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「須貝」
「お、青」
連れ。という表現が一番ぴったりだった。性に奔放なあたしと、そういうところは意外としっかりしている須貝は、妹と兄のような、古い友達の様な、ソウルメイト、みたいな…そんな感じだったと思う。
二人で朝まで飲んだり、須貝の好きなよくわからん声優のライブに連れてかれたり、男に遊ばれるたび慰めてもらったり、アニメの映画を観に行ったり。つまんない時もあったけど、嫌いじゃなかった。
何より、その日々が本当に心地よかった。
「…なーんしてんの」
「ん。論文読んでる」
「えーつまんな」
「お前な、勝手に人んちきて何様よ」
「俺様」
「っぽいけども」
論文に目を落としながら白い歯を見せて笑う。男前だな、と思うけれど、別にその肌に触れることはなかった、多分ずっと、触れるのが怖かった。
あわよくば、なんて思う瞬間がなかったわけではない。けれど、他の誰にもないこの心地よさを失う方が怖くて。
「だいたい、男の家のベッドでそんなくつろぐな」
「須貝んちじゃん」
「まあそうだけど」
「なに?そそられちゃう?」
「馬鹿言え」
馬鹿言え、そう言って、彼はラップトップを閉じてあたしの隣に腰掛ける。
「で?何、また振られたんか」
「わ、バレてる~」
「それ以外で突然俺んちこないからね、青は」
「はは、そうだっけ」
いつもなら、そこから笑って話して、適当な時間に帰る。それだけだったのに。
「青、まって」
「ん?なん?」
「目、ゴミついてる。こっちおいで」
ん、と顔を突き出すと、須貝は覗き込む様に顔を近づけて、あたしの睫毛に触れた。
「とか言って、キスされるんかと思った」
「…馬鹿言え」
先ほどと同じセリフが吐かれる。先ほどとは、違うニュアンスで。
なかなか上手く取れないのか、ほんの少し顰めた顔。まつげの前で揺れる指が怖くて目を瞑る。
「んー、マスカラに埃が絡まってますね」
「須貝んちが汚いからだ」
「ほんっとお前はうるさいなー」
「ね、今ならキスし放題だよ」
「しませんから」
「今なら、…しても怒んないよ」
薄眼を開けた先に映る彼の顔は、少し苦しそうだった。
何か言いたそうな彼に言葉をかけようとした瞬間、あたしの視界は真っ暗になった。
ー
「…結婚」
「そ、結婚」
修士を終えた私はそのままメーカーの研究職に就いて、須貝は博士課程へと駒を進めた。
なんとなく、ゆっくりとそこから顔をあわせることも少なくなって、歳月は流れて。
時折こうして通話をしたり、たまにご飯に行ったり。けれど、あの日みたいな心地よさはゆっくりと薄らいでいた頃だった。
「…須貝が?」
「うん」
通話アプリ越し、少しひび割れた彼の声に視界が揺れる。
「青には、言っておこうと思って」
「…そう」
おめでとう、ほんの少し上ずる声が悟られぬ様、笑う。
「…俺、あんとき」
「彼女、年下だっけか。ちゃんと可愛がってやりなよ」
何かを言いかけた須貝の言葉を遮る様に言葉を紡ぐ。
始まらなかったのなら、終わりなどいらないのだから。
「…ん、そうだな」
もう遅せーし、今日はこの辺で。また招待状送るわ。なんていつもの調子で話し、二言三言交わした後、通話は途絶えた。
ぎゅ、と唇を噛んだ。僅かに鉄の味がする。
あの日、ベッドになだれ込む様にして、お互いを求め合った。
たった一度だけの間違いで、とても熱くて、とても悲しかった。大好きだと叫ぶことができなくて、ただひたすらに名前を呼びあった。切ないぐらい、何度も。
あたしたちは二人とも、失うことを強く恐れていた。
あの日の後も「心地いい親友」を演じ続け、その歪さに耐えられなくなって、じわりじわりと離れて。
結局失うのなら、もっと我儘になればよかったのかもしれない、けれど、そういう運命だったのだろう。
深く息をつくと伏せた携帯が震える。
新着メッセージがあります、の文字をスワイプして開くと、彼からの短いメッセージが一つ。
「…馬鹿言え」
あの日の彼と同じ様に呟くと、笑みより先に涙が溢れた。
お幸せに、って言いづらくなったじゃんか。あたしは多分まだ、過去形にし切れないままのに。
# 歌えなかったラブソング
(”俺、あんとき、青のこと、本当に好きだった。”)
「お、青」
連れ。という表現が一番ぴったりだった。性に奔放なあたしと、そういうところは意外としっかりしている須貝は、妹と兄のような、古い友達の様な、ソウルメイト、みたいな…そんな感じだったと思う。
二人で朝まで飲んだり、須貝の好きなよくわからん声優のライブに連れてかれたり、男に遊ばれるたび慰めてもらったり、アニメの映画を観に行ったり。つまんない時もあったけど、嫌いじゃなかった。
何より、その日々が本当に心地よかった。
「…なーんしてんの」
「ん。論文読んでる」
「えーつまんな」
「お前な、勝手に人んちきて何様よ」
「俺様」
「っぽいけども」
論文に目を落としながら白い歯を見せて笑う。男前だな、と思うけれど、別にその肌に触れることはなかった、多分ずっと、触れるのが怖かった。
あわよくば、なんて思う瞬間がなかったわけではない。けれど、他の誰にもないこの心地よさを失う方が怖くて。
「だいたい、男の家のベッドでそんなくつろぐな」
「須貝んちじゃん」
「まあそうだけど」
「なに?そそられちゃう?」
「馬鹿言え」
馬鹿言え、そう言って、彼はラップトップを閉じてあたしの隣に腰掛ける。
「で?何、また振られたんか」
「わ、バレてる~」
「それ以外で突然俺んちこないからね、青は」
「はは、そうだっけ」
いつもなら、そこから笑って話して、適当な時間に帰る。それだけだったのに。
「青、まって」
「ん?なん?」
「目、ゴミついてる。こっちおいで」
ん、と顔を突き出すと、須貝は覗き込む様に顔を近づけて、あたしの睫毛に触れた。
「とか言って、キスされるんかと思った」
「…馬鹿言え」
先ほどと同じセリフが吐かれる。先ほどとは、違うニュアンスで。
なかなか上手く取れないのか、ほんの少し顰めた顔。まつげの前で揺れる指が怖くて目を瞑る。
「んー、マスカラに埃が絡まってますね」
「須貝んちが汚いからだ」
「ほんっとお前はうるさいなー」
「ね、今ならキスし放題だよ」
「しませんから」
「今なら、…しても怒んないよ」
薄眼を開けた先に映る彼の顔は、少し苦しそうだった。
何か言いたそうな彼に言葉をかけようとした瞬間、あたしの視界は真っ暗になった。
ー
「…結婚」
「そ、結婚」
修士を終えた私はそのままメーカーの研究職に就いて、須貝は博士課程へと駒を進めた。
なんとなく、ゆっくりとそこから顔をあわせることも少なくなって、歳月は流れて。
時折こうして通話をしたり、たまにご飯に行ったり。けれど、あの日みたいな心地よさはゆっくりと薄らいでいた頃だった。
「…須貝が?」
「うん」
通話アプリ越し、少しひび割れた彼の声に視界が揺れる。
「青には、言っておこうと思って」
「…そう」
おめでとう、ほんの少し上ずる声が悟られぬ様、笑う。
「…俺、あんとき」
「彼女、年下だっけか。ちゃんと可愛がってやりなよ」
何かを言いかけた須貝の言葉を遮る様に言葉を紡ぐ。
始まらなかったのなら、終わりなどいらないのだから。
「…ん、そうだな」
もう遅せーし、今日はこの辺で。また招待状送るわ。なんていつもの調子で話し、二言三言交わした後、通話は途絶えた。
ぎゅ、と唇を噛んだ。僅かに鉄の味がする。
あの日、ベッドになだれ込む様にして、お互いを求め合った。
たった一度だけの間違いで、とても熱くて、とても悲しかった。大好きだと叫ぶことができなくて、ただひたすらに名前を呼びあった。切ないぐらい、何度も。
あたしたちは二人とも、失うことを強く恐れていた。
あの日の後も「心地いい親友」を演じ続け、その歪さに耐えられなくなって、じわりじわりと離れて。
結局失うのなら、もっと我儘になればよかったのかもしれない、けれど、そういう運命だったのだろう。
深く息をつくと伏せた携帯が震える。
新着メッセージがあります、の文字をスワイプして開くと、彼からの短いメッセージが一つ。
「…馬鹿言え」
あの日の彼と同じ様に呟くと、笑みより先に涙が溢れた。
お幸せに、って言いづらくなったじゃんか。あたしは多分まだ、過去形にし切れないままのに。
# 歌えなかったラブソング
(”俺、あんとき、青のこと、本当に好きだった。”)