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ブルーアワーに魅せられて

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「ねぇ、キース」
「んー……?」
「今年のクリスマスは、どうする?」

 いつものように潜り込んだ膝の中、首を上に傾けて問いかける。掛けた言葉の内容が意外だったらしい。聞いているのかいないのか、曖昧な唸り声で私の声に答えたキースのとろんと眠たそうな瞳が僅かに大きく開かれた。あまり光を反射しない、男のペリドットカラーの瞳がゆらり、揺れる。

「……は」
「クリスマス……もしかして予定があったりするかしら」
「い、や特に予定はねぇ……けど」

 ことん、頭を上に向けたまま首を傾げた私にキースが緩慢な動作で首を振る。しかし、その姿は何だか妙に歯切れが悪い。「……私と過ごすのは嫌かしら」不安になって重ねた問いには「そんなワケあるか」と、やや食い気味の返事が返ってきた。なら、何故そんなに予定を立てることに反応が悪いのか。彼の考えが読めなくて何だか妙に不安な気持ちになる。酷く、悲しそうな顔をしていたらしい。困ったような小さな声で「……泣くなよ」とキースが呟き、腹に巻きついていた男の腕が私の膝裏に回された。くるり、キースの胸を背もたれにしていた私の身体が半回転して、男の膝の中に横抱きの状態に収められる。乾燥してカサついた、角張った指先が優しく私の目尻を撫でて、流れてもない涙を舐めとるように薄い唇が押し当てられた。

「……もう、こんなことで泣いたりしないわ……?」
「お前が神妙な顔、するから」
「あら、あなたのキスでご機嫌が治ると思われてるのね、私」
「違ったか?」
「……違わないけれど」

 視線を俯けて小声で零した私のセリフにキースが喉の奥をくつくつと震わせる。きみがすることだから、許してしまうだけなのに、自分が簡単な人間だと言われているようで何だか複雑だ。ぷく、と膨れた私の頬をキースの指がつついて潰す。ぷしゅ、と空気が抜けた頬を親指と人差し指で挟んだキースが少しだけ、笑った。

「……もう」
「悪かったって……」
「私のご機嫌だけをとって誤魔化さないで……?」
「…………」

 頬に触れる男の指を軽く握って視線だけをキースの方にちら、と向ける。少しだけ言いにくそうにもご、と口を動かして、それから、観念したように小さく男が詰めていた息を吐きだした。がし、と自身の癖のある砂色の髪を掻き回してキースがゆっくり、口を開く。

「……アキ、お前の実家ノースだろ」
「ん……そうね?」
「いや、そうね?って……クリスマスって、家族と過ごすもんなんじゃねぇの」

 ――家族との予定を蔑ろにしてまで、オレに付き合わなくったっていいんだぞ――

 キースの言葉があまりにも意外で、大きく一度瞬きをする。私の反応が以外だったらしい。あの、ブラッドですらクリスマスは実家に帰ってるんだぞ? 続いたキースの言葉に思わず「あの人は普段から実家に帰らないのだからクリスマスくらいは家族とすごした方がいいわ……」と反射で答えてしまう。

「あの人、全然家に帰らないんですもの」
「いや、お前だって実家も両親もいるだろ」
「私はキースとお休みが被らない日にちゃんと帰っているもの。それに……」

 言葉を続けながら、ちらりと恋人の顔を覗き見る。私を見下ろすキースの表情は、ほっとしたような、不安そうな、複雑そうな色をしていた。ブラッドくんに小言を言われずに期限の過ぎた提出物を受け取って貰えた顔……が一番近いだろうか。彼の手を握っていた指を解いて、頬に這わせる。する、と私の手のひらに擦り寄るその姿はまるで大きな猫を思わせた。
 
「家の事、心配してくれてありがとう」
「や、心配っつうか……」
「あのね、やっと私に恋人ができたでしょう?母が父と日本風のクリスマスを過ごすんだ……って張り切っちゃったから、今年の私はお邪魔虫なの」

 だから、今年のクリスマスはキースのために使いたいの。

 私の言葉にキースが頬の中を噛み締めたのが、彼に添えた手のひらから伝わる。にやけそうになる口元を見せないための努力らしい。そんな痩せ我慢が可愛くて、少しだけ背筋を伸ばして男の薄い唇に触れるだけのキスを落とした。ちゅ、と小さなリップ音が静かな部屋に大きく響いた。舌の先で下唇を柔らかくつつくと、キースの熱い舌がぬる、と私のそれに絡んだ。頬を包んでいた手のひらをキースの両手が緩やかに解いて、男の首に私の腕が絡みつく。熱い塊が歯列をなぞり、上顎を撫でる。耳の奥で響く濡れた水音に腰の奥がぞわりと粟立った。どのくらいの時間、そうしていただろうか。一際、大きな音を立ててぬるぬると擦り付けられていた口唇が離れる。キースの大きな手のひらが私の頬を撫で、唾液で濡れた厚みのある唇を男の親指が優しく拭った。仄暗く、甘ったるい視線が熱っぽく此方を見詰めている。

「……なぁ」
「だぁめ」

 ふわ、ふわ、と私の唇を撫でながら紡がれる甘えた声を出すキースの唇に人差し指を押し当てる。こんな動作でぐう、と言葉を飲み込んで静かになってしまうのが、愛おしくて思わず、笑みが溢れた。「……笑うなよ」拗ねたような言葉すら可愛らしくて愛おしい。

「やぁね、続きがしたくない訳じゃないのよ?」
「…………」
「先に、クリスマスに何をするか考えなくちゃ」

 私の家にする?君の家にする?先ずは其処から考えなくちゃ。

私の言葉にキースが諦めたように私の目尻に唇を押し当てる。ケーキもディナーもしっかり準備しましょうね。そう言ってソファの空いたスペースに放られていたタブレットを起動する私の横から興味が薄そうな表情でキースが画面を覗き込んでくるのが出来上がった影でわかった。音を絞ったテレビの画面からは、セントラルシティのクリスマスマーケットの様子を伝えるアナウンサーの高い声が聞こえる。クリスマスマーケットでホットワインを飲むのも楽しいだろう、こうやって、二人で過ごせることになるのなら前々からシュトレンを用意しても良かったかもしれない。去年もその前も、イブは二人で過ごせたけれど、クリスマスの当日はキースの好意で両親と一緒だったから、二人きりのクリスマスに自分の期待が風船のように膨らんでいく。

「…………ふふ」
「なんだよ」
「ん、ううん……なんだか、凄く……幸せだなぁって」
「…………そうかよ」

 変なやつだとキースが笑う。笑いながら髪を梳く、手のひらの熱が優しくて、なんだか泣いてしまいそうだった。
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