ブルーアワーに魅せられて
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深く、沈みこんでいた意識がふわりと浮上する。
本を読みながら眠り込んでしまっていたらしい。しん、と静かな部屋の中でかち、こち、と時計の秒針が時を刻む音だけがやけに大きく響いていた。
くるる……と、喉の奥から声にならない唸り声を上げて、ソファに横たえていた上半身を起こして軽く、伸びをする。枕元に置いていた携帯を手に取って、ホーム画面を起動させると、時計の表記は日付の変わる30分ほど前を示していた。そのまま、画面の上で指を滑らせエリオスチャンネルのアプリを起動させる。午前中を丸々、私のために使ってくれた恋人は確りと自分のためのバースデーパーティーを楽しんでいるようで、日頃滅多に見せることのない、蕩け切ったふわふわとした笑顔をカメラに向けた姿を見て思わず口元が綻んだ。タイムラインに流れてくるパーティーの様子を教えてくれるポストのいくつかに反応をして、さて、眠る前に温かいもので身体を温めようか――と、ソファから立ち上がり掛けたところで、メッセージアプリに通知が入っているのが目に留まる。こんな時間に連絡をしてくる人物に心当たりがなく、私は小さく首を傾げた。誰からの連絡だろうか――アプリを起動して内容を確認する。メッセージの送り主は今回のパーティーの幹事の一人であるフェイスくんで、そのさっぱりとした端的な内容に私の脳内はさらに混乱を極める事になった。
「…………後は、よろしく?」
一体、私の身に何が起こるというのだろうか。
首を傾げたまま、フェイスくんと連絡を取ろうとスマートフォンを耳に当てたところで、ガチャン、と部屋の鍵のシリンダーが落ちる音が聞こえてびくりと大きく肩が震えた。こんな、深夜に一体誰が――意味もなく、呼吸を詰めて廊下の向こうの気配を探る。バタンと音を立てて扉の閉まる音、それから数秒間、玄関先で物音が聞こえた後、間伸びした「帰ったぞ〜?」という声が聞こえて私の身体がばねの付いたおもちゃのようにソファから飛び上がる。両手で握っていた携帯電話を放り投げるようにソファに置いて、玄関へと続くリビングのドアを開いた。起き抜けの目覚めきっていない身体は、気持ちに追いつけていなかったらしい。床を踏む、力の移動を失敗して前につんのめった私の身体を、広い体躯が抱き留める。
「…………は、熱烈」
「……っ……キース……?」
今日は解散も日が変わる頃だろうから、そのまま皆とタワーに帰ると言っていたのだ。だから、前日の夜から午前中までは独り占めをさせて欲しい――なんて、わざわざ休みを取らせるような我儘を言ったのに。恋人の急な帰宅に混乱と喜びが目紛しく頭の中を駆け巡る。唇が上手く言葉を紡げずに「なんで」と「どうして」を繰り返す。そんな私の姿を見たキースが、楽しそうに口元に笑みを浮かべながら彼の身体に埋まったままの私の身体を抱き上げた。ふわり、男の身体に纏わりついた酒精が匂いになって鼻の先を掠める。頬に、目尻に触れる薄い唇が氷のように冷たいのは、気温の下がった街の中を歩いて帰ってきたからだろうか。男の身体に腕を回して、ひやりと冷たい、外の空気を纏った首筋に顔を埋める。甘えるような私の仕草に満足したのか、するする、私の背中をキースの大きな手のひらが優しく撫でていった。徐々に熱を取り戻していく彼の体温が心地良い。ふにゃりと崩れた口元を隠すように、首筋に顔を埋めてしまった私の耳を、柔らかく撫でていく唇が擽ったくて、頭を上げた私は改めてキースの瞳に視線を移した。此方を凝っと見詰めるヘーゼルグリーンの硝子の中で、私の影がゆらゆら、揺れている。
「……お帰りなさい」
「おー……ただいま…………迷惑、だったか?」
「うぅん、とっても嬉しいわ。でも、凄く吃驚したわ……」
どうして、急にこっちに戻ってきたの?
絶え間なく、私の顔に振ってくるキスの雨を、両手で彼の頬を両手で挟んで問いかける。キスの妨害を受けて不満そうな表情を作り、喉の奥で低い唸り声を上げたキースは、私の質問を聞くと嬉しそうに破顔した。「聞きたいかぁ?」酔った人間特有の間伸びした声で私の返事を促す問いを投げかける、目元を赤らめてやけにご機嫌な男の背に触れて「聞きたいから、お部屋まで移動しましょう?」と身体を捻り、私は視線をリビングへとさせた。
「……ん?」
「だって、玄関は寒いでしょう?身体が冷えちゃうわ」
私の視線が自分から外れたのが不満だったらしい。不機嫌そうな声を漏らしたキースのご機嫌を取るように、挟んでいた頬を撫でて赤く染まった目尻に唇を押し当てる。たった、それだけのことですっかり機嫌を直してくれたらしい恋人は、仕方ねぇな……と口の中で呟いて、リビングへと足を向けた。あまり、長くない廊下を抜けて、私を両手で抱えたまま、キースの身体がソファに沈む。邪魔、だったのだろうか、煩わしそうにスリッパを蹴脱いだキースがスプリングの上に胡座を書いて、膝の間に私の身体を嵌め込むように座らせた。慣れ切った、いつもの体勢に安心感があるのだろうか、キースの腕が私の腹に回り、頭が徐に私の胸に埋められた。癖のあるふわふわとした髪が胸元に触れて擽ったい。ぐりぐりと、私の首に顔を埋めるキースの癖のある砂色の髪に触れて梳るように頭を撫でた。アルコールで男の身体が熱っぽいのが触れた指先からじわりと伝わる。
「鍵」
「……?」
しばらくの間、私を抱きしめていたキースが、埋めた胸元から顔を上げないままぽつりと呟いた言葉に私は小さく首を傾げた。彼が使用している合鍵はもう随分と昔、私たちが交際を始める以前に渡した物である。当時の、恋人ではなかったキースが「ホイホイ男にこんなものを預けるんじゃねえよ」とぼやきながら、慎重に制服の胸ポケットにそれをしまい込んでいた姿が懐かしい。「……鍵が、どうしたの?」男の頭を撫でながら、話の続きを促す私の胸から徐にキースが顔を上げた。酔いの冷め切っていない、酒精を纏って蕩けた瞳がぼやりと此方を見詰めて「使いてぇな〜……って、思った」と薄い唇が小さな子供のような口調で動く。
「……鍵を?」
「プレゼント……って、くれたのはお前だろ」
だって、鍵は今年渡した物じゃないでしょう?問いを重ねる私に、つい今朝のことなのに忘れちまったのかと拗ねた顔でキースが唇を尖らせる。これだよ、これ。男がズボンの後ろポケットから引っ張り出した「今朝渡した誕生日プレゼント」を見せられて私は「…………あ」と小さく声を漏らした。
「やーっと思い出したか?」
「ごめんなさい、渡したものはちゃんと覚えていたのだけれど……出かける前に渡しちゃったから、開けてくれていたと思っていなくて」
「さっき、あいつらと飲んでる時に開けた」
「そうだったの……」
「……アキ、お前まさか昨日の“プレゼント”思い出して首傾げてたのか?」
「ち、がいます……っ、それに……夜、渡したものは……その、ね……?」
キースの揶揄うような言葉に、昨晩の妙な熱に浮かされた自分の姿を思い出して口籠る。ちゃり、と音を立ててプレゼント――新品の革のキーケースを丁寧にローテーブルに置いたキースが膝に乗せた私を押し倒すように覆い被さってきた。唇の端が楽しそうに持ち上がっているのは私の気のせいではないだろう。ソファの座面が背中に触れる。触れるか触れないか、ぎりぎりの距離まで近付いた唇が私の唇のすぐ上でゆっくりと開いた。低く、艶のあるキースの声が、今日はアルコールを纏ってとろりと緩やかに私の耳を柔らかく撫でていく。
「……おまえは、いつもオレに帰る場所をくれるんだな」
「私が、キースを此処に縛りたいだけだわ……」
――あなたが帰ってきてくれなくちゃ、寂しいんだもの、私――
アルコールに融けたキースの瞳が僅かに開かれた。何か言いたげに薄く開かれた唇に自身の口唇を押し当てて彼の言葉を閉じ込める。舌を伸ばして突いた唇から強い、お酒の味がした。ちゅう、と音を立てて唇を離すと男の目尻が熱を帯びて赤く染まっているのが見える。両手を伸ばして、キースの外気で冷えた頬に触れ、髪に隠れた左目を親指で撫でると、男の頭が甘えるように手のひらに擦り寄った。いつも、鍵を裸のままポケットに入れているでしょう? 無くしてしまわないか、心配だったの――頬を撫で、甘ったるく語る私の声にのたりと緩慢な仕草でキースが頷く。眠たく、なってきたのだろうか、被さっていた男の両腕から力が抜けて、私の上に成人男性の体重が伸し掛かる。重くて、圧迫された身体が少しだけ苦しい。でも、甘えられているのだ、と思うと酷く幸せな重みだと、思った。
「眠たくなっちゃた?」
「んー……」
「寝ても、いいよ」
お布団まで、運んであげることはできないけれど
私の言葉に、眠たそうに眦を下げたキースが唇の端だけを持ち上げて笑う。背中に腕を回して、小さな子供をあやすようにとん、とん、と背中を撫でているとしばらくして穏やかな寝息が聞こえてきた。背回した腕をぐ、と伸ばして男の大きな身体を力一杯、抱き締める。広い胸に顔を寄せると、とくとく、キースの心臓が一定のリズムで時を刻む音が聞こえた。穏やかな心音に、私の呼吸も少しずつ、ゆっくり、深くなっていく。静かな寝息を立てている、男の顎へ首を伸ばして唇を寄せた。
「……生まれてくれて、ありがとう」
「好き……大好きよ。キース」
小さく、ささめいた私の声は、男の耳に届くことはなく、しんと静かなリビングへと霧散する。
それで、いい。
それで、よかった。
深く、静かな男の呼吸を聞きながら、自身の意識も静かに、深く沈んでいく。明日、屹度何も覚えていないだろうキースが驚いて私を揺り起こすだろう未来をぼんやり、思い描きながら。
本を読みながら眠り込んでしまっていたらしい。しん、と静かな部屋の中でかち、こち、と時計の秒針が時を刻む音だけがやけに大きく響いていた。
くるる……と、喉の奥から声にならない唸り声を上げて、ソファに横たえていた上半身を起こして軽く、伸びをする。枕元に置いていた携帯を手に取って、ホーム画面を起動させると、時計の表記は日付の変わる30分ほど前を示していた。そのまま、画面の上で指を滑らせエリオスチャンネルのアプリを起動させる。午前中を丸々、私のために使ってくれた恋人は確りと自分のためのバースデーパーティーを楽しんでいるようで、日頃滅多に見せることのない、蕩け切ったふわふわとした笑顔をカメラに向けた姿を見て思わず口元が綻んだ。タイムラインに流れてくるパーティーの様子を教えてくれるポストのいくつかに反応をして、さて、眠る前に温かいもので身体を温めようか――と、ソファから立ち上がり掛けたところで、メッセージアプリに通知が入っているのが目に留まる。こんな時間に連絡をしてくる人物に心当たりがなく、私は小さく首を傾げた。誰からの連絡だろうか――アプリを起動して内容を確認する。メッセージの送り主は今回のパーティーの幹事の一人であるフェイスくんで、そのさっぱりとした端的な内容に私の脳内はさらに混乱を極める事になった。
「…………後は、よろしく?」
一体、私の身に何が起こるというのだろうか。
首を傾げたまま、フェイスくんと連絡を取ろうとスマートフォンを耳に当てたところで、ガチャン、と部屋の鍵のシリンダーが落ちる音が聞こえてびくりと大きく肩が震えた。こんな、深夜に一体誰が――意味もなく、呼吸を詰めて廊下の向こうの気配を探る。バタンと音を立てて扉の閉まる音、それから数秒間、玄関先で物音が聞こえた後、間伸びした「帰ったぞ〜?」という声が聞こえて私の身体がばねの付いたおもちゃのようにソファから飛び上がる。両手で握っていた携帯電話を放り投げるようにソファに置いて、玄関へと続くリビングのドアを開いた。起き抜けの目覚めきっていない身体は、気持ちに追いつけていなかったらしい。床を踏む、力の移動を失敗して前につんのめった私の身体を、広い体躯が抱き留める。
「…………は、熱烈」
「……っ……キース……?」
今日は解散も日が変わる頃だろうから、そのまま皆とタワーに帰ると言っていたのだ。だから、前日の夜から午前中までは独り占めをさせて欲しい――なんて、わざわざ休みを取らせるような我儘を言ったのに。恋人の急な帰宅に混乱と喜びが目紛しく頭の中を駆け巡る。唇が上手く言葉を紡げずに「なんで」と「どうして」を繰り返す。そんな私の姿を見たキースが、楽しそうに口元に笑みを浮かべながら彼の身体に埋まったままの私の身体を抱き上げた。ふわり、男の身体に纏わりついた酒精が匂いになって鼻の先を掠める。頬に、目尻に触れる薄い唇が氷のように冷たいのは、気温の下がった街の中を歩いて帰ってきたからだろうか。男の身体に腕を回して、ひやりと冷たい、外の空気を纏った首筋に顔を埋める。甘えるような私の仕草に満足したのか、するする、私の背中をキースの大きな手のひらが優しく撫でていった。徐々に熱を取り戻していく彼の体温が心地良い。ふにゃりと崩れた口元を隠すように、首筋に顔を埋めてしまった私の耳を、柔らかく撫でていく唇が擽ったくて、頭を上げた私は改めてキースの瞳に視線を移した。此方を凝っと見詰めるヘーゼルグリーンの硝子の中で、私の影がゆらゆら、揺れている。
「……お帰りなさい」
「おー……ただいま…………迷惑、だったか?」
「うぅん、とっても嬉しいわ。でも、凄く吃驚したわ……」
どうして、急にこっちに戻ってきたの?
絶え間なく、私の顔に振ってくるキスの雨を、両手で彼の頬を両手で挟んで問いかける。キスの妨害を受けて不満そうな表情を作り、喉の奥で低い唸り声を上げたキースは、私の質問を聞くと嬉しそうに破顔した。「聞きたいかぁ?」酔った人間特有の間伸びした声で私の返事を促す問いを投げかける、目元を赤らめてやけにご機嫌な男の背に触れて「聞きたいから、お部屋まで移動しましょう?」と身体を捻り、私は視線をリビングへとさせた。
「……ん?」
「だって、玄関は寒いでしょう?身体が冷えちゃうわ」
私の視線が自分から外れたのが不満だったらしい。不機嫌そうな声を漏らしたキースのご機嫌を取るように、挟んでいた頬を撫でて赤く染まった目尻に唇を押し当てる。たった、それだけのことですっかり機嫌を直してくれたらしい恋人は、仕方ねぇな……と口の中で呟いて、リビングへと足を向けた。あまり、長くない廊下を抜けて、私を両手で抱えたまま、キースの身体がソファに沈む。邪魔、だったのだろうか、煩わしそうにスリッパを蹴脱いだキースがスプリングの上に胡座を書いて、膝の間に私の身体を嵌め込むように座らせた。慣れ切った、いつもの体勢に安心感があるのだろうか、キースの腕が私の腹に回り、頭が徐に私の胸に埋められた。癖のあるふわふわとした髪が胸元に触れて擽ったい。ぐりぐりと、私の首に顔を埋めるキースの癖のある砂色の髪に触れて梳るように頭を撫でた。アルコールで男の身体が熱っぽいのが触れた指先からじわりと伝わる。
「鍵」
「……?」
しばらくの間、私を抱きしめていたキースが、埋めた胸元から顔を上げないままぽつりと呟いた言葉に私は小さく首を傾げた。彼が使用している合鍵はもう随分と昔、私たちが交際を始める以前に渡した物である。当時の、恋人ではなかったキースが「ホイホイ男にこんなものを預けるんじゃねえよ」とぼやきながら、慎重に制服の胸ポケットにそれをしまい込んでいた姿が懐かしい。「……鍵が、どうしたの?」男の頭を撫でながら、話の続きを促す私の胸から徐にキースが顔を上げた。酔いの冷め切っていない、酒精を纏って蕩けた瞳がぼやりと此方を見詰めて「使いてぇな〜……って、思った」と薄い唇が小さな子供のような口調で動く。
「……鍵を?」
「プレゼント……って、くれたのはお前だろ」
だって、鍵は今年渡した物じゃないでしょう?問いを重ねる私に、つい今朝のことなのに忘れちまったのかと拗ねた顔でキースが唇を尖らせる。これだよ、これ。男がズボンの後ろポケットから引っ張り出した「今朝渡した誕生日プレゼント」を見せられて私は「…………あ」と小さく声を漏らした。
「やーっと思い出したか?」
「ごめんなさい、渡したものはちゃんと覚えていたのだけれど……出かける前に渡しちゃったから、開けてくれていたと思っていなくて」
「さっき、あいつらと飲んでる時に開けた」
「そうだったの……」
「……アキ、お前まさか昨日の“プレゼント”思い出して首傾げてたのか?」
「ち、がいます……っ、それに……夜、渡したものは……その、ね……?」
キースの揶揄うような言葉に、昨晩の妙な熱に浮かされた自分の姿を思い出して口籠る。ちゃり、と音を立ててプレゼント――新品の革のキーケースを丁寧にローテーブルに置いたキースが膝に乗せた私を押し倒すように覆い被さってきた。唇の端が楽しそうに持ち上がっているのは私の気のせいではないだろう。ソファの座面が背中に触れる。触れるか触れないか、ぎりぎりの距離まで近付いた唇が私の唇のすぐ上でゆっくりと開いた。低く、艶のあるキースの声が、今日はアルコールを纏ってとろりと緩やかに私の耳を柔らかく撫でていく。
「……おまえは、いつもオレに帰る場所をくれるんだな」
「私が、キースを此処に縛りたいだけだわ……」
――あなたが帰ってきてくれなくちゃ、寂しいんだもの、私――
アルコールに融けたキースの瞳が僅かに開かれた。何か言いたげに薄く開かれた唇に自身の口唇を押し当てて彼の言葉を閉じ込める。舌を伸ばして突いた唇から強い、お酒の味がした。ちゅう、と音を立てて唇を離すと男の目尻が熱を帯びて赤く染まっているのが見える。両手を伸ばして、キースの外気で冷えた頬に触れ、髪に隠れた左目を親指で撫でると、男の頭が甘えるように手のひらに擦り寄った。いつも、鍵を裸のままポケットに入れているでしょう? 無くしてしまわないか、心配だったの――頬を撫で、甘ったるく語る私の声にのたりと緩慢な仕草でキースが頷く。眠たく、なってきたのだろうか、被さっていた男の両腕から力が抜けて、私の上に成人男性の体重が伸し掛かる。重くて、圧迫された身体が少しだけ苦しい。でも、甘えられているのだ、と思うと酷く幸せな重みだと、思った。
「眠たくなっちゃた?」
「んー……」
「寝ても、いいよ」
お布団まで、運んであげることはできないけれど
私の言葉に、眠たそうに眦を下げたキースが唇の端だけを持ち上げて笑う。背中に腕を回して、小さな子供をあやすようにとん、とん、と背中を撫でているとしばらくして穏やかな寝息が聞こえてきた。背回した腕をぐ、と伸ばして男の大きな身体を力一杯、抱き締める。広い胸に顔を寄せると、とくとく、キースの心臓が一定のリズムで時を刻む音が聞こえた。穏やかな心音に、私の呼吸も少しずつ、ゆっくり、深くなっていく。静かな寝息を立てている、男の顎へ首を伸ばして唇を寄せた。
「……生まれてくれて、ありがとう」
「好き……大好きよ。キース」
小さく、ささめいた私の声は、男の耳に届くことはなく、しんと静かなリビングへと霧散する。
それで、いい。
それで、よかった。
深く、静かな男の呼吸を聞きながら、自身の意識も静かに、深く沈んでいく。明日、屹度何も覚えていないだろうキースが驚いて私を揺り起こすだろう未来をぼんやり、思い描きながら。
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