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「にしてもビックリだったよね。青が専門学校いってさ、パソコン?のプロになるなんて。」
大人ギャル系の有名ショップ店員らしい、麗奈のJカールのまつエクがキラリと光った。
「まあねえ、数学だけは成績良かったし。」
「私なんてもう二児のママだし、…人生って面白いね〜」
今日はパパに任せてきちゃったけど、とおっとりとした声の美樹は頬杖をついて私たちをみて微笑む。肉厚な唇がディオールのマキシマイザーでぷるりと光る姿は、ついうっとりしてしまうほどだ。
三人揃って、高校時代は派手なギャルだった。
進学する数は学年の半分程度の底辺校。国公立なんてもってのほかみたいな環境で過ごしてきた中、私は父の影響でITの専門学校へ進み、プログラマーとなった。
「青は見た目もだいぶ落ち着いたけど、どうなの?男事情は!」
それぞれ全く違う人生を進んでいる今でも、遊び盛りに仲良くしていたからか、いつまで経ってもこんな話で盛り上がる。
「いやー、ホント。一般社会に馴染めるぐらいの見た目まで落ち着いたな。」
「相変わらず世間より化粧は濃いめだけどね。にしても黒髪の青、死ぬほど面白い。」
「うるせ〜頭髪自由のアパレル店員め!」
「まあまあ、環境もあるから、ね?」
私と麗奈の他愛ないやり取りを見た美樹はレモンチューハイのグラスを持ってまたゆるりと笑った。
「青ちゃん、基本的には男の子ばっかりのところで働いてるんでしょ?彼氏は何人いるの?」
美樹がまるで今日の天気でも聞くみたいな雰囲気でそんなことを言うもんだから、おもわず笑ってしまう。
「専門も現場も地味な男多いからなあ、学生時代は適当に遊んでたけど、最近は仕事もばたついてるしぜーんぜん。」
中高はいい感じに遊びまわっていたけれど、それでもパソコンだけはよく触っていた。そこから食いっぱぐれないし嫌いじゃないから。なんて理由で専門に行って。
自分で言うのもなんだけど、天職だったと思う。
最初は学歴や性別でフィルタリングされて大変だったけれど、様々な現場開発に携わって…下請けの下請けみたいなところから、大手や、高学歴・仕事のできる人の多い現場まで、必死で這い上がってきた。
今は親会社からの指示でQuizKnockという人気集団のweb・アプリ関連の開発担当となり、常駐プログラマとして過ごしている。
みんなの近況を報告しつつ、すっかり酔いも回ってきた頃だった。
「東大発の知識集団?ぜってー私じゃ話合わないわ」
「それが頭いい人は話合わせてくれんのよ。」
「それは青の地頭がいいから付いてけるってだけじゃない?」
「私で頭いいとかありえん、マジあの人らの中だと塵。」
「塵って、」
麗奈の大きな笑い声につられて笑う。
麗奈の向こう側にぼんやりと目をやると、合コンだろうか…隣の女の肩を抱いて必死に口説く男の姿が見る。
あんな風なこと、最後はいつだったかな。
「でも、」
「でも?」
「考えたら最近マジで男と遊んでないかも」
カラン、とハイボールの氷が溶ける音がした。
「セックスもしてないの?」
ストレートな質問も、私たちの中では割と当たり前のことで。
「んー、今の現場来てからは確実にないから…3ヶ月はない…?」
「は?!青が?」
「毎日がデスゲームみたいな仕事多いし、言語は日々増えるから勉強も欠かせないし。」
「すっかりパソコン漬けなのね〜」
「プログラムね」
「はいはい」
「…ま、今の現場は特に真面目ちゃんばっかりだしね」
全員がいい具合に気持ちよくて、あけすけな話も増えて。
「でもさ〜、女枯れちゃわない?」
「まー、そう言われると」
ローンチ前は会社に寝泊まりなんてこともザラにある。もちろん仕事が楽しくて、改めて言われるまで最近は意識なんてしてこなかった、いや、意識する暇すらなかった。
(恋愛するほどの余裕は多分、しばらくは得られない、だったら。)
「マジで気持ちいいセックスぐらいはしたいかもしんないな〜」
声に出すと中二男子みたい、なんて。深夜の飲み屋の喧騒に紛れて私たち三人は笑いあった。
-
「ひとまず、かんぱーい!」
ちょっと大きめのweb改修とアプリのバグ修正が終わって。常駐も3ヶ月を超えた今、更なる親睦も兼ねて飲みに行きましょう。と伊沢さんに誘われたのがきっかけだった。
この3ヶ月でメンバーもさらに増え、女性比も上がってきた。いつものシステム関連の現場とは雰囲気の違う飲み会に思わず笑みがこぼれる。
「青さん、お疲れ様です」
「ああ、伊沢さん」
わいわいと盛り上がる座敷をぼんやりとみていると、伊沢さんが話しかけてきた。
「いっつもガンガンに詰めて仕事してらしたから、今日ぐらいは肩の力抜いてくださいね。」
「…ほんと、なんでもお見通しですね。」
「ちなみに。青さんと喋りたがってる男、多いですからね〜?」
「はいはい」
「例に漏れず、俺もね?」
「調子いいんだから。」
ぽん、と肩をたたくと、わざとらしく首をすくめて伊沢さんは座敷に向かっていった。
(遊んでくれそうなの、伊沢さんぐらいかな、なーんて。)
邪な考えをかき消すように頭をかいて、私も彼の背中を追う。
会に入ると、溶け込むまではあっという間だった。
話したことのないライターさんやスタッフさんも、ここにいる人らには考えられないであろうやんちゃ時代の…人に言える範囲の出来事を話すと食いついてくれたりして。あの日々も無駄じゃなかったな。なんて笑った。
(恋愛どころか、人と仕事以外のこと喋る時間も減ってたのかな)
酔っているのもあるけれど、楽しくなりすぎちゃって。
(この現場では、我慢してたんだけどな)
「…ちょっと、夜風当たりにいってきます。」
「あー、きもちい」
夏の夜風はどうしてこんなにも気持ちいいのか。ぐっと伸びをして、マルボロメンソールに火を付ける。
座敷は外側に面しているのか、伊沢さんの叫び声だったり、渡辺さんの声だったり…なぜか河村さんの問い読みなんかもなんとなく聞こえてきて。
「…たのしそ」
「青さん」
「の、わ」
「ふふ、なんて声だしてるんですか」
「福良さん」
後ろから声をかけてきた福良さんは、そんな驚かなくても、と笑った。
「…今日は、眼鏡ですか?」
「ああ、今日撮影あったから…忘れてたや。」
レンズを抜いた黒縁眼鏡に触れた後、福良さんは私に微笑んだ。
常駐が決まったとき、動画を見て「肩幅のある眼鏡の人」と認識していた福良さん。
普段は眼鏡じゃないんですね、と言うと「キャラ付けって大事ですからね」と笑ったのが、一番最初の会話だったと思う。
動画の時以上に、真面目で聡明で冷静な…とにかく「出来る人」の福良さんは、プログラム以外の学がてんでない私のことも見下さず、常に仕事仲間としてきちんと向き合ってくれる。
話すたび発見があって、とっても面白い、けれど。
(実際の私なんかとは、全然合わないだろうな。)
「青さん、タバコ吸われるんですね」
「まあ、ちょこっと…福良さんも、吸いましたっけ?」
「んーん、吸わないです」
でも、夜風、気持ち良さそうだったので。といった福良さんは「じゃ、改めておとなり失礼します」といつもの柔らかな声で笑った。
二言三言、他愛ない言葉を交わした後だった。
「…ちなみに、さっきの」
「え?」
「さっきの、嘘です。」
「さっきの…?」
「夜風が気持ち良さそうだったから〜、っていうやつ」
動画と変わらない笑顔が、そこにあって。
「…?」
「この前、僕が後ろの席にいたの、気づいてました?」
「この前?」
「…青さんは、僕らの中にいるときは『塵』の気持ちなんですねえ」
「あ、あ…!?」
美樹と麗奈と飲んでいた時をふと思い出して、思わずうろたえる。
「最初は全然違う人かと思いました。」
「ちょ…っと、若い頃からの友人なので口調とか…つい…」
「…口ぶりもですけど、…内容も大胆でしたね〜?」
福良さんはしてやったり、な顔で目を細めて笑った。
「ああ〜、話まで…」
「ま、仕事場でのキャラ作りは大事ですからね。」
福良さんははは、と声を出して笑った。
「…ここではそれなりに丁寧な私で居たかったんだけどなあ」
黒く染めた毛先を見つめながらミスっちゃった、なんて苦笑いすると、福良さんはほんの少し近づいてきて。
「ってなわけで、提案が一つあるんですけれど。」
福良さんはレンズのない眼鏡を外し、ぐっと私の顔を覗き込む。
「多分、もうすぐ伊沢がお開きの挨拶します。で、青さんと僕の荷物はここにある。」
福良さんの後ろには、見覚えのあるカバンが二つ並べられていて。
「2人で抜けて…してみません?」
福良さんの、主語のない提案をした瞬間、宴会場からの喧騒が止んだ。きっと、そろそろ”宴もたけなわ”だ。
(…マジで気持ちいい、セックス。)
あの日の私の言葉を、耳元で囁かれて思わず固まる。
「沈黙は同意とみなしますよ?」
見たことのない悪い笑みをたたえた福良さんは「さん、にい、いち。」と柔らかく、けれどいつもより低い声で数えたのち、私の唇を奪った。慣れた手つきで私の顎をやんわりと掴む。当たり前のように侵入し、歯列をなぞる舌が熱いのは、お酒か、それとも。
「…抵抗どころか、蕩けちゃってません?」
悪戯に笑う表情は、今までに見たことのない福良さんで。
「…ま、ここではなんですから」
もう一度、伊達眼鏡を掛けたのちにひょい、と2人分の荷物を持って立ち上がる福良さん。右手で適当なタクシーを呼んで、左手を私に差し出した。
「…教えてくださいよ、本当の、青さん」
果たしてこんな楽しい問いに、イエス以外の答えがあるのか。
「…散々遊んできた人間に対して、そんな自信たっぷりの切り口で大丈夫?」
「そこはどうぞ、お手柔らかに。」
彼の左手に手を重ねた瞬間、私たちの前に止まったタクシーを見て、2人で小さく微笑んだ。
“今までにない微笑み方で”
(本当のふたりの夜は、どうもこれかららしい。)