壊してくれるなら、優しくして
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【鬼道有人】
雷門との試合は無事に終了した。
センターサークル上に仕掛けられた鉄骨は、俺の迅速な判断により未遂に終わった。
試合には負けてしまったが、どこか清々しい気持ちだった。
安堵したのもつかの間、なまえを迎えに行こうとした時にあわてた様子の使用人がこちらに向かってくる。
「なんだ、そんなに急いで」
「姫野様は、試合途中に高熱で倒れられ、先に邸宅へ戻られました」
その報告に、一瞬、心臓を掴まれるような感覚を覚えた。
「そんな大事なことなぜ先に伝えなかった!」
「姫野様のご意思です…」
「なまえが…!?いや、今はいい、車を用意してくれ」
佐久間に事情を説明して、それからは言葉もなく学園を飛び出す。
車に乗り込んでさっさと家に向かわせるが、何もせずじっとしていることなど出来ず返信は来ないだろうとわかっていても彼女の携帯に連絡を入れる。
…俺はどうしてこんなに必死なんだろうか。
初対面は最悪だったはず。
お互い、眼中にもなかった。
屋敷に戻ると同時に、迷わずなまえの部屋へ走った。
静まり返った廊下を、足早に駆け抜け、ノックもせずになまえの部屋の扉を開けた。
部屋の中にあるカーテンが薄く揺れていた。
窓が少しだけ開いている。
部屋の中は、静かで、重たく、どこか痛々しいほどの熱気に包まれていた。
「…っはぁ、なまえ」
ベッドに横たわる少女は、ひどく汗をかいていた。
長く巻かれた髪は少し崩れていて、頼に張りついている。
顔色は悪く呼吸も浅くて、そして夢にうなされているように苦しそうな表情をしていた。
俺は、そっとなまえに手を伸ばした。
握りしめていて汗ばんだ指先に、自分の手を重ねようとするが…
「…っ!」
手に触れた瞬間にパシっと振り払われた。
怯えたような動き。突発的な拒絶。
それは敵意ではなかったが、恐怖だった。
「ごめんなさい…っ」
小さく紡がれた寝言に、はっと気をやる。
そして彼女の華奢な手が、俺の袖をぎゅっと掴んでいた。
「おねがい、いかないで、お母様…」
離そうとすればできた。
けれど、縋り付くようなその指をほどくことはできなかった。
「…俺は、お前の母親じゃない」
そう咳いてはみたが、もちろんなまえは答えない。
少し息を吐いて、ベッドの端に腰を下ろした。
寝台の沈みにあわせてなまえの身体がわずかに傾き、その髪に指先が触れた。
きめ細かい、締麗に整えられたその髪は、触れてはいけないもののように思えた。
それでも、そっと撫でると、なまえの表情がふわりと緩む。
安心している。
どうして彼女は、こんなにも儚いのだろう。
しばらく静かに座っていると、なまえが小さく寝返りを打ち、俺に背を向ける。
すると、首筋に白く浮かび上がるものが目に入った。
「……?」
髪の下に、大きく、白く変色した痕がのぞいている。
まるで何かに深く裂かれたような、古い傷。
思わず手を伸ばして、髪を持ち上げる。
その動きに、なまえがくすぐったそうに首をすくめた。
浮かび上がった肌には、なにかが鋭く上を走り抜けたような、何本もの、複雑で、痛々しい線。
事故か。
いや、これは違う。
こんなふうに規則的で、しかも首筋に。
思い出す。
初めてなまえがここに来たあの夜、入浴を手伝っていたメイドの顔。
おそろしいものを見てしまったかのように青ざめていた。
まさかと思い、戸惑いながらも彼女の服をめくった。
その背中を見た瞬間、思考が止まる。
そこにあったのは、あまりにも酷いものだった。
赤黒く、まだ癒えきっていない傷跡。
すでに白くなった古傷。
同じ場所を何度も、細く、長く、交差する痕。
「誰が、こんなことを…何のために…っ」
なまえはこんな身体で、それでも微笑んで、気高くあろうとしていた。
けれど、その背中に刻まれたものを知った今、その完壁がどれほど無理に作られたものだったか、痛いほどわかってしまった。
…俺は、何も知らなかった。
その背に触れようとして、手が震える。
静かな寝息だけが聞こえる部屋の中で、しばらく彼女のことを考えていた。
気づいてしまった真実を、どう抱えていけばいいのかもわからずに。
雷門との試合は無事に終了した。
センターサークル上に仕掛けられた鉄骨は、俺の迅速な判断により未遂に終わった。
試合には負けてしまったが、どこか清々しい気持ちだった。
安堵したのもつかの間、なまえを迎えに行こうとした時にあわてた様子の使用人がこちらに向かってくる。
「なんだ、そんなに急いで」
「姫野様は、試合途中に高熱で倒れられ、先に邸宅へ戻られました」
その報告に、一瞬、心臓を掴まれるような感覚を覚えた。
「そんな大事なことなぜ先に伝えなかった!」
「姫野様のご意思です…」
「なまえが…!?いや、今はいい、車を用意してくれ」
佐久間に事情を説明して、それからは言葉もなく学園を飛び出す。
車に乗り込んでさっさと家に向かわせるが、何もせずじっとしていることなど出来ず返信は来ないだろうとわかっていても彼女の携帯に連絡を入れる。
…俺はどうしてこんなに必死なんだろうか。
初対面は最悪だったはず。
お互い、眼中にもなかった。
屋敷に戻ると同時に、迷わずなまえの部屋へ走った。
静まり返った廊下を、足早に駆け抜け、ノックもせずになまえの部屋の扉を開けた。
部屋の中にあるカーテンが薄く揺れていた。
窓が少しだけ開いている。
部屋の中は、静かで、重たく、どこか痛々しいほどの熱気に包まれていた。
「…っはぁ、なまえ」
ベッドに横たわる少女は、ひどく汗をかいていた。
長く巻かれた髪は少し崩れていて、頼に張りついている。
顔色は悪く呼吸も浅くて、そして夢にうなされているように苦しそうな表情をしていた。
俺は、そっとなまえに手を伸ばした。
握りしめていて汗ばんだ指先に、自分の手を重ねようとするが…
「…っ!」
手に触れた瞬間にパシっと振り払われた。
怯えたような動き。突発的な拒絶。
それは敵意ではなかったが、恐怖だった。
「ごめんなさい…っ」
小さく紡がれた寝言に、はっと気をやる。
そして彼女の華奢な手が、俺の袖をぎゅっと掴んでいた。
「おねがい、いかないで、お母様…」
離そうとすればできた。
けれど、縋り付くようなその指をほどくことはできなかった。
「…俺は、お前の母親じゃない」
そう咳いてはみたが、もちろんなまえは答えない。
少し息を吐いて、ベッドの端に腰を下ろした。
寝台の沈みにあわせてなまえの身体がわずかに傾き、その髪に指先が触れた。
きめ細かい、締麗に整えられたその髪は、触れてはいけないもののように思えた。
それでも、そっと撫でると、なまえの表情がふわりと緩む。
安心している。
どうして彼女は、こんなにも儚いのだろう。
しばらく静かに座っていると、なまえが小さく寝返りを打ち、俺に背を向ける。
すると、首筋に白く浮かび上がるものが目に入った。
「……?」
髪の下に、大きく、白く変色した痕がのぞいている。
まるで何かに深く裂かれたような、古い傷。
思わず手を伸ばして、髪を持ち上げる。
その動きに、なまえがくすぐったそうに首をすくめた。
浮かび上がった肌には、なにかが鋭く上を走り抜けたような、何本もの、複雑で、痛々しい線。
事故か。
いや、これは違う。
こんなふうに規則的で、しかも首筋に。
思い出す。
初めてなまえがここに来たあの夜、入浴を手伝っていたメイドの顔。
おそろしいものを見てしまったかのように青ざめていた。
まさかと思い、戸惑いながらも彼女の服をめくった。
その背中を見た瞬間、思考が止まる。
そこにあったのは、あまりにも酷いものだった。
赤黒く、まだ癒えきっていない傷跡。
すでに白くなった古傷。
同じ場所を何度も、細く、長く、交差する痕。
「誰が、こんなことを…何のために…っ」
なまえはこんな身体で、それでも微笑んで、気高くあろうとしていた。
けれど、その背中に刻まれたものを知った今、その完壁がどれほど無理に作られたものだったか、痛いほどわかってしまった。
…俺は、何も知らなかった。
その背に触れようとして、手が震える。
静かな寝息だけが聞こえる部屋の中で、しばらく彼女のことを考えていた。
気づいてしまった真実を、どう抱えていけばいいのかもわからずに。