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「この人、私の彼氏」
俺の隣に並ぶ垂れ目の美女。
その綺麗なネイルの施された人差し指が向けられたのは、間違いなくこちらで。
放たれた言葉の矛先も、おそらく。
「えー、こんな冴えないメガネ?」
「うん、頭いい人が好きだから」
「俺たちの方が楽しいって」
「は〜めんどくさ!行こ」
まるで息をするかのように、その白いノースリーブから伸びた細い腕が俺の腕をとらえる。
か細い腕は、夏の日差しに火照る体を沈めるような冷たさを帯びていて、思わず心の内側が揺れる。
「じゃあね〜、一生サヨナラ!」
そんな俺のことなんてお構いなく、声を掛けてきたらしい男に綿よりも軽い今生の別れの挨拶を告げ、ひらひらとその細い指を揺らす彼女。
呆気にとられる俺の方を向いた垂れ目は、ゆったりと柔らかな弧を描いた。
ー
「すいませんねえ、お兄さん」
「や、いいんですけど…」
あれよあれよという間に連れてこられたのは雑居ビル中二階の奥まったカフェだった。
本当はバーなんだけど、店長がコーヒー好きでね、最近お昼も空いてるの。なんて軽く店の紹介をされたあとの一言だった。
「えーと、まず、そうだな…」
「そうだね、いろんなとこ聞かなきゃだもんねえ」
両手で頬杖をついてこちらを見る彼女は、まるでなんてこともないという感じで、だけど少し楽しそうな表情のまま、店長らしき男にアイスコーヒーを2つ注文した。
一枚板のカウンターに横並びで座り、店内を見渡す。
俺たちが腰掛ける8席程度のカウンターと、小さなボックス席2つ。シンプルで、窓もなくて、まるで知らない世界に迷い込んだような、不思議で、厄介で、けれど…少し浮ついた気分だったことは否めない。
「あ、謝罪と一緒に感謝もしなきゃだ」
俺をどんどんと置いてけぼりにする彼女に、なんだか心地よさすら覚えながら、その横顔を見た。
「ありがと、お兄さんのおかげで助かった。」
「はあ、どうも」
「あれ、青ちゃん。逆ナン?」
店長、と呼ばれた男が俺と彼女の前にコーヒーを置いて笑いかけた。
「ちがうよお、ナンパされて面倒だったから、彼氏役してもらったの」
「なるほど、見たところ彼の同意なく演じさせて連れてきた感じね」
「店長さんは察しがいいんですね」
「青ちゃんのことだから」
シロップとミルクは?という問いに小さく首を振り、もう一度彼女を見る。
緩く波打つロングヘアと、大きい瞳に垂れた目尻。そして、ダメ押しと言わんばかりの泣き黒子が一つ。
なるほど、俗にいう「小悪魔」的な、ね。
「青さん、ですね。」
「そう、お兄さんは?」
「えーとー、福良…です」
「福良くんかあ、よろしく。」
まるで自分が巻き込んだことなんて気にもかけないような挨拶に、いよいよ俺も笑ってしまった。
「あれ?変なこと言った?」
「うーん、全部が変でどうでもよくなってきちゃったな、と」
「ならよかった」
「ほんと、僕はなにしてんだろうなーって」
「あはは、ごめんってば」
俺は目の前の、テイクアウトカップに入れられたコーヒーを一口含んで、彼女をもう一度見つめた。
「じゃあ、一応確認なんですけど」
「なに?」
「さっきの、…僕の彼氏役って、まだ続いてます?」
今まで余裕を浮かべていた彼女の瞳に、違う色が差す。
俺は、意識して柔らかい笑みを崩さないようにして、彼女の目を見つめる。
「…続いてんじゃない?」
「なるほど?」
カウンターの下、彼女の膝にそっと左手を置き、小さく滑らして、何もなかったように自分の膝の上に戻す。
「やー、…誤算だわあ」
「なにがですか?」
彼女は至極嬉しそうに、その小さな鞄からこれまた小さな財布を取り出し、1000円札を2枚、カウンターに置いた。
「店長、お会計で!」
「あれま?どういう風の吹き回し?」
「デート、楽しんでこようかなと思って」
ほら、と彼女に促されて俺も立ち上がる。
「お釣り出すから待ちなって」
「じゃあそれで夜のリザーブしといて」
「長いこと付き合わせたら福良くんが可哀想だよ〜?」
「いいのいいの」
右手にアイスコーヒーを持ち、跳ねるように椅子から降りた彼女は、もう一度俺の腕に、その細く冷たい腕を絡める。
「嬉しい誤算があったから」
ね?と首を傾げて俺を見上げる彼女は、本当に「小悪魔」のそれで。
いやはや、人生はやっぱり面白いな、なんて柄にもないことを思って、俺はもう一度、努めて柔らかく笑った。
# 嬉しい誤算
(さて、一枚上手はどっちかな?)