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ざあざあと降り頻る雨、夜道が怖いと思うタイプでは無いが、ここまで濡れた地面を歩くのはいささか不安である。ぱしゃり、跳ねた水がスニーカーにじっとりと染み込んできた。楽しいお散歩が一気に憂鬱になる瞬間。
元々傘が嫌いだ。だから天気予報も余り見ない。にしても、こんなに降ると知っていたら少しは持つ気になったかもしれないけれど。
気分転換のただの散歩のつもりだったのにな、とため息をつく。コンビニに入るのも申し訳なくなるぐらい濡れそぼった自分がビルに映って、思わず小さく苦笑い。傍目から見ればきっと私は「ヤバい奴」だ、22時を回った人気の少なさと、比較的暖かい夜に感謝しながら帰路に着く。
「青、さん?」
暫くして、雨音をかき分けるように少し高い声がした。
「あ、山本くん」
「やっぱり青さん?!え、ちょ、なんでこの大雨の中傘さして無いんですか?!」
私よりほんの少し小柄な彼…山本くんが、持った傘の中に私を招き入れた。
「あはは、ここまで濡れてたら意味ないよ」
「や、でも風邪…!あ、じゃあ!」
何かを思いついたらしい山本くんは私の濡れた腕を引いた。柔らかい熱が染みる、思ったより体は冷えていたらしい。
最近まで、コンサル仕事で常駐先だったQuizKnockの社員さん…?である山本くんは、常駐先の中でも一際人懐こい性格の子だった。どの子たちも優しいけれど、なんというか…懐に飛び込んでくるのがとても上手な彼にすっかりやられてしまって、気づけば取引先の中でも一番親しい、姉弟のような間柄だった。
(姉弟のような間柄で居たいと、思っていた人だった。)
ここで待っててください。そう言って彼はコンビニの軒下に私を取り残した。髪をかきあげると、ぱたぱたと水が滴る。なんて運命の巡り合わせなんだか。そうおもうと自然とため息が出た。しあわせか、ふしあわせか。
直ぐに彼はコンビニから出てきて、2枚のタオルとホットコーヒーを下げた袋を私に見せた。
「わあ、ごめんねわざわざ…」
やっと常駐も終わって、彼と会わずに済むってちょっとほっとしていたんだけどな。なんて思いつつ、申し訳ないという笑みを向けた。
「何か、あったんですか…?」
妙な間の後、急に神妙な顔になった山本くんが私に問いかけてきた。なるほど、そういう風に思っちゃうよね。
「ううん、ただのウォーキングのつもりだったんだけど…」
「…こんな雨の日に?」
大きな目を更に大きくして、私の顔を覗き込む。
「いやあ、天気予報見てなくて。思ったよりびしゃびしゃになっちゃった」
思ったよりって…今日夜から降水確率100%でしたよ?と呆れたように笑う彼に釣られるように笑った。
「しっかり者のお姉さんだと思ってたのに、青さんも不思議なところがあるんですね」
気づけばきちんと包装を外したタオルが差し出されていて。ほんとうにしっかりものの"お姉さん"だと思っていたの、なんて、聞くこともなく巡り会わずに終わると思っていたのに。
「わざわざありがと、ごめんね。」
「風邪ひきますよ?お家近いんですか?」
「いんやー、ちょっとあるかも」
ここから3駅程先の私の最寄駅を伝えると、山本くんは一瞬くらっと揺れてから「もー、どうしてこんなところいるんですか!」と呆れたように笑った。
差し出されたタオルで適当に拭き取るも、重たくなる程水を吸った服には余り効き目はなくて。
「電車はもちろん、タクシー…乗るにもちょっと気が引けますよね?」
「そうだねえ」
ここまでしてもらって言い出しづらいけれど、またびしょ濡れになって家まで歩けばいいかな。なんて思っていたときだった。
「僕んち、すぐそこなんですけど…一旦乾かしていきます?」
にっこりと笑って、山本くんは向こうの方を指差した。
この顔が、この瞳が、いつも私を揺らすのだ。
取引先の、ましてや学生の家に、こんな形で上がるとは思っていなかった。
(きっと、何度か、想像はしていた、)
シャワーを借りて、彼の緩いスウェットに着替える。私のほうが少し背は高いのに、骨格の関係なのか、ゆったりしていることを意外に思いつつ、山本くんの元に戻る。
「あ、おかえりなさい」
「本当にありがと、いいお湯でした。」
「いえいえ、狭くてすみません…あと…お洋服どうしますか?今から乾燥回しても終電間に合わないかなあ…」
うーん、と悩む山本くん。
「僕のスウェット着て帰るのはちょっとヤですよね…」
本当に面白い子だな。
私のためにうんうんと唸る山本くんを横目に、先ほど買ってくれたホットコーヒーの残りを飲み干した。
喜怒哀楽がよくわかる、可愛らしい男の子。
「泊ま…っていきます?」
いつもより少し低い声が聞こえた気がして、はっと彼の方を見る。でもそこには、いつもの、すこし照れたような笑顔。
「あー、いや、乾燥回してくれたらタクシーで…」
びしゃん、と私の声を遮るような雷鳴が聞こえて山本くんも私も窓の方を見ると、カーテンの隙間から稲光が見えた。打ち付けるような雨音は、どんどん威力を増していて。
「いくら年上のお姉さんでも、この天気じゃちょっと心配です。」
「そ、うだね。…じゃあ、お言葉に甘えて」
弟みたいで、天真爛漫で、愛くるしくて優しくて。けれど、たまにわからない。
「じゃあ、僕もシャワー浴びてきますね?」
今だってそうだ。柔らかい笑顔がたまに、違う表情に見える。私を射抜くような、熱いまなざし。
なんて…私の勘違いだ、と言い聞かせても。胸のざわつきは素直にはおさまらない(、わかってる、でも。)
0時を過ぎたころ、山本くんは来客用の布団を床に敷いて、「僕はこっちで寝るので、青さんはベッドで。」と笑った。
「そんなの悪いよ!わたしがお邪魔しちゃってるんだから」
「えー、これくらいのおもてなしはさせてくださいよ!」
それとも僕のベッドは嫌ですか?と悪戯に笑われて、返答に詰まる。
「そういうわけじゃないけど…!」
「じゃないけど?」
「床、しんどいでしょ?なんかちょっと気が引けちゃうな〜って」
うーん、と唸った山本くんが、急に部屋の明かりを落とす。瞬間の目が、私を捉えていた。
「わ、」
突然真っ暗になった部屋。外の雨音がやけに大きく聞こえる。
「青さん」
「っ」
正面にいる山本くんが、思ったより近くにいて思わず息を止める
「...青、さん」
「は、い」
「それなら、一緒に、寝ませんか?」
目が慣れてきて、ゆっくり山本くんの顔が闇に浮かび上がる。悪戯に笑ったその顔はやっぱり、息が詰まるような、強い眼差しで。
「や、あ」
「弟だなんて言って、ずっとはぐらかすの、もうやめてください」
抱き寄せられて、ゆるゆると熱い手が背中をなぞる
「わかってた、くせに」
押し付けるような口づけとともに、身体がベッドに沈められた。わかっていた、けど、受け入れていいかがわからなかった、なんて今更聞き入れてくれないだろうけど。
ほんの少し開いたカーテンから、また閃光が差し込んで、一瞬だけ彼の顔がくっきりと見えた。
その瞬間の瞳は、自惚れでもなんでもない、私に向けられた熱だけが映っていて。
「ごめんなさい、でも、僕、もうダメ」
首筋に顔を埋め、彼は私の首筋に唇を落とした。
こうなってしまうことが、わかっていたから。
常駐担当を変えて、極力彼を避けていたのに。神様は意地悪だ、なんて他人事みたいに思いながら、彼の熱を受ける。
窓の外はまだ、猛々しい雨が降り続く。
私は答える代わりに彼の首元にそっと腕を回した。
-ならば本気で愛して、と-
(うら若き君に背負わせられるほど、我儘になれない)