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「すみませんでした。」
しっかり90度頭を下げると、上司は嫌みたらしく深いため息をついてその場を去っていった。
ドアが閉まる音が聞こえるまで、頭を下げ続ける。
「~~っ」
がしゃん、荒々しくドアが閉まっても気は抜けない。ため息が聞こえようもんならまたお小言だ。私は息を吸いながら顔を上げ、デスクにもう一度座る。
「ひゅ~、相変わらず部長はパワープレイヤーだね~!」
ひとつ下の伊沢くんが向かいのデスクから笑う。
「...書類、またやり直しかあ」
我慢していたため息とともに机に突っ伏せると、パサ、と顔に資料が降り注ぐ。
「ほれ。」
「え…?」
河村くんは静かに私の隣のデスクに座る。
「作り直すのに参考になりそうなやつ。一応過去3年のデータ集積分とかなんとか。」
「ありがとう…持つべきものは出来る同僚...」
そう言い、ぺらぺらと資料をめくると間に一枚の付箋が
『今日、飲み行く?』
さらにもう一枚資料をめくると
『ノーなら伊沢に微笑んで、イエスなら僕に微笑んで』
ちらと河村くんの顔を見るとニヤリと笑っていて、つられるように笑ってしまった。相変わらずの策士ぶりにはお手上げである。
「…さ、今日も定時上がり目指しますか。」
河村くんの一声に、私たちはおー!と声を上げた。
-
宣言通り定時で仕事を切り上げた私たち。伊沢くんは彼女のご飯が待ってるから!と爽やかに帰っていった。彼は本当に職場の愛されキャラで、会社の大きな飲み会ですらこのノリで断って許される猛者だ。私も河村くんもハイハイと手を振り、浮き足立った彼を見送った。
「…で、あの半笑いはイエスでいいの?」
伊沢くんの背中を見つめながら、河村くんは笑った。
「あら、女神の微笑みが伝わらなかった?」
「ふふ、そうだったの?それは気づかず…。ま、行きますか。」
ぽん、と背中を叩かれて少しどきりとする。真面目で丁寧で仕事ができて、さらにこう言うところは紳士な彼にはきっと一生慣れないんだろうな。惚れたもの負け、という言葉を考えた人は天才だ、なんて思いながら河村くんの隣を歩いた。
.
-
「ほんとあのクソ上司~!」
「はいはい飲み足りないねぇ」
「河村くんも飲むの!」
金曜の夜をいいことに、何杯目かのハイボール。クスクスと笑う河村くんを態とらしく睨む。いつもより飲みすぎた感じは否めない。
河村くんはいつも優しい。
私が落ち込んでいるとタイミングよく飲みに連れて行ってくれて、どこまでも愚痴に付き合って、終電近くまで一緒にいてくれる。
(好きになるなっつー方が酷!)
やり場のない感情を飲み込むように、またぐいと酒を煽る。
「…い~な、河村くんは」
「何がです?」
「河村くんみたく仕事できるマンになりたいよ~」
自分の容量が悪いとは言いたくないけれど、愛嬌と人徳と膨大な知識のある伊沢くんと、企画力も頭脳もあって、確実になんでもテキパキこなす河村くんに挟まれているとやっぱり肩身が狭いのは事実で。
こんなことを言っても仕方がないとわかりつつも、酔った勢いで思わずそんな言葉を漏らした。
ため息をついてテーブルにうつ伏せると、優しく私の頭を撫でる感触。
半分だけ顔を上げると、眼鏡越しに優しく微笑んで河村くんがこちらを見ている。
「でも、努力家で負けず嫌いで、なんだかんだ結果残す青さんも、本当にすごいと思うけどね?僕は」
数回頭を撫でた後、優しく髪を指で掬う河村くんがやけに男らしく見えて、もう一度つっ伏せる。
「なに、なんか気に食わなかった?」
「うん、全部」
「どう言うこと」
「…かっこよすぎてムカつく」
む、と小さく声を上げて、態とらしく河村くんを睨むと、また彼も態とらしく肩をすくめた
「そんな可愛い顔で言われると照れちゃうなあ」
「…ほーんと、腹立つ!」
-
すっかり上司への憂さも忘れて、笑いながら終電少し前まで飲み続けた私たち。いつもこんな風に「楽しかった」という気持ちにさせてくれる彼に感謝をしながらお会計を済まし店を出ると、想像以上に感覚がフワフワとしていて…気がつけば足取りのおぼつかない私の肩を河村くんが優しく支えてくれていた。
「あらあら、飲みすぎた?」
「飲ませすぎの間違いじゃない?」
「さあ…どうかな?」
相変わらずの余裕のある笑みにほんの少し悔しさを覚えながらも、今日はお酒の勢いということにしてしまおうと河村くんの方に頭を傾けた。
「…なに、珍しく甘えるモード?」
「ん~?酔っ払いの同僚にこんなことされても嬉しくないってか?」
ゲラゲラと笑いながら人気のない道を歩く。
「そうだなあ、…酔ってなかったら嬉しいかも」
「よく言う」
「嫌いな人のために毎回終電まで飲むほど僕はいい奴じゃないぞ~。」
「...はいはい」
不自然な間を空けてしまった気まずさから、体制を元に戻そうとすると、ぐっと肩を抱かれた。
「嘘、…酔ってても嬉しい」
お酒のせいだ。そう自分に言い聞かせても、心臓はうるさいままで。
「なにそれ?期待しちゃうよ?」そうやってふざけて返すしかできないのに
「…期待させてる、のかもね?」
なんて、目を見て言われてはもうどうしようもない。
「ね、青さん、知ってる?」
「なにが」
「僕たち、2人で終電超えたことないの」
どうする?と笑って私を見つめる彼に、うろたえる。
.
「どうするっ、て、なにその冗談…」
「冗談だと思う?」
「ば、だって…」
更に人気のない路地に入る。彼は相変わらず優しい微笑みをたたえたまま、私を見つめて。
「...僕も今日、ちょっと飲みすぎたのかも」
車のライトが私達を照らし通り過ぎる。たまに照らされる彼の顔は、いつもとほんの少し違っていて。
「今日くらいは、悪い男になってもいい?」
ぐっと彼の顔が近づく
「…ノーなら顔背けて、イエスなら、このまま見つめて。」
どうしようもなくて、情けない顔で彼を見つめるしか出来ない。ぱくぱくと口元を動かしても、言葉が見つからない。
「…時間切れ」
触れるだけのキス。小さく微笑んだ河村くんの眼鏡越しのその目は、どこかいつもより余裕がないような気がして。
「…僕がいつでも慰めてあげるから、絶対他の人とこんなに飲まないでね?」
そんな切ない顔するなら、尚更。といい、優しく頭を撫でる。
少し熱っぽい頬が、体が、彼の掌が、全部私を蕩けさせるような気がして。
「…じゃあ、」
彼のシャツの袖を掴む
「家まで、送ってってよ」
少し驚いた後に、河村くんは私の腰を抱き寄せた。
「…えらく大胆だね」
「…それは、河村くん次第じゃない?」
「ほんと、素直じゃないひとだ」
腰に回された手が、ゆっくりと私の体を伝い頬を撫でる。
「煽ったのは、青さんだから、ね?」
# TGIF!
(ほーんと、毎回慰めても全然釣れないし、僕は惚れたもの負け、ってこういうこと言うんだろうなって思ってた)
(...私たち、想像以上に似た者同士かもね?)
(なにが)
(ふふ、内緒)