sgi
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『こえ、ききたくなって』
そんな甘いささやきは、不意に訪れた。
風の音と彼の足音まで拾いつつも、電子を通した音質になるスマートフォン。不自然なほどにクリアなその声に変な気持ちになるのは、実際に聞くそれよりもどこか落ち着いて聞こえるから、だろうか。
「なにそれ」
『なにそれ、って。可愛くないねアナタは』
あ、いつもの須貝くんだ。と茶化すと、がはは、と彼らしい笑い声が聞こえて思わず目を閉じる。そうすればまぶたの裏に大きな口を開けて笑う彼の顔がハッキリと浮かぶんだから、本当に彼の表情一つ一つが持つパワーは凄い物だ。
けれど、実際に顔を合わせたのは、いつが最後だろうか。
社会人の私と院生の彼。住む場所も言うほど遠くはないが、不特定多数の人と触れ合うことの多い私の仕事柄、なんとなく会うのを控えていたら世の中はどんどんと自粛のムード一色になってしまって。
会いたい、と言えばきっと彼はやってくるんだろうけれど…やっぱり自分からは言い出しづらいもので。
もちろん、それなりに長い付き合いの彼とこんなことで仲違いしてしまうとか、そういった悪い予感や不安などは微塵も感じない。が、やはり単純に寂しさが募る。おそらくそんな私の心までも見透かしているのだろう。まるで何でもないように突然電話してくる彼に対してむしろ好きは増す一方だ。
「珍しいね、須貝くんから電話」
『ていうか電話なんて滅多にしなかったもんなー』
よく会ってたし。という彼の声が足音に合わせて小気味よく揺れる。どこをほっつき歩いてるんだか。
『ね、青ちゃん』
「なに?」
『いまね、夜風がめっちゃきもちいいの、ベランダ出てみ?』
「ほんと?」
ベッドに腰かけたまま窓の外を見る。雨続きの日々にすっかり慣れていた私は、最近夜の空の表情なんて気にしていなかったことに気づく。
徐に立ち上がりレースカーテンを開くと、彼のいう通り確かに珍しく月がくっきりと見える夜だった。
ベランダの窓を開けて、4階から街を見下ろす。
「…なーんだ」
『あら、なんかあったの?』
「ううん、」
須貝くんが、いるのかと思った。何の気なしにそう溢すと、3秒の沈黙の後、思い切り吹き出す彼の声。
『んなわけ、ロミジュリじゃないんだから』
意外と可愛いこと言うのね。と言われて、顔も見えないのに思わず頬を膨らます。須貝くんに意地悪を言われたときについしてしまう、癖のようなものだ。
そのままベランダに手を掛けて夜風を受ける、確かに過ごしやすい夜かもしれない。
『俺はさあ、』
無意識の沈黙の帳を緩やかに開く須貝くんの声、思わず左手に持ったスマートフォンをぎゅっと耳に寄せる。
『見つめるだけじゃ、物たんなくなっちゃうタイプなので、ね』
ああ、絶対須貝くんは今日一番の優しい顔をしてるんだろう。冗談めいた声に滲む甘さに心が溶けるのを感じて、私は電話越しの彼には伝わらないように、唇だけで微笑んだ。
「ほーんと、お上手だね」
『こらこら、こういうときは可愛い反応しないと』
2人の笑い声が響く夜、いつもとは違うこんな日々も、彼がいるなら悪くないけれど…やっぱりまぶたの裏だけじゃなく、この瞳に彼を映して愛を伝えたいな、なんて柄にもないことを思う。
『まあでも、そういう青ちゃんも好きだからしょーがないな』
「須貝くんは優しいねえ」
『青ちゃんにだけね?』
「ほんとかなあ?」
『ほんとほんと、ベランダじゃなくて…玄関開けてみ?』
# スリーコール鳴らして
(ほん、と。大好き)
(んはは!…俺も。)