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思い出と結びつくものとしてよく挙げられるものといえば香りだろう。あれは厄介だと誰かが話していたような気がする。わかるわかる、最近だってよく歌われているもんね、ドルチェ&ガッバーナのなんとやら。
そんな他愛ないことを取り止めもなく考える。壁に掛けられたカレンダーの上部にはゴシック体のJulyの文字。
私は香りよりももっと厄介な結びつきを胸に抱えたまま、3度目の夏を迎える。
「…34度。」
付けっ放しのテレビに映る愛くるしいお天気お姉さんが放った言葉を繰り返し、心底嫌そうな顔で深いため息をつく河村くんを見て笑う。
「ほんと、いい天気だ」
「…良すぎますけどね」
不服そうな表情をしていても綺麗な横顔。彩る長い睫毛がため息とともに伏せられる。猛暑日まであと僅か、すっかり梅雨も明けて晴天が続く窓の外をぼんやりと見つめる。
また、夏がやってきた。
「河村くんはさあ、思い出の季節とかってある?」
「…思い出の、季節?」
ソファーにだらしなく横になり、誰かが持ってきた団扇で自分に涼しい風を送りながら窓の外を見つめていると訝しげな声が降る。
「思い出の香りならぬ、季節」
「…まあ、各季節に思い出はありますけど」
妙な質問に興味を持ったのか、顔を向けると不思議そうな顔の彼とばちりと目が合う。
「夏、何かあるんですか?」
「オッ、ご名答」
態とらしく人差し指を立てると、河村くんの小さな笑い声が聞こえた。
「夏の晴れた日、に思い出がある」
「それはどんな?」
「大好きな人と過ごした思い出」
「あら、素敵」
瞬間、ふわりとカーテンが揺れて二人同時にそちらを見る。
「ちょうどこんな日だったな〜、って」
「いい思い出ですね」
「っちょー厄介だけどねえ」
だって、晴れるたび思い出すんだよ。そう言って曖昧に笑うと、彼もまた眼鏡越しに曖昧な笑みを浮かべる。
「空が青ければ青いほど、全部思い出しちゃうの」
ゆっくりと顔を両手で覆う。真っ暗なはずの瞼の裏には、鮮明な空の青。
夏の乾いた香り、日差し、揺れるカーテン、ワンルーム。ベランダに置かれた瓶に無造作に突っ込まれた、二つの銘柄のタバコの吸い殻。
「甘くて、切なくて、厄介」
無意識についた深いため息を、わざとらしくひゅっと吸い込むと、河村くんはくすくすと笑う。
「青さん」
「なに?」
「僕ね、よく冬が似合う、って言われるんですよ」
「あー。ぽい」
でしょう、となぜか得意げな河村くんに思わずにやけると、変な顔。なんて冷たい言葉を放たれる。
僅かな沈黙に、ソファの肘掛けにぐいと頭を預けて、またぼんやりとベランダの方に目をやる。
逆さまの世界の中、レースカーテンが日差しを受けて輝きながら靡く。見覚えのある、けれどやっぱり、新しい夏。
だが、その景色を遮るように、逆さまの河村くんが現れた。
「というわけで、青さん」
「なんでしょう」
「そんな爽やかな夏には敵いませんけど、次の冬にでも、どうです?」
曖昧な、だけど明確な意志を孕んだその言葉は、逆さまの世界で咀嚼するにはほんの少し難しくて。
私はおもむろに起き上がって彼の方をもう一度振り返る。正転した河村くんが視界の真ん中、窓越しの青空の前に立っている。
生憎背中いっぱいに日差しを受けた彼の顔は綺麗な逆光でよく見えない、けれど。
「…冬まで待たなくちゃいけないの?」
目を細めたまま、太陽に縁取られた彼の輪郭をなぞるように、人差し指を立てたまま腕を伸ばす。
「きっと、…夏も似合うと思うけど」
「ほんと、嫌な人」
「嫌いじゃないでしょう」
「嫌いどころか、」
瞬間、夏風が私たちの間を吹き抜け、カーテンが軽やかに踊った。
深呼吸をした河村くんは、まっすぐな目で私を見て、笑う。
「…だから、夏も、秋も、冬も、…その次の春も全部、僕との思い出に塗り変えさせてくださいよ」
「…意外と大胆な告白すんのね」
「一世一代ですからね」
伸ばした手を開くと、答えるように伸ばされた彼の手。柔らかく握ると、ほんの少し汗ばんでいて。
「…緊張してんの?」
「当たり前でしょう」
慣れてないんだから。どこか不服そうにいう彼の手を引いて私の方に寄せると、確かに複雑な顔をしていて。
「変な顔」
「うるさいなあ」
…確かに複雑な顔をして、その耳を、真っ赤に染めていて。
…ー日本付近は高気圧に広く覆われ、全国的に晴天が続くでしょう。テレビの中のお天気お姉さんの声が部屋に響く。3度目の夏だと思っていた今夏は、どうやら初めての夏になる、らしい。
# 夏が似合わない君に
(…全部の季節、厄介な思い出にさせてあげますからね)
(んふふ、望むところだ)