度注意しますが、揉め事など起こさないように。できる限り大人しくしておいてくださいね」
「あっはは。どうですかねー」
「お、こ、さ、な、い、ように!」
「へい、努力します」
「よろしい。では」
全く信用されていないのだろう。
本日何度目か分からない忠告を受け、曖昧にはぐらしてみせる。
しかし彼からの懇願にも近い圧に負け、結局強制的に首を縦に振らされた。
学園長はこちらの返事に満足したように頷くと、大きな靴音を鳴らしながら足早に寮を出ていった。
寮内に静寂が戻った後、ふと1つの違和感に気づく。
「⋯⋯あれ?痛くない」
「どうかした?」
「んーん!さっ、掃除道具捜索再開やー!」
出血していたはずの腕には傷一つない。咄嗟に後ろに隠したはずが、どうやら彼には見抜かれていたらしい。
心配そうにこちらを覗き込んだ監督生にいつも通りの笑顔を振りまくと、少し焦げ臭い廊下を歩き出した。
