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「河村、くん」
卒業式を終えて、もう通うことのない学校に合格の知らせを告げに来た3月。職員室の前で見かけた後ろ姿に思わず声をかける。
「御園、さん」
ほんの少し驚いた、だけどいつもの表情で河村くんは笑った。
きっかけは、あまり覚えていない。
ただ、気付けば放課後の空き教室で彼は勉強を、私はデッサンをしていた。
クラスでも元々沢山話をするわけでもなかった2人で、静かな空間を共有するだけの日々。それが友達よりも上なのか、はたまた違う何かがあったのかと聞かれると困るが…兎に角、不思議な関係だった。
「東大、受かったんだってね」
「先生は口が軽いな。御園さんは?」
「うん、第一志望。合格」
「そっか、おめでとう」
あの日々と同じ、いつもの空き教室。
いつも通り河村くんが座る窓側、後ろから2番目の席。その前の席に腰掛けて彼の方を向く。
「東京、かあ」
「御園さんは…違うんだよね」
母の母校ということもあり地方の美術大学に進学することにした私。
そういえば彼の連絡先も知らないな、なんて思いながら木漏れ日の差す教室をぼんやりと見つめる。
緩く息を吸うと、教室の優しい香りが鼻腔を満たす。
卒業なんて、なんてことないと思っていたけれど…うざったいと思っていた授業も、なんの意味もない他愛無い会話も、もう2度と来ない日々だと思うとなんだか切ない気持ちになるから不思議だ。
「…不思議だったよね」
河村くんはいつもと変わらない落ち着いた声で言葉を紡ぎ、窓の外、遠くを見ていた。
「たまたま御園さんがここで絵を書いてて。僕がお邪魔させて貰ったんだっけか」
「…そう、だっけ」
「覚えてないの?酷いなあ」
「なんか、気づけば居たイメージ」
「…先客のいる教室を開けちゃって、気まずくて黙りこくってた僕に「静かにするなら、どうぞ」って。」
そんな偉そうだっけ私?と聞くと、うん、無関心って感じだった。と冗談っぽく笑う。
「なのに、…気付いたら心地よくなってたね」
いつもずっとノートと教科書だけを見つめていた瞳は、意外と柔らかい色をしていることに今になって気づく。そんな些細な気づきすら緩く私の胸を締め付けるのは、厄介な「卒業」とやらのせいだろうか。
.
「ね、僕…ひとつだけずっとしてみたかったことがあるんだけど」
他愛無い話の切れ目。河村くんは不意に私の顔を覗き込む。
「…なに、改めて言われると怖いなあ」
「ふふ、他の人からしたら何でもないことなんだろうけど」
ふわり、まだ少し冷たい風が吹き込み、柔らかくカーテンが揺れた。彼の黒髪に春の色が差す。
「…名前で、呼んでもいい?」
ほんの少し照れたような、けれどどこか切ない声が聞こえる。
「…知ってる?」
「何を」
「わたしの、なまえ」
「もちろん。」
ただ静かに絵を描いて、ただ静かに勉強をしていた。言葉も交わさずに帰る日だってあった。
「…青さん、」
なのに、彼の通る声が私の名前を呼んだ時、なんてことない名前が一瞬で色付いて。
恋になるには少し時間が足りなかったような気がする。けれど、あの時間が私にとってなによりも愛おしく、大切なものだったと気付かされてしまって。
「、河村、くん」
「拓哉、です」
「ふふ、」
(拓哉、くん)
「…卒業式でも、泣かなかったのに」
そう言っておどけて、「ありがとう」と続けようとしたけれど、言葉より先に涙が溢れて、嬉しくて切なくて、小さく笑った。
涙で霞む彼の笑顔を、瞼の裏に焼き付けるように。
# 君の声で呼んで
(春が色付き始めた3月、どうか今だけは、私達が"特別なふたり"だったと思わせて)
卒業式を終えて、もう通うことのない学校に合格の知らせを告げに来た3月。職員室の前で見かけた後ろ姿に思わず声をかける。
「御園、さん」
ほんの少し驚いた、だけどいつもの表情で河村くんは笑った。
きっかけは、あまり覚えていない。
ただ、気付けば放課後の空き教室で彼は勉強を、私はデッサンをしていた。
クラスでも元々沢山話をするわけでもなかった2人で、静かな空間を共有するだけの日々。それが友達よりも上なのか、はたまた違う何かがあったのかと聞かれると困るが…兎に角、不思議な関係だった。
「東大、受かったんだってね」
「先生は口が軽いな。御園さんは?」
「うん、第一志望。合格」
「そっか、おめでとう」
あの日々と同じ、いつもの空き教室。
いつも通り河村くんが座る窓側、後ろから2番目の席。その前の席に腰掛けて彼の方を向く。
「東京、かあ」
「御園さんは…違うんだよね」
母の母校ということもあり地方の美術大学に進学することにした私。
そういえば彼の連絡先も知らないな、なんて思いながら木漏れ日の差す教室をぼんやりと見つめる。
緩く息を吸うと、教室の優しい香りが鼻腔を満たす。
卒業なんて、なんてことないと思っていたけれど…うざったいと思っていた授業も、なんの意味もない他愛無い会話も、もう2度と来ない日々だと思うとなんだか切ない気持ちになるから不思議だ。
「…不思議だったよね」
河村くんはいつもと変わらない落ち着いた声で言葉を紡ぎ、窓の外、遠くを見ていた。
「たまたま御園さんがここで絵を書いてて。僕がお邪魔させて貰ったんだっけか」
「…そう、だっけ」
「覚えてないの?酷いなあ」
「なんか、気づけば居たイメージ」
「…先客のいる教室を開けちゃって、気まずくて黙りこくってた僕に「静かにするなら、どうぞ」って。」
そんな偉そうだっけ私?と聞くと、うん、無関心って感じだった。と冗談っぽく笑う。
「なのに、…気付いたら心地よくなってたね」
いつもずっとノートと教科書だけを見つめていた瞳は、意外と柔らかい色をしていることに今になって気づく。そんな些細な気づきすら緩く私の胸を締め付けるのは、厄介な「卒業」とやらのせいだろうか。
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「ね、僕…ひとつだけずっとしてみたかったことがあるんだけど」
他愛無い話の切れ目。河村くんは不意に私の顔を覗き込む。
「…なに、改めて言われると怖いなあ」
「ふふ、他の人からしたら何でもないことなんだろうけど」
ふわり、まだ少し冷たい風が吹き込み、柔らかくカーテンが揺れた。彼の黒髪に春の色が差す。
「…名前で、呼んでもいい?」
ほんの少し照れたような、けれどどこか切ない声が聞こえる。
「…知ってる?」
「何を」
「わたしの、なまえ」
「もちろん。」
ただ静かに絵を描いて、ただ静かに勉強をしていた。言葉も交わさずに帰る日だってあった。
「…青さん、」
なのに、彼の通る声が私の名前を呼んだ時、なんてことない名前が一瞬で色付いて。
恋になるには少し時間が足りなかったような気がする。けれど、あの時間が私にとってなによりも愛おしく、大切なものだったと気付かされてしまって。
「、河村、くん」
「拓哉、です」
「ふふ、」
(拓哉、くん)
「…卒業式でも、泣かなかったのに」
そう言っておどけて、「ありがとう」と続けようとしたけれど、言葉より先に涙が溢れて、嬉しくて切なくて、小さく笑った。
涙で霞む彼の笑顔を、瞼の裏に焼き付けるように。
# 君の声で呼んで
(春が色付き始めた3月、どうか今だけは、私達が"特別なふたり"だったと思わせて)