大きなあなたと
あなたの名前は?
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ガンっ!バンっ!パリン!
リビングの方から聞こえてきたただならぬ音。
そして微かに聞こえたくぐもった声。
すぐに権兵衛さんの身に何か起こったのだと感じた。
考えるよりも早く体は動いていて、リビングの扉を勢いよく開けた。
「権兵衛さん!大丈夫ですか!?」
「……れーくん………だいじょばない……」
「…………ぶつけたんですか?」
「………小指……痛い……」
僕の目に飛び込んできたのは、蹲り足を押さえている権兵衛さんと床に物が散らばっている光景だった。
他には変わった様子はない。
どうやら権兵衛さんが足の小指をチェストにぶつけただけの様だった。
「状況から見て、チェストに足をぶつけて、驚きと痛みで腕を大きく振ったため、チェストの上のものを叩き落としたというところですかね」
「………多分、そうかも…」
「取り合えず、少し移動しましょう。
落ちたものが散らばってますから」
「うう……はい…」
権兵衛さんに手を差し出すと、彼女はゆっくりと僕の手を取った。
そんな彼女の手を引きながら、立ち上がらせ、ソファへと誘導する。
権兵衛さんをソファに連れて行きながら先ほどのことを思い返す。
………一瞬、最悪の状況が頭の中を過った。
まだ昼間だが、泥棒と鉢合わせして…なんてことも考えたのだ。
しかし、もしそうだったとしたら、僕の今の行動は良くなかった。
権兵衛さんを人質に取られてしまう可能性だってあったわけだ。
普段の僕であれば、もう少し慎重に行動しただろう。
権兵衛さんに何かあったのではないかと思ったら、いてもたってもいられなかった。
こんな調子で僕は彼女から離れることが出来るんだろうか…。
そんなことを思ったが、離れる離れられないの問題ではないことは分かっている。
僕は帰らなくちゃいけない。
でも、僕がいない間に権兵衛さんに何かあったらどうしたらいいのだろうか。
そんなことを考えながら、ふっと思う。
元の世界に戻ったら、権兵衛さんの身に何かあったとしても僕には知る方法がない、か。
権兵衛さんがソファに座ったのを確認し、念のために彼女の足を確認することにした。
「何っ!?」
考え事をしながらだったため、権兵衛さんに足を触ることに関して承諾を得るのを失念していた。
権兵衛さんにしてみれば、突然、足を触られたのだから、驚くのは無理もない。
「小指、念のために診ておきましょう」
「……れい君はお医者さんだったの?」
「違いますよ」
小首を傾げている権兵衛さんに苦笑しながら、彼女の足の小指をそっと触る。
腫れている様子もないし、触れてみても権兵衛さんはくすぐったそうにするだけだった。
まぁ、大事には至ってないだろう。
それにしても……足も小さいんだな。
思わずまじまじと権兵衛さんの足を見つめていると、頭上から小さく笑う声が聞こえた。
「ふふ……れい君、くすぐったい……」
「大丈夫そうですね」
「まぁ、ぶつけただけだから…痛いは痛いけど、折れたりはしてないと思う」
「念のためですよ。
いろいろ散乱してましたから、ぶつけた以外にも怪我がないか確認したかったので」
「あらまぁ、心配おかけしまして……でも、よくあることだから気にしないで」
「よくある…?」
権兵衛さんの話を聞いていると、一緒に過ごしてきた中で思い当たる場面をいくつか思い出した。
今回ほどではないにしろ、ぶつかりそうになったり、転びそうになったりしている。
なんというか……より心配になってきたんだが…。
そんな時、ふっと権兵衛さんからもらった根付の存在を思い出した。
そういえば、僕がもらった根付は魔除けの意味があるんだったな。
そのおかげか知らないが、ここまで命を落とすことなく過ごせてきている。
根付のおかげというよりも、権兵衛さんの想いのおかげかもしれない。
ならば、今度は僕の代わりに権兵衛さんを守ってくれるように想いを込めようか。
すぐさま、カバンの中から根付のついた財布を取り出す。
根付についたガラス玉はどうすべきか迷ったが、このまま権兵衛さんに渡してもいいような気がした。
何の根拠もないが、この世界に来てからついたものだからこの世界にあった方がいいだろう。
僕の行動を不思議そうに見ている権兵衛さんの隣に再び腰を下ろし、根付を権兵衛さんに差し出す。
「……あれ、これ…」
懐かしそうな顔をする権兵衛さん。
そんな彼女の手を取り、根付を乗せる。
手に根付を乗せられ、権兵衛さんはきょとんとした顔で僕を見てきた。
「ん?」
「これは権兵衛さんにお返しします」
「え、いいよ!
れい君にあげた奴だし…あ、まぁ、効果なくて返品ってことなら受け取るけど」
「効果は…そうですね、あったんじゃないですか?
命に関わるような怪我はしませんでしたから」
効果がない、なんて思ってもいないし、できれば権兵衛さんからもらったものだから側に置いておきたい。
しかし、それ以上に、権兵衛さんの身を僕の代わりに守ってくれるのなら惜しくはない。
「僕は十分助けてもらったので僕が……いえ、今度は権兵衛さんのことを守ってくれたらいいな、と思いまして」
「れい君が持っててくれた方が嬉しいのに」
ただ権兵衛さんは困ったような顔をしている。
もう一押しが必要か。
ちらりとテーブルに乗った権兵衛さんのスマホが目に入る。
彼女のスマホにも同じ根付がついている。
権兵衛さんのは魔除けではなく、良縁だったか。
「………じゃあ、交換にしませんか?」
「交換?」
「ええ、権兵衛さんがスマホにつけてる方と」
「これと?」
自分のスマホを持ち上げ、根付を見せてきた。
自分の根付をじっと見たあと権兵衛さんは僕の方を見てきた。
言葉には出していないが、「本当にこれでいいの?」と顔にかいてある。
そんな権兵衛さんの様子に思わず苦笑してしまった。
根付の効果よりも、権兵衛さんがずっと持っていたものだということと、元の世界に戻っても権兵衛さんのことを忘れないということが重要だ。
そして、僕たちをまた逢わせてくれるのではないかという淡い希望も少しだけこもっている。
「こっちのは効果ないよ?」
「効果は…まぁ、どっちでもいいです。
取り合えず、権兵衛さんは大きな事件に巻き込まれるようなことはないかもしれませんが、今日みたいなことはよくあるみたいなので」
「そんなに心配しなくても」
「権兵衛さんが根付交換してくれたら、安心できそうですね」
「………そんなに言うなら仕方ないかー」
権兵衛さんは少し考えるような仕草をしたが、きっと了承するだろう。
彼女は僕に甘いから。
もちろん、権兵衛さんが本気で嫌がっているとしたら、僕も自分の考えを押し通すつもりはない。
ふうっと小さく息を吐く音がしたかと思えば、権兵衛さんはスマホから根付を外し、僕の手のひらに乗せた。
「これで安心できるかな?」
「……はい、ありがとうございます」
「うんうん、良縁あると良いね~」
「……そうですね」
手のひらに乗せられた根付をじっと見つめる。
魔除けの根付とは違って、淡い桃色のパワーストーンに権兵衛さんの甘く優しい笑みが浮かぶ。
ぎゅっと受け取った根付を握りしめながら、心に誓う。
元の世界へ戻っても彼女のことは、忘れない、と。
そして再び彼女に逢うことが出来ますように、とまだ別れていないのに願ってしまう。
そんなことを思っていると、チェストの周りを片付け始めていた権兵衛さんから再び声が上がった。
「あっ…!」
「権兵衛さん?大丈夫ですか?」
権兵衛さんの側まで行くと、権兵衛さんは手に持っていたものを僕に差し出した。
権兵衛さんが手に持っていたのは以前作ったフォトフレームだ。
良く見てみると、ところどころ貝殻が割れてしまっていた。
「貝殻割れちゃった」
「前作った奴ですね」
「うん…あー…これ、薄い貝殻だったから落ちた衝撃で割れちゃったのかな…」
割れてしまった貝殻の欠片を拾いながら、権兵衛さんはため息を吐いた。
だいぶ細かく割れているため修復するのには時間がかかるだろう。
残念そうな権兵衛さんを見ていると、自然と言葉が出ていた。
「権兵衛さん」
「ん?」
「明日、海に行きませんか?」
「……ん?」
「もう一度、貝殻拾いに行きませんか?」
「…れい君……」
僕の言葉に権兵衛さんはゆるゆると微笑む。
あまりに甘い微笑みに、僕の心臓が煩いくらい高鳴る。
それを誤魔化すかのように言葉を続ける。
「幸いにも明日の天気は晴れですし……まぁ、無理にとは言いませんが」
「……ううん、無理じゃない!
行こう!海!貝殻の旅へ…!」
貝殻の旅を宣言すると権兵衛さんは、再び床を片付け始めた。
そんな彼女を手伝いながら、明日の予定について話をするのだった。
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