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「さて、そろそろお開きにしますか。」
どこぞの偉い人の一声で、騒がしい雰囲気ががらりと変わる。
今日はとあるテレビ局主催の大規模なパーティに参加していた。
最近人気の読者モデルやアイドルやyoutuberまで、錚々たる面子が来るということで、女性も男性も色めき立っているように見える。ミーハーな奴らだ!
…かくいう私もこんな大きなパーティには久しぶりの参加である、…なになに?いや、スケジュールの関係ですよ。偶然です。
(にしても、伊沢くん、やっぱりかっこよかったな〜)
私は元々スタイリストとしてこの業界に入ったんだけど、最近はいろんなご縁があってモデル業も始めた、いわゆるタレント的な立場で。
メディア露出も増えてきた最近、こういった会に呼ばれることもぐんと増えた。
局のお偉いさんの締めの挨拶を終えて、私たちはぞろぞろとパーティ会場を後にする。
基本的にこういう時は序列通り、社長やら取締役やらスポンサー関係のお偉いさんを見送ってからタレントなんかを見送り…スタッフさんはそれらを大方済ませてからの解散。
私はモデル兼スタイリストという微妙な立場に困って、とりあえず最後まで会場にいようかな、なんて思っていた。
QuizKnockのみんな…特に伊沢くんは予想通り大人気で、いろいろな女の子アイドルやモデルさんがひっきりなしに彼らの元に向かっていた。
私はあの雰囲気に気圧されてしまって遠くから見ているだけで、ちょっと後悔。
(伊沢くんと、喋ってみたかったな)
いろんな魅力を持つ彼にすっかり魅了されていて、そんな欲が出ていたところだったけれど今日はあえなく失敗。
…にしても、今日は参加者が多かったから大変だな。
大きめの会場を貸し切っているとはいえ、駐車場に向かう彼ら彼女らと
それを見送るマネージャーやスタッフが行ったり来たり。
それなりに長いことスタイリストをやっているとどの人も大抵顔見知りで、
私はすれ違うたびに軽い会釈を交わしていた。
その時、とん、と肩と肩がぶつかるのを感じて振り返ると、そこには目深にフードを被った男の子が一人。
「あ、すみませ…!」
顔がよく見えず、頭を下げるついでに下から覗き込もうとした時だった。
「!、あの、こっちに!」
くん、と腕を引かれる私。
「え、な、な!?すみませ…!?」
私の問いかける声も虚しく、返事もないまま彼に手を引かれるままだった。
「…あの、すいません。どうしました?」
小走りを終えたのは入り組んだ廊下の突き当たり、社員通用口の前だった。
筋肉質な腕、あまり背は高くないけれどそれなりのブランド物の服を着ていて…スポーティな出で立ち。ラフだけれど、おそらくスタッフではないその身なり。
…けれど
(いかんせん、顔が見えない)
顔を覗き込もうか迷っていると、彼はキョロキョロと辺りを見渡したあと、ほっとした様子で胸をなで下ろしてから、ゆっくりとフードを外し、白い歯を見せて笑った。
「突然すみません。ちょっとあの場から抜け出したくて…」
丁寧に脱帽して頭を下げた男の子と、やっと目があった。
「い、いざ…伊沢、拓司…くん?」
「あ、ハイ。」
思わずフルネームを呼ぶと、彼ははにかむように微笑んで、軽く首を傾げた。
「え、いやいやいや…?人気者がこんなところで、なにを…?バン乗らないと…?」
「いや、ちょっと…それが…」
あまりに突然の出来事に、ろくに言葉を繋げない私。
それでも、伊沢くんはほんの少し困ったように笑って、事の次第を説明してくれた。
ー
「な、なるほど」
「はい…うちの社員とメンバーには連絡済みです。」
聞くところによると、お酒の力でそこそこいい感じに仕上がってしまった山本くんと渡辺くん、そして近くにいた女の子アイドルたちが意気投合してしまったらしく、この後みんなで飲みに行く話が上がったらしい。
その女の子たちは悪評高いことで有名なこともあり、どうしてもそれに参加したい気分ではなかった伊沢くんは、なんとか巻こうと廊下を行き来していたところ、その女の子アイドルに見つけられて追いかけられていた、と。
「でも、それ私を引っ張る理由なくないですか?」
「いや、それはですね「みーっけた!」
甘い声の方を向くと、ほんの少し顔を赤らめた綺麗な女の子が1人。
「わ」
伊沢くんは私にギリギリ聞こえる程度に嫌そうな声を出して。
イメージとは違うその表情に驚いて伊沢くんを見ると、あからさまに「しまった」という顔をするので不覚にも笑ってしまった。
「ねーえ、たくしぃ。ノリ悪いよお?みんなで行こうよ!」
…伊沢くんが廊下で逃げ惑っていたのはもう15分近く前のことになる。
会場の静けさからおそらくもうみんな二軒目へ向かっていて、彼女が伊沢くんを連れてくるからと会場に残ったか、
(…理由つけて2人っきりで飲みたいか、のどっちか)
とろんと蕩けた瞳と、無駄に開いた胸元を見る辺り、おそらく後者なんだろうけど。
なんて思っていると、伊沢くんははあ、とちいさなため息をついた。
「すみません、俺今からこの人と飲み行くんで。」
伊沢くんは涼しい表情のまま、く、と私の腰をだきよせて、笑う。
なるほどそれはこの役が必要だ、と思いながらも私の鼓動は正直に高鳴る。
「えー、そんな冴えない女と飲むの?私たちとの方が楽しいよ?」
「…そういう失礼な女性は嫌いです。」
ぴしゃり、そばにいる私も思わずどきりとするほど冷たい声で伊沢くんがそう言い放つと、彼女は少し言い淀んで。
「…ごめんなさーい、でも、今日だけでも私たちと飲もうよ?ね?」
それでも諦めない様子で、おぼつかない足取りのまま私たちの方に歩みを進める彼女、
彼女が私たちに近づくより早く、伊沢くんは私の耳元に唇をよせて「ごめん」と小さく囁いた。
「な…?、!」
その瞬間、唇スレスレのところに伊沢くんの顔が寄せられて。
思わずフリーズした私の脳がゆっくりとその機能を取り戻す。どうやら、頭の角度をうまいこと合わせてキスをしているように見せているらしい。
目はまん丸に見開いたまま、口を真一文字に結んで固まる私とは違って、
余裕な笑みを口元にたたえる伊沢くん。
(ああ神様。早く終わってくれないと、心臓がもたない!)
「…なーんだ、そういう地味な女が好み?悪趣味。こっちから願い下げ。」
先ほどの甘い声色から一転して、冷たくそう言い放った女の子。
それを聴き終わるや否や、伊沢くんは私からゆっくりと離れた。
「…そりゃどうも」
それ以上に冷たい視線と声色でそう答えた伊沢くん。
彼女はまたも少しひるんだ表情をして、一瞬私をにらんだ後しっかりとした足取りで踵を返した。
彼女のヒールの足音が完全に聞こえなくなるまで、私は驚いた顔で伊沢くんを見上げたままだった。
「お、恐ろし…」
やっと落ち着いて、彼女が来た廊下をぼんやりと見つめてポロリと声が出た。
伊沢くんは状況が落ち着くや否や、私の腰に回した手を外して、すぐに携帯を取り出して誰かに連絡をしだした。
「…もしもし?福良さん?今俺は巻いたから。噂通り厄介だね。」
私の方をちらとみて、困ったような顔で頭を下げる。どうやらメンバーに連絡をしているらしい。
「タクシーで後追えてる?…はあ、よかった。じゃあ店把握したら他のメンバーに伝えといて、…山本はしっかりしてるけどこうちゃんが結構飲まされてて。ちょっと監視しとかないとまずいかも。…俺?とりあえずは離脱できたけど人巻き込んじゃったからお詫びしてからオフィス帰るわ。状況は逐一報告するから大丈夫。じゃ、また」
サクサクと話を進めて、彼はすっと携帯を切った。
「…というわけ。ごめんなさい、青さん」
「あ、な、名前。ご存知で…」
「もちろんです!雑誌やテレビでよくお見かけしてますよ。」
「あ、ええ、恐れ多い…」
まっすぐに瞳を捉えられる。
すると先ほどの寄せられた唇と、妖艶な瞳がフラッシュバックしそうになって、頭を軽く横に振る。
「…さっきの、ほんっとにすみません。」
私の妙な反応を見た察しのいい伊沢くんは、少し困ったように笑ってから、頬を掻いた。
「あ、いえ、私の耐性のなさというか…」
しばらくの沈黙。
遠くでまだ微かに足音がするあたり、会場が閉められるのはもう少し後だろう。
けれど、話を変えようも何もない廊下の突き当たり。慌てて頭をフル回転するも、ろくな言葉も思いつかなくて。
「あ、あの、伊沢くん、…お会いしてみたい人だったから、こんな…急展開にびっくりで…」
「え、あ、はは…」
案の定ロクな話題も出てこず、良しとも悪しとも取れる発言をしてしまい思わず苦笑い。
ちらと彼の方を見るとちょっと気まずそうな表情。
「あの、えっと…わ、悪い意味ではなくて」
「あーと、いや、俺も、実は〜」
彼はそう言いながら、少し長い前髪をさらりと流す。
「雑誌とか、テレビとかで見ていて…ずっと、綺麗な人だな、と思ってて…」
照れたように目を細める伊沢くん。
「パーティ中、お話ししたかったんですけどなかなか席から動けなくて。最後の最後、あの子を巻いてる時にぶつかって振り返ったのが青さんだったから、つい、そのまま、引っ張ってきちゃって…」
そのあとに続く言葉もなく、伊沢くんは誤魔化すように頭を下げた。
「それは、」
「…はい」
「素直に、喜んでも、いいやつですか?」
この急展開についていけず、この恥ずかしさを隠すよう、まだ半信半疑である心中を素直に問いかけた。
…多分私の顔は真っ赤だ。それでも恐る恐る伊沢くんの顔を見上げると、彼の耳もほんの少し赤く染まっていて。
「…わかりました、証明します。今からお時間ありますか?」
「え、まあ…はい…?」
すると彼は、携帯をもう一度取り出し、スピーカーフォンの状態で何処かに電話をした。
「もしもし、福良さん?」
『ハイハイ、どうしたの?こっちは店も特定できたし、すぐ車出せる子にも連絡済み。河村とタクシーで会社戻るけど伊沢は?』
「…さっき言ってた巻き込んだ人、青さんなんだけど、軽く飲んで行ってきてもいい?」
『え?!ちょっと、絶対わざと青さん巻き込んだでしょ?』
『うわ〜策士、ヤなやつ、色男。』
福良さんの声の向こう側、どこか嬉しそうな河村さんの声も聞こえてきて思わず吹き出す私と、バツの悪そうな顔をした伊沢くん。
けれど、電話越しからでもわかる福良さんと河村さんの明るい声色と、伊沢くんが私の話をするのが初めてじゃない口ぶりにほんの少し狼狽える。
伊沢くんも想像以上に煽られて、耳をさらに赤く染めているようだった。
「…1-2時間で戻るから、お願い。他の面子には適当に言っておいて!」
『まあ、伊沢が憧れの女性と飲みに行けるんだ。協力しますよ。』
「う〜ムカつくけどありがとう二人とも〜」
『長いこと好きだって言ってたもんね。粗相のないように、連絡先ぐらいゲットしてきてね〜』
ははは、と福良さんと河村さんの笑い声で終わった通話。その瞬間私をみた伊沢くん。
ちょっぴり恥ずかしそうな表情で、「…信じてくれましたか?」なんて言われたら何も言い返せなくて。
私も照れを隠すように小さくうなづくと、伊沢くんはちょっと驚いた後、右手を私に差し伸べて
「じゃあ、改めて。俺と一杯だけ、ご一緒してくれませんか?」
なんて、優しい瞳で紡ぐ姿は王子様のようで。
これからのストーリーに期待しないで過ごせと言う方が罪なぐらい、甘い2人の始まりを予感する夜。
私はその手を重ねた後、伊沢くんと見つめあって、照れたように笑った。
# ドラマティックを乾杯しよう
(…今、私心の中でガッツポーズしてます)
(ふふ、俺は踊り狂ってますよ)
どこぞの偉い人の一声で、騒がしい雰囲気ががらりと変わる。
今日はとあるテレビ局主催の大規模なパーティに参加していた。
最近人気の読者モデルやアイドルやyoutuberまで、錚々たる面子が来るということで、女性も男性も色めき立っているように見える。ミーハーな奴らだ!
…かくいう私もこんな大きなパーティには久しぶりの参加である、…なになに?いや、スケジュールの関係ですよ。偶然です。
(にしても、伊沢くん、やっぱりかっこよかったな〜)
私は元々スタイリストとしてこの業界に入ったんだけど、最近はいろんなご縁があってモデル業も始めた、いわゆるタレント的な立場で。
メディア露出も増えてきた最近、こういった会に呼ばれることもぐんと増えた。
局のお偉いさんの締めの挨拶を終えて、私たちはぞろぞろとパーティ会場を後にする。
基本的にこういう時は序列通り、社長やら取締役やらスポンサー関係のお偉いさんを見送ってからタレントなんかを見送り…スタッフさんはそれらを大方済ませてからの解散。
私はモデル兼スタイリストという微妙な立場に困って、とりあえず最後まで会場にいようかな、なんて思っていた。
QuizKnockのみんな…特に伊沢くんは予想通り大人気で、いろいろな女の子アイドルやモデルさんがひっきりなしに彼らの元に向かっていた。
私はあの雰囲気に気圧されてしまって遠くから見ているだけで、ちょっと後悔。
(伊沢くんと、喋ってみたかったな)
いろんな魅力を持つ彼にすっかり魅了されていて、そんな欲が出ていたところだったけれど今日はあえなく失敗。
…にしても、今日は参加者が多かったから大変だな。
大きめの会場を貸し切っているとはいえ、駐車場に向かう彼ら彼女らと
それを見送るマネージャーやスタッフが行ったり来たり。
それなりに長いことスタイリストをやっているとどの人も大抵顔見知りで、
私はすれ違うたびに軽い会釈を交わしていた。
その時、とん、と肩と肩がぶつかるのを感じて振り返ると、そこには目深にフードを被った男の子が一人。
「あ、すみませ…!」
顔がよく見えず、頭を下げるついでに下から覗き込もうとした時だった。
「!、あの、こっちに!」
くん、と腕を引かれる私。
「え、な、な!?すみませ…!?」
私の問いかける声も虚しく、返事もないまま彼に手を引かれるままだった。
「…あの、すいません。どうしました?」
小走りを終えたのは入り組んだ廊下の突き当たり、社員通用口の前だった。
筋肉質な腕、あまり背は高くないけれどそれなりのブランド物の服を着ていて…スポーティな出で立ち。ラフだけれど、おそらくスタッフではないその身なり。
…けれど
(いかんせん、顔が見えない)
顔を覗き込もうか迷っていると、彼はキョロキョロと辺りを見渡したあと、ほっとした様子で胸をなで下ろしてから、ゆっくりとフードを外し、白い歯を見せて笑った。
「突然すみません。ちょっとあの場から抜け出したくて…」
丁寧に脱帽して頭を下げた男の子と、やっと目があった。
「い、いざ…伊沢、拓司…くん?」
「あ、ハイ。」
思わずフルネームを呼ぶと、彼ははにかむように微笑んで、軽く首を傾げた。
「え、いやいやいや…?人気者がこんなところで、なにを…?バン乗らないと…?」
「いや、ちょっと…それが…」
あまりに突然の出来事に、ろくに言葉を繋げない私。
それでも、伊沢くんはほんの少し困ったように笑って、事の次第を説明してくれた。
ー
「な、なるほど」
「はい…うちの社員とメンバーには連絡済みです。」
聞くところによると、お酒の力でそこそこいい感じに仕上がってしまった山本くんと渡辺くん、そして近くにいた女の子アイドルたちが意気投合してしまったらしく、この後みんなで飲みに行く話が上がったらしい。
その女の子たちは悪評高いことで有名なこともあり、どうしてもそれに参加したい気分ではなかった伊沢くんは、なんとか巻こうと廊下を行き来していたところ、その女の子アイドルに見つけられて追いかけられていた、と。
「でも、それ私を引っ張る理由なくないですか?」
「いや、それはですね「みーっけた!」
甘い声の方を向くと、ほんの少し顔を赤らめた綺麗な女の子が1人。
「わ」
伊沢くんは私にギリギリ聞こえる程度に嫌そうな声を出して。
イメージとは違うその表情に驚いて伊沢くんを見ると、あからさまに「しまった」という顔をするので不覚にも笑ってしまった。
「ねーえ、たくしぃ。ノリ悪いよお?みんなで行こうよ!」
…伊沢くんが廊下で逃げ惑っていたのはもう15分近く前のことになる。
会場の静けさからおそらくもうみんな二軒目へ向かっていて、彼女が伊沢くんを連れてくるからと会場に残ったか、
(…理由つけて2人っきりで飲みたいか、のどっちか)
とろんと蕩けた瞳と、無駄に開いた胸元を見る辺り、おそらく後者なんだろうけど。
なんて思っていると、伊沢くんははあ、とちいさなため息をついた。
「すみません、俺今からこの人と飲み行くんで。」
伊沢くんは涼しい表情のまま、く、と私の腰をだきよせて、笑う。
なるほどそれはこの役が必要だ、と思いながらも私の鼓動は正直に高鳴る。
「えー、そんな冴えない女と飲むの?私たちとの方が楽しいよ?」
「…そういう失礼な女性は嫌いです。」
ぴしゃり、そばにいる私も思わずどきりとするほど冷たい声で伊沢くんがそう言い放つと、彼女は少し言い淀んで。
「…ごめんなさーい、でも、今日だけでも私たちと飲もうよ?ね?」
それでも諦めない様子で、おぼつかない足取りのまま私たちの方に歩みを進める彼女、
彼女が私たちに近づくより早く、伊沢くんは私の耳元に唇をよせて「ごめん」と小さく囁いた。
「な…?、!」
その瞬間、唇スレスレのところに伊沢くんの顔が寄せられて。
思わずフリーズした私の脳がゆっくりとその機能を取り戻す。どうやら、頭の角度をうまいこと合わせてキスをしているように見せているらしい。
目はまん丸に見開いたまま、口を真一文字に結んで固まる私とは違って、
余裕な笑みを口元にたたえる伊沢くん。
(ああ神様。早く終わってくれないと、心臓がもたない!)
「…なーんだ、そういう地味な女が好み?悪趣味。こっちから願い下げ。」
先ほどの甘い声色から一転して、冷たくそう言い放った女の子。
それを聴き終わるや否や、伊沢くんは私からゆっくりと離れた。
「…そりゃどうも」
それ以上に冷たい視線と声色でそう答えた伊沢くん。
彼女はまたも少しひるんだ表情をして、一瞬私をにらんだ後しっかりとした足取りで踵を返した。
彼女のヒールの足音が完全に聞こえなくなるまで、私は驚いた顔で伊沢くんを見上げたままだった。
「お、恐ろし…」
やっと落ち着いて、彼女が来た廊下をぼんやりと見つめてポロリと声が出た。
伊沢くんは状況が落ち着くや否や、私の腰に回した手を外して、すぐに携帯を取り出して誰かに連絡をしだした。
「…もしもし?福良さん?今俺は巻いたから。噂通り厄介だね。」
私の方をちらとみて、困ったような顔で頭を下げる。どうやらメンバーに連絡をしているらしい。
「タクシーで後追えてる?…はあ、よかった。じゃあ店把握したら他のメンバーに伝えといて、…山本はしっかりしてるけどこうちゃんが結構飲まされてて。ちょっと監視しとかないとまずいかも。…俺?とりあえずは離脱できたけど人巻き込んじゃったからお詫びしてからオフィス帰るわ。状況は逐一報告するから大丈夫。じゃ、また」
サクサクと話を進めて、彼はすっと携帯を切った。
「…というわけ。ごめんなさい、青さん」
「あ、な、名前。ご存知で…」
「もちろんです!雑誌やテレビでよくお見かけしてますよ。」
「あ、ええ、恐れ多い…」
まっすぐに瞳を捉えられる。
すると先ほどの寄せられた唇と、妖艶な瞳がフラッシュバックしそうになって、頭を軽く横に振る。
「…さっきの、ほんっとにすみません。」
私の妙な反応を見た察しのいい伊沢くんは、少し困ったように笑ってから、頬を掻いた。
「あ、いえ、私の耐性のなさというか…」
しばらくの沈黙。
遠くでまだ微かに足音がするあたり、会場が閉められるのはもう少し後だろう。
けれど、話を変えようも何もない廊下の突き当たり。慌てて頭をフル回転するも、ろくな言葉も思いつかなくて。
「あ、あの、伊沢くん、…お会いしてみたい人だったから、こんな…急展開にびっくりで…」
「え、あ、はは…」
案の定ロクな話題も出てこず、良しとも悪しとも取れる発言をしてしまい思わず苦笑い。
ちらと彼の方を見るとちょっと気まずそうな表情。
「あの、えっと…わ、悪い意味ではなくて」
「あーと、いや、俺も、実は〜」
彼はそう言いながら、少し長い前髪をさらりと流す。
「雑誌とか、テレビとかで見ていて…ずっと、綺麗な人だな、と思ってて…」
照れたように目を細める伊沢くん。
「パーティ中、お話ししたかったんですけどなかなか席から動けなくて。最後の最後、あの子を巻いてる時にぶつかって振り返ったのが青さんだったから、つい、そのまま、引っ張ってきちゃって…」
そのあとに続く言葉もなく、伊沢くんは誤魔化すように頭を下げた。
「それは、」
「…はい」
「素直に、喜んでも、いいやつですか?」
この急展開についていけず、この恥ずかしさを隠すよう、まだ半信半疑である心中を素直に問いかけた。
…多分私の顔は真っ赤だ。それでも恐る恐る伊沢くんの顔を見上げると、彼の耳もほんの少し赤く染まっていて。
「…わかりました、証明します。今からお時間ありますか?」
「え、まあ…はい…?」
すると彼は、携帯をもう一度取り出し、スピーカーフォンの状態で何処かに電話をした。
「もしもし、福良さん?」
『ハイハイ、どうしたの?こっちは店も特定できたし、すぐ車出せる子にも連絡済み。河村とタクシーで会社戻るけど伊沢は?』
「…さっき言ってた巻き込んだ人、青さんなんだけど、軽く飲んで行ってきてもいい?」
『え?!ちょっと、絶対わざと青さん巻き込んだでしょ?』
『うわ〜策士、ヤなやつ、色男。』
福良さんの声の向こう側、どこか嬉しそうな河村さんの声も聞こえてきて思わず吹き出す私と、バツの悪そうな顔をした伊沢くん。
けれど、電話越しからでもわかる福良さんと河村さんの明るい声色と、伊沢くんが私の話をするのが初めてじゃない口ぶりにほんの少し狼狽える。
伊沢くんも想像以上に煽られて、耳をさらに赤く染めているようだった。
「…1-2時間で戻るから、お願い。他の面子には適当に言っておいて!」
『まあ、伊沢が憧れの女性と飲みに行けるんだ。協力しますよ。』
「う〜ムカつくけどありがとう二人とも〜」
『長いこと好きだって言ってたもんね。粗相のないように、連絡先ぐらいゲットしてきてね〜』
ははは、と福良さんと河村さんの笑い声で終わった通話。その瞬間私をみた伊沢くん。
ちょっぴり恥ずかしそうな表情で、「…信じてくれましたか?」なんて言われたら何も言い返せなくて。
私も照れを隠すように小さくうなづくと、伊沢くんはちょっと驚いた後、右手を私に差し伸べて
「じゃあ、改めて。俺と一杯だけ、ご一緒してくれませんか?」
なんて、優しい瞳で紡ぐ姿は王子様のようで。
これからのストーリーに期待しないで過ごせと言う方が罪なぐらい、甘い2人の始まりを予感する夜。
私はその手を重ねた後、伊沢くんと見つめあって、照れたように笑った。
# ドラマティックを乾杯しよう
(…今、私心の中でガッツポーズしてます)
(ふふ、俺は踊り狂ってますよ)