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「絶対殺す」
青さんは物騒なことを言いながらフウ、と白い煙を吐いた。
タバコ厳禁のオフィスだったが、彼女が来てから夜のベランダのみ使用可になったことは驚いた。それだけ仕事ができる人間だということは共に過ごしていてすぐにわかったけれど、それでも伊沢の彼女に対する扱いには…やや「特別」がもたらすそれを感じる。
いつかはキッチンの換気扇下も狙っている、とある日の彼女は話していたが、今の所そちらでは電子タバコしか許されていない(、それも彼女がきてからだけれど)。そのルールはきちんと守るところも、とても彼女らしい。
「福良くん聞いてる?」
「あ、ごめんなさい。」
そんなルールが決められて、いつの間にかベランダに置かれた二つの椅子に並んで腰掛ける。
もう、とふてくされた彼女の顔が月明かりに照らされる。現住所がバレないように、と基本的にカーテンは閉じたままだから、僕らを照らすものは、部屋から少し漏れた光と、月明かりと、彼女の持つタバコの先端だけで。
「急に『リリース直前のプロジェクトで大量のエラーコード見つけたから助けてくれ〜』って。本当にあいつは私を殺すつもりなの?」
「…流石に伊沢が女性をオフィスに2日間缶詰にするとは思ってなかったです。」
久しぶりに青さんが長いことオフィスにいる上に、朝も昼も夜もずっとデスクに向かっているなとは思っていたけれど…帰宅どころかろくな睡眠すらろくにとれていなかったとは。
消した直後にまたタバコに火を付ける彼女、今日ばかりはチェーンスモークにも目をつぶってあげよう。
ジュ、とライターの火がつく音。よく見ると目の下にはしっかりと隈が出ていて。ああ、どうして。
「…でも」
でも、と無意識のうちに自分の口から言葉が溢れて、青さんの方をみる。青さんももちろん僕が言葉を続けると思って僕の方を見る。
「でも?」
「ああ、っと」
僕の瞳を真正面に捉えた青さん、少し疲れが滲んだ表情すらも美しいと感じるのは、それだけ惚れ込んでいる証拠だろうか。惚れ込んでいるからこそ、なんとか今の気持ちが緩んだ状況だからこそ、聞いてみたいなんて思ってしまって。
「でも、伊沢の頼みだから、断れないんですよね」
「…」
僕の言葉が予想外だったのか、予想通りだったのか、彼女は僕から目をそらし、白い息を遠くに吐いた。
「…長年の連れだからね」
「それだけですか?」
「何が言いたいの?」
「いいえ、それだけですか?って聞いただけです」
ゆっくりと揺れる瞳が彼女らしくなくて、僕はつい畳み掛けるように問う。
「もっと具体的な質問してくれたら、答えてやってもいいよ」
それでも、青さんは最後まで体裁を貫きたいらしく、まるで弟をいじめるような、けれど少し距離のある…いたずらな視線で笑いかけてきた。
「じゃあ」
僕は彼女のタバコを取りあげて、すぐ隣の灰皿へぎゅっと押し付けた。
「伊沢とおなじ香りがする日が、どんどん増えてきたことについてとか?」
…そういう日だけ、タバコを吸う回数が多いとか?と重ねて問うと、青さんはさんは少し驚いた後に笑った。
「やだ、福良くんそんなこと考えてたの?」
変態チック〜とけらけらと笑う彼女がもう一度つけようとしたタバコを箱ごと奪い取る。
「…ちゃんと質問しました。」
あ、と僕が奪ったタバコに視線を奪われる彼女に、もう一度声をかける。
「はぐらかさないでください、」
ー…伊沢には、恋人がいる。
頭のてっぺんからつま先まで可愛いをまとったような、まるで天使みたいな女の子。
頭はそんなに良くないとか言っていたけれど、数日前にオフィスに連れてきた時、そこにいる男連中が露骨にざわめくほどの容姿を持った子だった。
「俺は、口外しないので」
編集長といちエンジニアが、そんな関係にあること。(それが、どんどん深みにはまっていること。)
「…福良くんの一人称が、俺になるときはマジの時、って、伊沢が言ってたね」
青さんはやられました、なんて笑って首を軽く振った。
「惚れてなんかない、って思ってたんだけどね」
はーあ、とわざとらしくため息をついて俺を見つめる青さんの瞳は揺れていて。
「とんだ人たらしだよ、あいつは」
馬鹿馬鹿しいねえ、と言いながら、長い前髪を搔き上げる姿。俺なら、もっと。
「キス、していいですか。」
とんでもないお願いも、月明かりしか見ていない今日だけは。
青さんはほんの少し驚いた後、隣にいる俺にしかわからないぐらい、かすかに微笑んだ。
「…許可するよりも、奪われる方が好きかも。」
ー柔らかく重ねた唇からは、副流煙として嗅ぐあの香りよりもきつく苦味を感じて。
「なんで福良くんがそんな悲しい顔すんの」
俺よりも絶対に悲しそうな顔をしている彼女を救いたくて、救えないのはわかってて、その苦味を奪い取るようにもう一度唇を重ねた。
「俺じゃ、だめですか」
彼女は何も答えずに、切なげな眼差しのまま小さく笑った。