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乾いた金属音が聞こえる。見ていないけれどナイスホームランかな、ナイスヒットかな。下敷きで生ぬるい風を自分に送りながら、ゆっくりとした動作で窓の外を眺める。あら、スリーランヒット。おめでとう。にしてもこのクソ暑い中でも楽しそうに野球やらサッカーやらをやっているやつらの気が知れないな。
「日誌かけたあ?」
私の向かい、逆向きに座ってスマホをいじる麻里奈から気だるげな声が降る。
「まだあ」
「んもー、青おそい」
「先マック行ってていいよ、追いかけるわ」
「わかった、夏菜と先にフルーリー食べとくわ」
「おっし、秒で行く」
「あはは、食い意地…あ、てか本当に書いてんじゃん」
「そ、麻里奈がくれた豆知識、披露しといた」
「はは、先生にウケるといいね」
そんな会話を交わして、半分真っ白の日誌に目を落とす。じゃ後で、という短い挨拶を残して彼女の軽やかな足音が遠ざかり、教室の扉が閉まる音がした。
夏、一人きりの教室。
「あっつ…」
相変わらず左手に持った下敷きで仰げども仰げども涼しさを感じる気配のない夏。首筋に張り付いた髪はどうにもうざったくて、下敷きを置いて後ろへ髪を流す。微かに揺れるカーテンからの風は私の足元に落ちる。もどかしい。日直当番の欄に書かれた御園と福良の文字。あいつはどこに行ったんだか。
「あー、無理」
ふと日誌に目を落とす、フリースペースに並ぶ自分の丸い、決して綺麗とは言えない文字。
世の中、いろんな日があんのなあ、なんて思いながら右手首につけっぱなしだった黒いヘアゴムを口にくわえ、汗ばんだ髪を両手でまとめる。
-
部活着に着替えて体育館へ向かおうとしたところ、偶然すれ違った担任からあれ?福良お前今日日直じゃなかった?と声をかけられてハッとする。
「うっわ、忘れてた」
「らしくないな〜、御園がまともに書いてるとは思えないけど…今日の日誌はいつ提出されるんだか。」
おどけたように笑いながら俺の肩をぽんと軽く叩いて職員室へ戻る担任。
…今教室へ引き返せば部活に遅れること間違いなしだし、かと行って部員にいちいち言いに行くのも面倒ではある。俺は体操着とバスパンのままくるりと踵を返し、5組の教室へ向かった。
ほんの少し空いた廊下側の窓から机に向かう人影が見える。やらかしたなあ。
御園さんは女の子の中でもちょっと気が強くて、いつも下ろした髪を柔らかく巻いたキラキラした子で…俗に言うスクールカーストの上位にいるようなタイプ。
別に特段仲がいいわけでも、悪いわけでもないが今日に関してはお小言を言われるのは間違いなかろう、俺は小さくため息をついてから教室の扉をガラガラと引いた。
頬杖をついてぼんやりと窓を見つめる彼女、西日というにはまだ高い日差しが教室とー…窓際、後ろから三番目に座る彼女の輪郭を縁取る。
曖昧に高い位置で結ばれた髪と、うなじに落ちる後れ毛。ほんの少し伏せられたまつげがキラリと輝く、絵画のような空間。俺は不覚にも入り口で立ち止まってしまって。
「…あれ?福良じゃん」
しばらくフリーズしていた俺に気づいたらしい彼女がもう、とほんの少し拗ねた顔をこちらに向ける。
結い上げられた髪、普段は曖昧に隠されたすっきりとした輪郭も、その綺麗な首筋も、しっかりと日の元に晒されていてなぜだかどきりとしてしまう。
「あー、っと、ごめん、すっかり忘れてて」
「んなことだろうと思った〜。けど部活は?」
「書いてから、行く」
「お、いいやつ」
頬杖をついたまま、いたずらな眼差しでゆっくりと首をかしげると、さらり、髪が流れ、その白い首筋が嫌でも目についてしまう。
邪な気持ちをかき消すように足早に彼女の方へ向かい、前の席の椅子を半回転して、できるだけ自然に日誌に目を落とす。女の子特有の丸い文字が並ぶそれは綺麗に3時間目まで埋められていて。
「…本当に半分だ」
「そりゃね」
「御園さんらしい」
「褒めてくれてどーも」
不服そうな声が降るけれど、俺は黙々と日誌を埋める。
しばらく経つとガタンと椅子の揺れる音がして、反射的に顔を上げる。
「…じゃ、持ってくのもまかせちゃっていい?」
「あー、ん。ごめんねほんと」
「いいのいいの、むしろわざわざありがとね」
ゆるく開いたシャツの胸元、短く折られたスカート、ほんの少し派手な風貌で、顔つきも綺麗で、彼女に想いを寄せる男だって少なくない、らしい。
「…どした?」
ほんの少し高い位置で結われた髪が揺れる。…ギャップ、ってやつかなあ。普段よりももっと綺麗で、けれどどこかあどけなく見える彼女に、俺も少なくない男のうちの一人になってしまいそうで。
「あ、いや、髪…結んでるの、珍しいな、って」
「あー?暑くて!似合う?」
ニッと歯を見せて笑う彼女の顔が、なんだか妙に眩しくて。
「うん、すごいー…可愛い、なって」
息をするように無意識に零した言葉。響く運動部の声と、遠いざわめき。
「あ、ごめん、なんか、いつもと違って、あは、は…」
その凪いだ瞬間を誤魔化すように笑うと、彼女は口元を軽く拭ってから、足元に目線を落として。
「…んか、調子狂うな〜」
ふふ、と冗談っぽく、照れたように笑う彼女…けれど、晒された耳は赤く染まっているなんて。
「じゃ、あとは任せたからね〜」
俺の方に視線を向けることなく、軽やかな足取りで廊下に向かう彼女の、踊るように跳ねる髪をぼんやりと目で追う。
…何を言ってるんだ俺は。彼女の足音が聞こえなくなるまで堪えていた深いため息を吐き出す。何はともあれ、ひとまず日誌を仕上げなくては。気を取り直してシャープペンシルをノックし、綺麗な白のままだった6時間目までを適当に埋める。ふと、最後のフリースペースにはほんの少しだけ彼女の文字が並んでいることに気づき、目を滑らせる。
「…部活より優先して、よかった、かも」
誰もいない放課後の教室、無意識に声が漏れてしまい、一人小さく笑みをこぼす。今日という日と、彼女の気まぐれに感謝だ。
# 今日は何の日?
(”7月7日は七夕で有名ですが、ポニーテールの日でもあるらしいです。先生は知ってた?”)