壊してくれるなら、優しくして
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放課後、ピアノのない日はサッカーの練習を眺めるのが日課になっていた。
ボールを蹴る音、飛び交う声、そのすべてが心地良い。
そして夕食のあとは、有人さんの部屋に行って、会話を重ねる。
他愛ないこと。学校のこと、そしてサッカーのこと。
彼はあれから私の傷についても、家のことについても、何も言わない。
…きっと、それが彼なりの優しさなのだと思う。
あの鉄骨の事件以来、帝国学園を掌握していた総師と呼ばれる人物は姿を消したらしい。
一度逮捕はされたみたいだけれど、証拠不十分で釈放されてからは行方知れず。
でもそれは転機だった。
最近の有人さんは肩の力を抜いたような表情を見せるようになった。
サッカーの話をするときの目が、以前よりずっと柔らかい。
そんな彼の横顔は、ずっと見ていられたらいいのに、と思ってしまうほど魅力的だった。
…ここに来た頃の私は、何にも心を動かされなかった。
でも今は、サッカーの練習を見に行くのが楽しみで仕方ない。
そして、今日は全国大会一回戦の日。
…けれど、生憎、私のピアノのコンクールと被ってしまった。
予定を蹴ってしまおう、とも考えたけれど…
朝、 出がけに彼が言った「勝ってくる」という言葉で、自分もやりきらなければと決意したのだ。
有人さんなら、きっと勝ってくる。
確証は無いけど、確信があった。
静まり返ったホール。
満員の観客席の気配が、舞台袖の暗がりからも伝わってくる。
夜、彼と会えることを楽しみに、私はピアノの前に座った。
私の課題曲は幻想即興曲。
無数の感情が渦を巻くのが、どこか、彼との時間に似ている気がした。
静寂の中に、鋭く、美しい旋律が生まれる。
最初の音を置いた瞬間、世界が一変する。
緊張で指先に力が入ってしまう。
流れるような右手に、追いかけるような左手。
繰り返す音の中で、気づいてしまった。
私、有人さんのことが好きなんだ。
あの人の声が好き。
まっすぐな瞳が好き。
どんなことも見透かしてくるようで、だけど決して否定しない。
はやく会いたい。
練習のこと、試合のこと、たくさん聞きたい。
でも、それと一緒に、「あなたが好き」と言ってしまいそうで…
最後の一音がホールに響いたとき、拍手が降ってきた。
でも、私の耳には届かない。
心の中で繰り返していたのは、ただ一つだった。
目から涙がこぼれそうになって、足早に舞台袖へ急ぐ。
その足のまま控え室へ向かう。
待機していたピアノ講師に「素晴らしい演奏でした」と初めて褒められて、にこりと笑った。
自然に笑えるなんて、ほんの数ヶ月前の自分では考えられなかった。
高鳴る胸をもって、携帯を手に取る。
もう時間は夕方手前であった。
サッカーの試合はもう終わってしまっている。
一刻も早く有人さんに連絡しよう、とメッセージを開くと何件か通知が来ていた。
その中の一通は、鬼道家の執事からだった。
……その内容を脳が理解することを拒んだ。
どくどくと心臓が激しく拍動する。
『試合が終わりました。結果は敗退、有人様は病院へ向かっています』
指が震えて画面を閉じそうになる。
病院という言葉をしばらく噛み砕いた。
どういうこと…?
メッセージには、写真も添付されていた。ニュース速報のスクリーンショット。
「優勝常連校、帝国学園、10対0で全国大会一回戦敗退」
「選手たちは全員負傷」
思考が止まる。
携帯が、手から滑り落ちて床に落ちた。
どうして。
今にも泣き出しそうな胸の奥で、感情がせり上がってくる。
それが悲しみなのか、怒りなのか、焦りなのかも、わからない。
それでも、彼に会いたい。
どんな顔をしていようと、どんな結果であっても。
帰りの車ではずっと黙っていた。
窓の外は雨。
通り過ぎる景色は何も見えなかった。
家に着くと、息をするのも苦しいほどの不安の中で、有人さんの部屋を訪れた。
中にいたのは、ベッドに腰を掛けて足にテーピングを巻きつけている有人さんだった。
右の頬には、細かい擦り傷もある。
「どうして...」
ようやく絞り出した声は、泣いているみたいに震えていた。
彼は顔を上げて、静かに言った。
「影山だ」
ゴーグルに写った私の顔は酷く狼狽えていた。
「最初から計画していたんだ」
その言葉の端々に、怒りと悔しさが滲んでいる。
「なら、全国大会はもう…」
言いかけた私の言葉を、彼は遮った。
「俺は雷門中に転校する」
「…え」
「影山を許すことはできない。奴が潰そうとした本当のサッカーを、俺は守りたい」
言葉を失って見つめたその瞳は、強くて、まっすぐで。
不謹慎だけれど、見とれてしまう。
「なまえ、それでもついてきてくれるか」
あまりに突然の問いかけで、一瞬言葉を失ってしまった。
けれど、すぐにその言葉を理解して、有人さんの手を取った。
「私は、 有人さんの決めた道なら、どこまでもついて行きますわ」
ほんとうに自然に、言葉がこぼれた。
それは、ただの忠誠じゃない。
彼は少し目を見開いて、ふっと優しく笑った。
「ありがとう、なまえ」
その言葉が、たまらなく嬉しかった。
私は、彼の隣にいられるなら、それでいい。
ボールを蹴る音、飛び交う声、そのすべてが心地良い。
そして夕食のあとは、有人さんの部屋に行って、会話を重ねる。
他愛ないこと。学校のこと、そしてサッカーのこと。
彼はあれから私の傷についても、家のことについても、何も言わない。
…きっと、それが彼なりの優しさなのだと思う。
あの鉄骨の事件以来、帝国学園を掌握していた総師と呼ばれる人物は姿を消したらしい。
一度逮捕はされたみたいだけれど、証拠不十分で釈放されてからは行方知れず。
でもそれは転機だった。
最近の有人さんは肩の力を抜いたような表情を見せるようになった。
サッカーの話をするときの目が、以前よりずっと柔らかい。
そんな彼の横顔は、ずっと見ていられたらいいのに、と思ってしまうほど魅力的だった。
…ここに来た頃の私は、何にも心を動かされなかった。
でも今は、サッカーの練習を見に行くのが楽しみで仕方ない。
そして、今日は全国大会一回戦の日。
…けれど、生憎、私のピアノのコンクールと被ってしまった。
予定を蹴ってしまおう、とも考えたけれど…
朝、 出がけに彼が言った「勝ってくる」という言葉で、自分もやりきらなければと決意したのだ。
有人さんなら、きっと勝ってくる。
確証は無いけど、確信があった。
静まり返ったホール。
満員の観客席の気配が、舞台袖の暗がりからも伝わってくる。
夜、彼と会えることを楽しみに、私はピアノの前に座った。
私の課題曲は幻想即興曲。
無数の感情が渦を巻くのが、どこか、彼との時間に似ている気がした。
静寂の中に、鋭く、美しい旋律が生まれる。
最初の音を置いた瞬間、世界が一変する。
緊張で指先に力が入ってしまう。
流れるような右手に、追いかけるような左手。
繰り返す音の中で、気づいてしまった。
私、有人さんのことが好きなんだ。
あの人の声が好き。
まっすぐな瞳が好き。
どんなことも見透かしてくるようで、だけど決して否定しない。
はやく会いたい。
練習のこと、試合のこと、たくさん聞きたい。
でも、それと一緒に、「あなたが好き」と言ってしまいそうで…
最後の一音がホールに響いたとき、拍手が降ってきた。
でも、私の耳には届かない。
心の中で繰り返していたのは、ただ一つだった。
目から涙がこぼれそうになって、足早に舞台袖へ急ぐ。
その足のまま控え室へ向かう。
待機していたピアノ講師に「素晴らしい演奏でした」と初めて褒められて、にこりと笑った。
自然に笑えるなんて、ほんの数ヶ月前の自分では考えられなかった。
高鳴る胸をもって、携帯を手に取る。
もう時間は夕方手前であった。
サッカーの試合はもう終わってしまっている。
一刻も早く有人さんに連絡しよう、とメッセージを開くと何件か通知が来ていた。
その中の一通は、鬼道家の執事からだった。
……その内容を脳が理解することを拒んだ。
どくどくと心臓が激しく拍動する。
『試合が終わりました。結果は敗退、有人様は病院へ向かっています』
指が震えて画面を閉じそうになる。
病院という言葉をしばらく噛み砕いた。
どういうこと…?
メッセージには、写真も添付されていた。ニュース速報のスクリーンショット。
「優勝常連校、帝国学園、10対0で全国大会一回戦敗退」
「選手たちは全員負傷」
思考が止まる。
携帯が、手から滑り落ちて床に落ちた。
どうして。
今にも泣き出しそうな胸の奥で、感情がせり上がってくる。
それが悲しみなのか、怒りなのか、焦りなのかも、わからない。
それでも、彼に会いたい。
どんな顔をしていようと、どんな結果であっても。
帰りの車ではずっと黙っていた。
窓の外は雨。
通り過ぎる景色は何も見えなかった。
家に着くと、息をするのも苦しいほどの不安の中で、有人さんの部屋を訪れた。
中にいたのは、ベッドに腰を掛けて足にテーピングを巻きつけている有人さんだった。
右の頬には、細かい擦り傷もある。
「どうして...」
ようやく絞り出した声は、泣いているみたいに震えていた。
彼は顔を上げて、静かに言った。
「影山だ」
ゴーグルに写った私の顔は酷く狼狽えていた。
「最初から計画していたんだ」
その言葉の端々に、怒りと悔しさが滲んでいる。
「なら、全国大会はもう…」
言いかけた私の言葉を、彼は遮った。
「俺は雷門中に転校する」
「…え」
「影山を許すことはできない。奴が潰そうとした本当のサッカーを、俺は守りたい」
言葉を失って見つめたその瞳は、強くて、まっすぐで。
不謹慎だけれど、見とれてしまう。
「なまえ、それでもついてきてくれるか」
あまりに突然の問いかけで、一瞬言葉を失ってしまった。
けれど、すぐにその言葉を理解して、有人さんの手を取った。
「私は、 有人さんの決めた道なら、どこまでもついて行きますわ」
ほんとうに自然に、言葉がこぼれた。
それは、ただの忠誠じゃない。
彼は少し目を見開いて、ふっと優しく笑った。
「ありがとう、なまえ」
その言葉が、たまらなく嬉しかった。
私は、彼の隣にいられるなら、それでいい。