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小鳥のさえずる声、遮光カーテンの隙間から漏れる光。
人肌程度の温もりと、伊沢さんの寝顔。
自分の家よりも少し広いベッドにて、キャミソールと下着だけの姿で目を覚ます。
「ん…青」
ぎゅ、と抱き寄せられると何も身にまとっていない伊沢さんの上半身の温もりがダイレクトに伝わる。
まどろみの中で私も彼の腰に手をまわす。暑くて、熱い。
ん、とちいさく呻く伊沢さんの顔を見て、思わず笑ってしまった。
「…狡い人、だなぁ」
私はゆっくりと身体を起こした。まだ眠る彼を起こさぬよう、回された腕をゆっくりと解いて。
友人の紹介で出会ったのは、1年ほど前だったろうか。
その頃から「そういう遊び方をする人だ」と聞いていた彼…伊沢さん。
当時恋人のいなかった私は、おそらく酒の勢いか何かで彼の誘いにイエスと答えたのだろう。始まりはもう、あまりきちんとは覚えていない。
ただ、まるで不特定多数が居るだなんて思えないぐらいの甘い言葉に、声に、温もりに、気づけばそれなりに心惹かれてしまっていて。
いつか終わらせなくちゃいけないと思いながらも、この感情に気づかれない間は許されてほしい…なんて馬鹿馬鹿しいことを思いながら続ける情けない関係と成り下がってしまった。
適当に、だけどあまり大きな音は立てないように出勤前の支度をする。最後に洗面所でヘアセットまで済ませて、もう一度開いた襟元を確認する。キスマークはなさそうだ。
(割り切った関係でいるだけなら、…徹底してくださいね)
キッカケもろくに思い出せない今、唯一覚えている…初めての前に彼に告げた言葉。
それなりに好みの人とキモチイイことができて、自分と相手の世間体さえ守れればよかった。本当にその程度の始まりだったのにな、なんて考えてため息をついて、もう一度髪を前に戻す。
割り切ってくれと言った相手に恋をして、大勢のうちの1人であることに安堵し、大勢のうちの1人であることに落胆してしまう今が本当に、情けない。
「ん〜…青…はやくねえ?」
ふああ、と大きなあくびをして、ボトムだけ適当に履いた伊沢さんが寝室から出てきた。
「私は9時には会社行かないとだから、別に早くないですよ。」
鍵、ポストに入れておいて良いんだったら寝ててもいいですからね。と、昨日の情事なんてまるでなかったように、目も合わせずに淡々と告げる。そうでもしないと、溢れる感情の終わりが見えないのだ。
「そっか〜、…じゃあ、もうちょい」
ぺたぺたと裸足でフローリングを歩く音がしたかと思うと、後ろから抱きすくめられる。
「今日の香水は…VALENTINOだね」
首筋に鼻先をこすりつけるようにして、耳元で囁く。
「仕事用、ですから」
呼び出して抱くだけじゃなくて、こういう無意味な触れ合いを好む伊沢さんにはいつまで経ってもなれない。複雑な気持ちのまま彼の腕を優しく掴み、くるりと身をよじり彼を見上げる。
「あんまり時間がないので、今日はここまで。」
「…やーだね」
今まであまり見たことのない…けれど、悪い顔をしている、そう感じたのもつかの間。
「ちょ、えっ、や、やあ〜〜〜っ!!!」
伊沢さんは私の脇に突然両手を入れ、勢いよくこそばしてきた。
色気なんて一ミリもない声を上げて、身をよじってそれから逃げようとすると、今度は首元に舌が這う。
そのまま首回りをキスされたり、甘く噛み付かれたり。昨日の夜なら気持ちよかったそれも、この状況だとくすぐったさを増すだけで。
「は、はっ…ま、こ、殺す気ですか…」
「タメ口でいいっつってるでしょー」
「うるさ…それどころ、じゃ、ないです…」
しばらくの地獄を味わいぜえぜえと肩で息をする私をまたぎゅっと抱きしめて、伊沢さんは嬉しそうな声で笑う。
どこまでも読めない人だ。
「さ、今日は俺も一緒に出ようかな。」
…どこまでも、読めない人だ。
-
男の人はお化粧がないから朝の支度が楽とは聞くけれど。
結局あの戯れから10分足らずで伊沢さんは、「伊沢拓司」の姿になって。
「駅まで送るよ」と優しい笑みで私に告げて、そのまま隣を並ぶ。
別に今までもこういうことがなかったわけではないけれど、今となっては意識してしまう。
会話のないまま、2人肩を並べて歩く。
この辺りで一番大きな駅の前は通勤者たちで溢れかえっていて、伊沢さんは「伊沢拓司」の表情をして居て、私は喧騒に溶けて消えてしまいそうで、全部が、切ない。
(…この気持ちのせいでこの関係が崩れるぐらいなら、触れ合える今の方がいい。)
一番いいのは、この人混みに消えるように何も言わず離れることだと頭ではわかっているけれど、もちろんそんな勇気もない。
ため息をぐっとこらえて、大きな駅のエスカレーターに乗る。鏡面になっている壁に目をやると、そこには伊沢さんと私の姿が映っている。せめて、鏡の中ぐらい、少しぐらい夢を見て居たくて。髪をさらりと後ろに流して、ほんの少し大人びた自分を作り出そうと思った時だった。
右の首筋に、わずかに差す朱。
しばらくの沈黙の後、一気に心臓が煩くなって。伊沢さんを見上げると意味ありげに微笑んでいた。
「伊沢さん、跡は残さないって…!」
言い切る前に、トントン、と彼は軽やかにエスカレーターを降りる。
「割り切ってんなら、って言ってたからさ」
「どういうっ…」
「俺じゃ、…ダメ?」
人混みの中、喧騒の中で、腹が立つぐらい鮮明に彼の声が耳に流れ込む。
「やっぱり…本気で始めようよ。イチから、全部。」
勝ち誇ったような、けれどどこか隠しきれない不安を抱えた彼の表情に、呆れたように笑って、泣いた。
私と彼だけが、この世界で色付き始めていく。
【終わりの始まり】