出逢いの息吹
Me
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「…よし、完成」
ぽつり。静寂に包まれたキッチンで一人言葉をこぼす。ちらりと時計を見ると、まだみんなが起きてくるまで少し余裕がある。
私は、一人一人分けられた朝食プレートにラップをかけると小さく息をついて、コンロ横に付いている小窓に視線を向けた。
すりガラスのためこちらから外の風景などは全く見えず、分かるのは朝か夜か、それくらいのことだけだ。いつまでも靄がかかって何も見えないでいる自分と重なって、また心が鉛をつけられたかのごとく重く沈む。
全て、私の時間は止まったままだ。姉が死んだあの日から。
けど、今日こそは錆きって壊れかけの音がした時計の針が動くことを期待している自分も確かに存在するのだ。
いつかは、この場所のみんなも私を受け入れてくれる、なんて_____…
薄ぼんやりとした脳内でそんなことを考えていれば、遠くから数人の足跡と話し声が聞こえてきて私はハッと我に帰る。
胸に手を当て深呼吸を一つ。気持ちが整ったのを不自然なほど口角を上げて、朝食会場となる居間へと向かった。
「あー、ねっむい。何で夏休みなのに早起きしないといけないわけ」
「仕方ないじゃん。決まりだし。てか、昨日夜更かししてテレビ見てたからでしょ」
「…わ、バレてたか」
「…おはよう!朝ごはんできてるよ」
居間の扉を開けると、数人が眠そうに目を瞬かせながらも楽しそうに会話をしている。私はできるだけ明るい声で、けれど朝からうるさいと思われない程度のトーンでその輪に向かって声をかけた。
私の登場に、一瞬静まり返る空気。
「そういや宿題やった?数学プリントの3枚目の問4めっちゃむずくて萎えたんだけど」
「まだやってないわ。冬音に教えてもらう?」
「えー、秋奈につきっきりっしょ。教えてもらえるかなぁ」
しかし、それも一瞬のことで。
私の言葉は無かったものとしてまた日常が再開される。笑顔を貼り付けたまま固まった私の横を、談笑し合う横顔が通り過ぎる。
透明人間とはまさにこのことだ。
恥ずかしさと悲しさ、どこか胸の奥にしまっていた期待と諦めという矛盾した感情が混ざり合って、私は自嘲するかのような表情を浮かべて俯く。
きっと、ここにいる人達に私の姿は見えないし、声も届かない。
やっぱり、…今日もダメだった。わかっているはずなのに、何度も突きつけられた現実だと頭では理解しているはずなのにその「いつか」が、もしかしてくるかもしれない「そのとき」を私は期待し続けてしまうのだ。
きっと、いつか、私を受け入れてくれるそんな居場所がここにできる、そのときが来るのを…
すると俯いたままの私をよそに朝食プレートを食べ始めた数人のうちの一人が、ふと声を漏らした。
「え、卵うま…」
私は小さく漏れたその言葉を聞き逃さなかった。光の速さで顔を上げると、朝食に手をつけていた数名の一人が私の作った自家製卵サンドを片手に、感動したように目を輝かせていた。
…はじめて、作ったご飯を美味しいって、言ってもらえた。
私は胸に熱いものが込み上げるのを感じ少しだけ泣きそうになるが、それを必死に抑えこれをキッカケにと彼女に向けて言葉を紡いだ。
「う、嬉しい…!それはね、マヨネーズと塩胡椒で味付けしてね、あの」
「ちょっと、何言ってんの。やめなって」
「ご、ごめん、つい…」
「秋奈にバレたら何されるかわかんないし。気をつけなよ」
しかし、そんな淡い期待も一瞬にして崩れ落ちる。興奮で上ずった私の声は、焦りを含んだ彼女たちの声によってあっけなくかき消され、伸ばしかけた手が空を切った。
先ほどまでの和気藹々とした空間はガラリと重苦しい暗いものへと変化し、笑い合う楽しい声は消えてしまう。
私はまた何も言えなくなって、ゆっくりと顔をつま先へと向けたその時_____…
「おっはよー、みんな早いわねー」
「…おはよー」
すっかり快晴を覆ってしまった雲を切り裂くようなハキハキした声と、逆にそれを溶かしてしまうような柔らかな声が、重なり合って空間にこだました。
_______その声が耳に届いた瞬間、私の喉から掠れた音が漏れるのなんてお構いなしに。