大きなあなたと
あなたの名前は?
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玄関の扉が閉まると同時に鳴った電話は、僕が何もしなくても当然のように通話中に切り替わった。
権兵衛さんにバレないようにこの場を足早にこの場を離れながら、スマホに耳を傾け、内容を確認する。
もし、前回と同じようにここへ来る前のやり取りが繰り返されるとしたら、電話の内容は今回の任務についてだ。
『ハァイ、バーボン』
やはり相手はベルモットだ。
今回は通話だが…僕が喋らなくても会話は成立するのだろうか。
この時のやり取りは一語一句覚えているため、会話を再現することも可能だが……僕が喋らなかった場合、どうなるのかも気になる。
いや、そもそも本当に同じやり取りが繰り返されるのかどうかも定かではない。
ひとまず様子を見るとするか。
『………この間の任務の話だけれど、予定通り進めてちょうだい』
僕が喋らなくても会話が成り立っているようだ。
ベルモットが話している内容もこの世界に来る前の任務についてで間違いないだろう。
僕が覚えている限りベルモットの話もそのままだった。
やはり、スマホに記された日付と時間通りになっている。
『あなたにとっては簡単すぎるかもしれないわね…』
ベルモットがそう言ってしばらくすると通話が切れた。
再び日付と時間が画面に映る。
それを見ながら思うことは、もう時間がない、ということだった。
いつかは帰ることは分かっていたが、実際にタイムリミットが示されると複雑な気持ちになる。
もちろん、僕がやるべきことをやるために何があっても元の世界に帰る。
ただ、そう思っているのに権兵衛さんの顔がちらりと頭の中を過る。
手放したくないと、思ってしまっている自分がいる。
しかし、僕が手放したくないというだけで、どうすることもできない。
それに……僕がいるべき世界よりも、この世界に居た方が権兵衛さんは安全だし、平和に暮らせるだろう。
子どもの姿になった時と今回で約2週間ほどこの世界に居たが、権兵衛さんの周りでは事件も事故も全く起こらなかった。
もちろん、ニュースでは事故や事件の報道がされることもあったが、権兵衛さんの周りでは今のところない。
絶対とは言い切れないが、今後もよほどのことがない限り、権兵衛さんの周りは平和なんだろう。
いや、ただ単に平和であってほしいと僕が思っているだけだが。
僕がいるべき世界ではきっとそんな風にはいかないだろう。
そもそも僕と関わったことで危険な目に合わせる可能性だってある。
「……タイミングが良いのか悪いのか……」
思わずため息が零れた。
権兵衛さんと一緒に居られる時間は残り僅か。
それを考えると僕の気持ちを伝えなくて良かったのかもしれない。
何気なく目線をあげ、立ち止まる。
心の中の矛盾した思いに重苦しい空気とは裏腹に見上げた空は綺麗な青空だった。
その青空に似合う少し暖かい風が優しく髪を揺らす。
「帰るか」
その風に、権兵衛さんの笑顔と優しく頭を撫でる手を思い出してしまうのだから重症だ。
残り時間が少ないのだから、側に居られるだけ居たい。
そう思うと自然と走り出していた。
遠くまでは来ていなかったため、すぐに部屋へ戻ることが出来た。
扉を開けると、何やら話し声とパタパタと足音が聞こえる。
玄関先には権兵衛さんの靴しかないため、客人が来ているわけではなさそうだ。
だとしたら電話中だろうか。
リビングへと続く扉を開くと、権兵衛さんの姿はなかった。
しかし、権兵衛さんの自室のドアが半開きになっており、権兵衛さんが話す声が聞こえてくる。
「あ、そういえばまだ返してなかったっけ…ごめん、すっかり忘れてた」
ちらりと中を覗き込めば、本棚から漫画を取り出しながら権兵衛さんが話している。
「そうなんだ、へー、それじゃあ、読んでみようかな」
そのあとは権兵衛さんの声はあまり聞こえてこなかったが、相槌を打っていることから電話の相手がいろいろ話をしているのだろう。
しばらくは話が終わらなそうだな。
取り合えず、簡単にシャワーを浴びて着替えを済ませる。
ソファに腰を下ろして、テレビでもつけようかとリモコンに伸ばした手が止まる。
机の上に置いてある漫画に目に思考が止まる。
「…………僕たち…か?」
2冊ほど置いてある漫画を手に取りじっくりと眺めてみる。
権兵衛さんの話やパソコンで調べた情報としては僕のいた世界は漫画で描かれているということを知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
…『警察学校編』と書いてある。
表紙には僕と同期の4人と思われる人物が描かれている。
つまり、僕らの警察学校時代の話が描かれているということだろう。
パソコンでは僕が知らないことに関しては文字化けして知ることが出来なかった。
漫画自体はどうなっているのだろう。
何か情報が得られるかもしれないという期待と、ただ純粋に自分が漫画になっているということがどういうことなのか確認してみたいと思った。
「………………」
読み進めながら思ったのは、確かにこういうことがあったな、という思いだった。
しかし、それと同時に自分の視点とは違う視点から話が進んでいるため、少し不思議な感覚でもあった。
なるほど、漫画になるというのはこういうことか…。
自分を客観的に見ている、という感じだろうか。
思っていたよりも抵抗なく観ることが出来た。
ただ漫画になっているということはそれを大勢の人が見ているということで…なんとなく気恥ずかしくも感じる。
しかし、そのおかげで権兵衛さんも僕のことを知ってくれているのだから悪いことばかりとは言えない。
これは過去の話だからなのか、ほとんど読むことが出来た。
ただ漫画の後半の機密事項と書かれたページ以降は文字化けして読むことが出来なかった。
そのまま下巻に手を伸ばし、ページを捲る。
僕も若かったからかもしれないが、なんというか……。
「こんな表情してたのか」
これが全て正しいのかわからないが、他の4人の表情は僕が覚えているものと十分重なっている。
だから、僕の表情もきっとこんな感じだったんだろう。
……これを権兵衛さんもみているのかと思うと……少し恥ずかしいのは何故だろう…。
そんなことを考えていたら、どうやら電話を終えた権兵衛さんが部屋から出てきたようだ。
しかし、ドアの前から微動だにしていない。
権兵衛さんの方を見たわけではないが気配と…すごい視線を感じるんだが…。
まぁ、理由はなんとなくわかる。
僕がこの漫画を読んでいることが原因なのだろう。
動きがなかった権兵衛さんが、しばらくすると動き出した。
しかし……動きが硬い。
思わず吹き出しそうになるのを堪え、手元に視線を戻す。
「お……おかえりなさい、れい君」
「あ…ただいま、権兵衛さん。
誰かと電話中だったみたいですね」
「あ、うん、友達と……」
明らかに動揺が隠せていない権兵衛さんだったが、そんな様子が珍しくてついからかいたくなった。
権兵衛さんには目を向けず、漫画を読むふりをする。
「……それ、面白い?」
「これですか?」
僕が思ったよりも動揺しているらしい。
権兵衛さんは直接漫画についての感想を聞いてきた。
しかし、視線は泳いでいるし、自分で面白いか感想を聞いてきた割に居心地悪そうにしている。
「うん……えっと…その…」
「ええ、面白いですよ」
「そう……」
「権兵衛さん?」
「あ、ううん、なんでもない!
面白いんならいいの!
どうぞどうぞ、お楽しみください!」
当たり障りのない返事を返すと、権兵衛さんはこれ幸いといった感じで紙袋を手に取ると足早にリビングから出て行った。
この場からすぐに消え去りたい!という気持ちが表に出過ぎていて、権兵衛さんの姿が見えなくなると同時に吹き出してしまった。
「本当に……見てて飽きないな…」
あんな挙動不審な様子を見ても、思わず頬が緩んでしまう自分は本当に彼女が好きなのだと改めて思う。
それと同時に、残された時間が残り僅かであることに胸が締め付けられる。
権兵衛さんと過ごす残りの時間を、どう過ごそうか。
そんなことばかり考えてしまう自分に思わず苦笑するしかなかった。