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何度も頭の中で予行演習をした告白は、馬鹿みたいに甘ったるいものばかりになってしまった。
声に出さずともため息が出る程恥ずかしくなってしまう歯の浮くような言葉達を、何度も推敲してそれらしい台詞に纏めてみたけれど、なんともまあ。
…よりにもよって、25歳を超えてこんなに人を好きになるなんて思っても見なかった。私はもう一度その言葉を心の中で復唱してからいつもより重たく感じるオフィスの扉を開く、今日こそ、決戦の水曜日にするために。
「あ、青ちゃん。今日は早いんだね」
リビングのソファにゆったりと腰掛けて作業する想い人は、ほんの少し驚いた後、その柔らかい眼差しに私を映して微笑んだ。それだけでも心の中にとろりと甘い蜜が流れ込むような感覚に襲われてしまう私は、想像以上にやられてるらしい。
「あ、…うん、ちょっと、ね。」
毎週水曜日だけほんの少し早くオフィスに来ていると知ったときから、勝負はここだと決めていた。
しかし、いざその顔を見ると先程まで必死に考えていた愛の言葉のエトセトラはいとも簡単に吹き飛んでしまって。
やり場のない恋心とそれに伴う焦燥が伝わらないよう、私は平静を装って仕事の準備を始める。私が早く来た理由に興味がないのか、はたまた無意識のうちに言いづらそうな顔をしていたのか…河村くんはそんな私を数秒見つめて微笑んだのち、またノートパソコンに視線を落とした。
そよそよとカーテンを揺らす柔らかい風と、河村くんと、わたし。まるで御伽噺の中にいるような穏やかなこの瞬間を壊してまでも、私の気持ちを伝えるべきか否か。けれど、ずっと考えてたんだから、やっぱり。
ぐるぐると私の心の中で渦巻く葛藤。それらから一度意識を逸らすべく、大きく息をついてデスクに腰掛ける。
それでも、開いたノートパソコンの電源の入っていない真っ暗な画面に映る私は、情けないぐらい変な顔をしている。
(いつまでこんなウジウジしてるんだ、私!)
やっぱり、こんな顔でずっと仕事するくらいなら、泣いても笑っても今しかない。場合によっては河村くんに気まずい思いをさせてしまうかもしれないが、私がもう耐えられない!許して神様!
ショート寸前の頭の中をリセットすべく両頬を軽く叩いて、私は立ち上がった。
ゆっくりと立ち上がったつもりだったが、抑えきれなかった勢いのせいで椅子ががたんと揺れる。
「わ、何急に」
河村くんは相変わらず穏やかな表情で、悪戯っ子のように笑う。
「河村くん、あのね」
ばっちりと目が合うと、喉元まで出かかっていた言葉がまた何処かへ行こうとする、私はその言葉の尻尾を掴んでから大きく息を吸い込んで、手繰り寄せたそれらを紡ごうとした。
「おっはよ〜す」
瞬間、玄関から伊沢くんの大きな声が聞こえる。
「やー、昨日のサッカーまーじ熱すぎて眠れんかったわ…って青ちゃん珍しく早いじゃ、ん…?」
直立不動の私と、それを見上げる河村くんを交互に見た彼は不思議そうな顔をして。
「あ、…なんか真剣な話?」
「や、別に、えーと」
「…を、僕からしようとしてたら伊沢が大声で入ってきたね」
「へ?」
「わ、マジ?そりゃすまん。じゃー…朝飯でも買ってくるわ」
伊沢くんは昨晩の余韻か、随分とふわふわした様子でもう一度玄関へと踵を返した。
「…」
その背中を目で追うと、姿が見えなくなってすぐ、また玄関が閉じる音がした。本当にコンビニにでも向かった、らしい。
私のおかしな雰囲気を汲み取った河村くんのナイスアシストに救われたものの、さてここからどうしたものか。そう思って彼を見ると、肩を小刻みに揺らしながら俯いていて。
「…か、わむ…?」
「っくく…!はー、ごめん、っふふ」
ようやく顔を上げた彼の頬は少し赤く染まっていて、うっすらと浮かんだ涙を拭うべく眼鏡をくいと上げた。
「だって、すごい顔してるんだもん」
「なっ」
「はー、…可愛い」
ぽふん、と短い音を立ててもう一度ソファに深く沈み込む河村くんは、また思い出したようにくつくつと笑う。
「そ、んな笑わなくても…!」
「だって、あんまりにも真剣な顔するから」
やっとツボから抜け出したらしい河村くんは、小さなため息をひとつついたあともう一度私を見上げた。
「…思わず、僕の方から言っちゃいそうだった」
相変わらず立ち尽くした私を見るその眼差しは、やっぱりどこまでも優しくて。
「僕の答えはイエス、って伝えた上で…続きを聞きたいなんてのは、意地悪すぎるかな?」
すっかりフリーズした頭がゆっくりと回りだすと共に、頬に熱が集まる。
「な、え、それっ…え?!」
「ほら、早くしないと伊沢が帰ってきちゃう」
河村くんは満足げに、けれどどこか悪戯な表情のまま私を捉えて離さない。その眼差しも、この、心も。
「…ほんと、もう…!」
全身の力が抜けるように、へにゃりと笑う私は多分先程とは少し違った変な顔をしているんだろう、けれど、すっかり甘い空間になったここでは、どうも準備したハリボテの台詞なんてすっかり意味がないことぐらいは、今の私にも伝わってきて。
「あのね、河村くん」
私を慈しむような甘く優しい眼差しに包まれながら、自分の気持ちを示す2文字をそっと呟くと、それに共鳴するように柔らかい風がまた、カーテンを揺らした。
# 決戦は水曜日
(逆にバレてないと思ってたならすごいよ)
(ああもう今更そんなこと言わないで!)