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「”夜”、さん」
「あ、はい」
柄にも無いことを、と思う。
表では真剣なお付き合いをする為のなんとやらというそれに、高校時代の友人が面白がって俺の顔写真を登録して使っていた。
気に入ったら右にスワイプ、気に入らなければ左にスワイプ。そんな直感的な動作で得られる出会いが至極真っ当だなんて到底思えなかったけれど、即物的で、俗物的なソレにそそられなかったとは言い切れない。
面白がって左右に指を振っていた友人が「この人美人じゃん」なんて手を止めたプロフィール画像…と全く同じ顔の女性が、いま俺の目の前にいる。
「…”朝日”さん、だ」
彼女は確認するように、けれど確信を孕んだ緩い笑顔を浮かべる。
友人が適当に付けたその名前で俺を呼んで。
-
「本当に、いいんですか?」
「…違うんですか?」
彼女は緩く口角を上げ、冷たく笑った。
顔を合わせ簡単な挨拶と他愛無い会話を交わしたあと、真昼間には似つかわしく無いホテルへ当たり前のように向かう。
3つのタッチパネルが疎に光る誰もいないフロント。何の気無しに問うた俺が間違えているような気すらするその顔に、言葉を失う。
「や、…そう、ですね」
「嫌ならいいんですよ、双方同意の元じゃないと後々面倒ですから。」
ま、入るならここかなあ、なんて彼女が指さした201の部屋のモニター。どうやら押すか否かは俺次第らしい。
目を細めて笑う、けれどその奥が見えない彼女に一切の興味が無いといえば嘘になる。
東京出身、25歳、エンジニア。
俺の嘘だらけのプロフィールをもう一度頭の中で振り返り、彼女の指差すシックな部屋の画像をタップした。
「じゃあ、…同意ということで」
-
「…すぐしたい人?」
部屋のドアを閉めるなり彼女はそう言ってまた緩く笑う。まだこの非日常に頭の追いついていない俺は柔く首を横に振って、ベッドに座る。
「そっか」
じゃ、お隣失礼。と笑う彼女があまりにも自然で、これがマイノリティな行為だということを忘れそうになる。まあ俺が知らないだけでマジョリティの可能性は否めないけれど。
「どうして、俺なんですか?」
そこに意味はないだろうと思いながら告げると、少し驚いた顔をした彼女は小さく吹き出した。
「名前、かな」
「名前…?」
「"夜"と、"朝日"」
「…ああ」
「…なんて、ね」
気づけば、彼女の白い腕が俺の首元に巻きつく。
「隙あり」
冷たくも艶かしいその眼差しに誘われるように白いシーツに雪崩れると、溺れるしかないと思ってしまうのは本能なのだろうか。やはりこの行為はマジョリティ、なのかも知れない。
-
どろどろに溶ける、と形容する人がいたが、どうもこう言うことを指すらしいというのを身を以って知る。2度目の絶頂を迎えた俺は、深く息を吐いてその余韻に浸っていた。
「朝日さん、元気」
「っは、…どうも」
じっとりと汗の浮く白い身体が眼下に広がる。
俺に組み敷かれても尚、緩く笑う三日月のような眼差しは、出会った瞬間と変わらず俺を優しく、冷たく見つめる。
「気持ちよかった、ね?」
「…とっても」
余裕あるその顔がどこか気に食わなくて、俺は薄い膜を被った自身をずるりと抜きながら、彼女にもう一度口付けを落とす。
「…大人しい顔してるのに」
「夜さんが、綺麗、だから」
雪崩れるように抱きしめると、ふふ、と小さい笑い声が聞こえた。
「名前、…教えてください」
多分こういうのはご法度なんだろう、それでも、余りに眼差しの奥が見えない彼女にどうも興味が逸らせない。
「…”夜”、だよ」
まただ。
ゆるりと弧を描くその眼差し。誰も信用しないその眼差しが俺の胸の奥深くを貫いた。
「でね、福良さん…聞いてる?」
「…ああ、ごめん。これが…なんだっけ」
「最近上の空だな~。体調悪いの?」
日常に戻れども尚、脳裏にこびりつく彼女の眼差し。どうも本調子に戻らない自分に違和感を覚えながら深く息をつく。
「ごめん、…ちょっと休憩もらっていい?」
「あら、マジ?じゃこの話は後日にするか」
急ぎでもないし、と笑う伊沢に軽く頭を下げて執務室を後にする。
「あれ、山本…?さっきもう帰るって言ってなかったっけ?」
「あ、福良さん!あのね…」
「彼女が近く居るから迎えに来るんだと」
いいご身分だね、なんて近くにいた須貝さんが山本の言葉を遮る。
「もー、須貝さん。先に言わないでよ!」
そういえば少し前に彼女が出来たとか言っていたような。俺は嬉しそうに携帯を触る山本の隣に腰掛ける。
「あ、もう着いたみたい!」
「どうせならお茶でも出そうか?」
折角だし、と笑うと山本の表情はいつもよりさらに明るいものになる。
「いいの?」
「もちろん。今日は業務も落ち着いてるしね」
じゃあ、ちょっと下まで迎えにいってきます!なんで小走りで玄関を出た山本の背中をぼんやりと見つめる。
「…で、福良さんはなんでそんな浮かない顔なの」
「須貝さん、こういう時は勘が冴えてるよね」
「こういう時って」
ふざけてむっとした顔をする須貝さんと目が合い、小さく笑う。紅茶の支度ついでに、相談まがいなことでもしてしまおうかとキッチンに向かった時、玄関が開く音がした。
「…お邪魔します」
柔らかく落ち着いた声。蟠りを掻き消すように他所行きの顔を作り玄関の方へ向かう。
「青ちゃん、どうぞどうぞ!」
「ちょ、祥彰引っ張んないで」
透き通るような白い肌と、三日月の様な緩い弧を描く眼差しに、思わず息が止まる。
「福良さん!紹介するね。彼女の青ちゃん」
俺の眼下、あられもない姿で喘ぐ彼女と同じ顔、けれど違う名前で呼ばれた女性が目の前で笑う。
「…福良、さん」
「…」
「可愛いでしょ~?」
すっかり失った他所行きの顔。そんな俺とは対照的に、あの日より幾分かあどけない雰囲気を纏った彼女は、少し間をおいてから小さく笑った。
「…初めまして」
俺の胸を射抜くような、冷たい眼差しで。
# 夜明けまでのプロローグ
(快楽という名の非現実が、何気ない日常を染めるまで)