sgi
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「海だ」
「だな」
淡い色のワンピースが風に靡く、誰もいない海辺。
全室スイートオーシャンビューのホテルは、平日だとびっくりするぐらい安くて、宿泊客も、近くの海にも、びっくりするぐらい誰もいなかった。
「にしても、須貝も本当にへんなやつだね」
「なによ急に」
吹き上げる海風で揺れる髪を抑え、私の後ろを歩く彼の方を振り返る。
明るく染められた彼の髪が強い風に弄ばれるたびに、ほんの少し顔をしかめる彼。
らしくないその表情に小さく吹き出すと、須貝は不服そうな顔をしてため息をついた。
「あのね、人のこと変なやつだとか顔見て笑ったりするのは失礼なのよ」
「わかってるよ、須貝だからじゃん」
「も〜、青。そういうとこ」
彼は、長い足をほんの少し大きめに投げ出せば、すぐ私の隣に並ぶもんだからちょっと悔しい。そんな気持ちのまま睨むように見上げると、何故かいつもの笑顔がそこにあって、百面相のような彼につられるよう笑った。
「で、俺のなにが変なの。」
言ってみなさい。そう言って私の頬を軽くつねる手を払う。
「だって、友達と来ないでしょ。こんなところ」
そう告げると、困ったような、してやったような、やっぱりちょっと変な顔をした後、須貝はもう一度白い歯を見せて笑った。
ずっと前から気になっていた、ほんの少し高いホテル。
何の気なしに予約サイトを覗くと、平日だったら驚くほど安いということに気づいてしまって、仕事も閑散期の今なら…そう思ったものの、当たり前のようにツインルームしかないそこ。別に一人で来たってどうってことないのだけれど、不意に平日でも予定の融通が利きそうな須貝の顔が思い浮かんでしまって。
「でも、お前も変だよ」
「なにが」
「好きでもない男を呼ぶな、こんなところに」
「あはは、来る方も来る方」
チェックインでは、併設された式場の見学まで勧められてしまったことを思い出して小さく吹き出すと、彼も同じタイミングで笑う。
「思い出した?」
「青も?」
「ふふ、うん」
「式場見学、お互いしとけばよかったかね」
「あはは、須貝は興味ありげだったもんね」
「そりゃあな」
「はあ、ほんと面白かったなアレは」
微かな蟠りと冗談を飛ばして、彼の向こう側に目をやる。
みて、短くそう言って夕日が水平線に溶けていくのを指差せば、私のワンピースの裾が風に舞うのと同時に、彼は海の方を向いた。
「おわ、すげー。綺麗な。」
9月の末だというのに、日差しは夏のそれによく似ていて。
夏の名残の色をした夕日が彼の顔を正面から照らす様は、まるで何かの終わりを告げるようで、それを、終わらせたくないなどと思ってしまって。
「ねえ、須貝」
「もー、今度は何よ」
軽口を叩かれる準備万端の須貝の顔をみて、小さく笑う。
小さく笑うたび、胸が痛むのは、どうしてか。
「…手、繋いでいい?」
冗談めいて、けれど、どこか必死さを隠しきれない声に思わず自分で苦笑いを浮かべてから、ゆっくりと須貝の手の甲に触れる。暖かい、というよりは強い熱を帯びたようなそれに、安堵と微かな緊張を覚えた。
風が止む、ほんの数秒の凪。
けれど、まるで小さい子とはぐれないようにするみたいに、強く、優しく、包み込むように、彼の大きな掌が私の掌を捕まえた。
「…次はお互い、誰と来んだろうね」
いつもを装う、けれど、いつもよりほんの少し低い声が降る。
ふと繋がれた手に目をやると、彼の大きな親指が私の手の甲を柔らかくなぞっていて。
「案外、また一緒だったりね」
「どうだか」
夕日は半分以上海に沈み、溶け出したオレンジが水面を染める。
「ホテル、戻るか。」
短い彼の声に小さく頷く。
このままホテルに戻って、軽く夕食を食べて、お酒を飲んで、他愛ない話をして、別々のベッドで眠りについて、チェックアウトをして、それぞれの日常に帰るのだ。
「須貝」
「何」
「…なんでもない」
彼の胸元で揺れるリングと、私の左手の薬指の指輪が同じ橙に光る。今ならば、みんな私たちが恋人だと勘違いするはずなのに、誰もいない海辺がほんの少し残念で、ほんの少しほっとして。
今日が未来で一番美しい過去になりません様に、なんて柄にもないことを思ってから、私はもう一度その手を強く握った。
# きっとまた思い出す
(キスよりも淡くて、愛よりも厄介な思い出が、一つ。)