大きなあなたと
あなたの名前は?
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微かに鳴っているスマホのアラームに気付き、意識が浮上した。
そういえば、スマホは寝転がった時に枕元に放っていた。
手探りでスマホを探し、アラームを止める。
昨夜はソファで寝てしまった権兵衛さんをベッドの運び、そのまま彼女のベッドに横になった。
権兵衛さんが僕の服の裾を掴んで離さなかったからだ。
いや、権兵衛さんのせいにしながら、僕が離れたくなかっただけか。
権兵衛さんの寝顔をしばらく見ていたが、どうやらいつの間にか寝てしまったらしい。
権兵衛さんはちょうど僕に背中を向けている状態だが、規則正しい呼吸音が聞こえているため、まだ寝ているのだろう。
アラーム音も大した音量ではなかったため、権兵衛さんが起きることもなかった。
子どもの姿だった時にはさほど狭くは感じなかったが、権兵衛さんが小柄なことを考慮しても流石に大人二人が寝転がるには狭い。
少し体制を変えようとしただけで、ベッドが軋む。
いつ権兵衛さんは目を覚ますだろうか、と思いながら、昨日の出来事を思い出す。
少し考えて、ため息を吐きたくなった。
流石に…やり過ぎた。
他の男の話が出ただけで嫉妬し、権兵衛さんを独占したい欲にかられ、彼女に触れてしまった。
手へのキスだけならまだしも……いや、それも本来なら恋人でもない相手にするのはどうかと思う。
権兵衛さんの優しさと酔っていることにつけこんだ自覚はある。
もしかしたら酔っていて覚えていないかもしれないし、たとえ覚えていたとしても権兵衛さんであれば笑って受け入れてくれると、これまでの言動から確信している。
それが僕だからなのか、誰にでもそうなのかはわからないが。
まぁ、その結果、欲求不満なのかと勘違いされたわけだが…確かに想いを告げるようなことはしていない。
何処まで覚えているだろうか、どこまで話すべきだろうか…。
昨日の反応からしても、僕が権兵衛さんのことを好きだということは少しも考えてなさそうだった。
好意を伝えた所で、どこまで本気にしてもらえるか、微妙なところではある。
……最初に出会ったのが子どもの姿ではなかったら、違ったかもしれない。
「んん……」
「………起こしたか?」
「…………」
くぐもった声がして、一瞬、権兵衛さんが起きたのかと思ったが、寝返りを打っただけのようだ。
寝返りをしたため、権兵衛さんの顔がよく見えるようになった。
それと同時に、少し毛布を引っ張り、手繰り寄せるような行動をした。
いつもまっすぐに僕を見つめる瞳は閉じられ、優しく僕を呼ぶ唇は今は静かだ。
寝る前にも散々眺めた寝顔だが、ずっと見ていられる気がする。
しばらく眺めていると、権兵衛さんは体を丸めるように毛布の中に入り込もうとした。
小動物が暖をとる時に体を丸めるような姿に思わず笑ってしまった。
春先といっても朝はまだ冷えるのだろう。
寒くないように毛布を掛けなおそうと手を伸ばしたところで、権兵衛さんが動いた。
「……」
毛布を掴む前に僕の手は宙で静止することになった。
何を思ったのか、いや、寝ているから寝ぼけているだけだとは思うが、権兵衛さんが僕の方に擦り寄ってきた。
ぴったりと僕の胸元に顔を寄せる権兵衛さんに、思わず頭を抱えたくなった。
……寝てるのに…可愛すぎやしないか?
僕が子どもの姿だった時に寝ぼけた権兵衛さんに抱き枕にされたことを、ふっと思い出した。
子どもの姿だった時には、権兵衛さんの方が先に起きていたからわからなかったが…もしかしたら抱き着く癖でもあるのかもしれない。
抱き枕があったら、コアラみたいに抱き着いて寝るんだろうか。
そんなことを考えていたら、再び権兵衛さんが身じろぎをした。
どうやら足を動かしたらしい。
だが、それは僕の思考を停止させるほどの威力があった。
「…っ!?」
権兵衛さんが動かした足は、僕の足を撫でるよう擦り寄ってきた。
膝上あたりから足首あたりまで何かを確かめるように、ゆっくりと撫でている。
実際に権兵衛さんがどんな風に足を動かしているか見えないが、足全体を僕の足に乗せるように擦っているため、容易にどんな体制なのか想像がつく。
お互いにズボン越しではあるが、密着している部分が広いため、彼女の熱と柔らかさを感じ取ってしまった。
寝ぼけているとはいえ……さすがにこれは……。
………え、今、理性を試されてるんだろうか……?
流石にこれ以上撫でられたら僕の身が持たないし、権兵衛さんが危険だ。
胸に擦り寄っている権兵衛さんから離れるのは名残惜しいが、足は避けた方がいいだろう。
僕がベッドから降りようと体を動かすと、何かを感じ取ったのか、権兵衛さんは摺り寄せた足を僕の足に絡ませ、ぐっと引き寄せるような行動をした。
それによって足が密着しているだけでなく、権兵衛さんの体との密着度も上がってしまった。
何とも思っていない相手であれば、それほど動揺することもなかったかもしれない。
無防備に絡ませてくる足を撫でたい衝動を理性で抑え込む。
はぁ、と深く息を吐いて気持ちを落ち着けようとする。
あまり意味がないような気もするが、しないよりはましだろう。
そんなことを思っていたら、急に権兵衛さんの体に力が入るのが分かった。
不思議に思い、僕の胸に擦り寄る権兵衛さんの顔を見れば、目は閉じたままだが、眉間に皺を寄せ、唇をぎゅっと一文字にしている。
…どうやら目が覚めたらしい。
普段から表情は豊かな人ではあるが……寝起きだからなのかいつも以上に感情が読み取りやすい。
かなり動揺している。
権兵衛さんの動揺具合を見ていると、自分自身はだんだんと落ち着いてきた。
昨日のことを何処まで覚えているかわからないが、必死で記憶を辿っていると顔に書いてある。
そんな権兵衛さんの様子に、笑ってしまいそうになるのを、耐える。
しばらくすると、そうっと権兵衛さんが瞼をあげた。
僕が見ているのにはまだ気づいていないようで、ぱちぱちと目の前を凝視している。
ふうっと安堵のため息を吐くと、そろりそろりと顔をあげてきた。
権兵衛さんの顔を見たら「なぜここに?」と考えているのが伝わり、思わず笑ってしまった。
隣に僕が寝ているのを見た権兵衛さんの表情を昨日の夜、寝る前に考えた。
それとあまり相違ない表情にちょっとした悪戯心が顔を出す。
「お……おはようございます…」
「………おはようございます、権兵衛さん」
「……足癖が悪くてごめんなさ……ぎゃっ!」
そう言いながら権兵衛さんが足を動かす。
そんな彼女の肩を少し押し、自分の体を起こす。
ごろんと何の抵抗もなく転がった権兵衛さんの頭の両側に手をつき、にっこりと彼女の顔を見つめる。
権兵衛さんはといえば、再び頭に疑問符を浮かべているようで目が点になっている。
……まぁ、これまでの権兵衛さんの言動からしたら、こういう反応されるのも納得ではあるが……もう少し慌ててくれてもいいんじゃないだろうか。
思わず眉間に皺が寄りそうになったが、ここはポーカーフェイスを駆使して不満は胸の内にしまう。
「あんな風に足を撫でるものだから……朝から誘われてるのかと思いましたよ?」
「ひえ………」
権兵衛さんはまるで奇怪なものを見たかのような声をあげた。
………少しくらいは照れたりしないんだろうか…。
一筋縄ではいかないことはわかっているが、僕が権兵衛さんに振り回されているように、僕に少しくらいは振り回されてほしい。
何処か意識が別のところに行っている権兵衛さんに声をかける。
「まだ足りなかったんですか?」
「…ん?」
「一晩中、僕のことを離さなかったんですよ」
「……!?」
振りほどこうと思えばできることをしなかったのは僕自身だが、それに気付かれないように話をする。
満更でもなかったことは秘密にしておかないとな…と思い、なんでも見透かしてしまいそうな権兵衛さんの瞳から目を逸らす。
しかし、この言動は間違いだったとすぐに思い知らされることになった。
何の反応もない権兵衛さんを不審に思い、視線を戻すと権兵衛さんは照れるでも恥ずかしがるでもなく目を大きく見開いて固まっていた。
「……権兵衛さん?」
呼びかけても自分の世界に入ってしまっているようで反応がない。
………一体、何を考えているんだ…。
ふっとまた変な勘違いをしているんじゃないだろうかと、不安がよぎる。
すると突然、声にならない声をあげ、両手で自分の顔を隠していた。
昨日のクッションに顔をうずめ床を転がる権兵衛さんの姿が僕の頭の中でフラッシュバックした。
ちらりと見える頬は目が覚めた時よりも血色がよく、興奮しているのがよくわかる。
心なしか鼻息も荒い気がするのだが…。
すっと開いた指の間からは、爛々とした目がこちらを覗き込んでいる。
嫌な予感しかしない。
「状況報告求む」
「……そんな顔されるとちょっと……」
「どんな顔をしていると?」
「目が爛々としてますよ…」
「……げふん」
図星だったようで、僕から目を逸らした。
なんだかとんでもない妄想された気がする。
ため息を吐きつつも、普段とあまり変わらない権兵衛さんの様子に少し安堵した。
昨日はやり過ぎた自覚があるだけに、変に避けられでもしたら困ると思っていた。
権兵衛さんの上から退いて、ベッドの端に腰かけた。
権兵衛さんはまだ寝転がったままで、顔だけを僕の方に向けてきた。
「何を想像したのかは聞きませんが…」
「え、むしろ聞いてほしいんですけど」
「遠慮します」
興奮した様子の権兵衛さんは、僕が話を聞くことを拒否したため、明らかに残念そうな顔をした。
毛布と布団を巻き込みながら、起き上がり、正座で僕と向かい合うように座った。
そして急に真面目な顔になったかと思えば、僕の純情がどうのこうのと言い始めた。
純情って……一体、どんな妄想をしたんだ。
呆れつつも返事を返したが、さらに可笑しなことになった。
どうやら権兵衛さんは僕のことをプレイボーイだと思っているらしい。
なんでそうなるんだ……と頭を抱えたくなったが、今までの自分の言動を振り返り、多少は僕にも非があったような気がしてきた。
権兵衛さんの気を引きたくてしているわけだが、権兵衛さんは僕の好意に全く気付いていないようだから他の女性ともそういう接し方をするものだと思っているのだろう。
闇雲に好きでもない女性をあんな風に口説くなんてことはしないが…必要があればしないこともない。
凄く複雑な気持ちになるが……さっき責任を取るって言ったな、権兵衛さん。
僕が勝手に振り回されているだけだが、責任を取ってくれるというのなら取ってもらおうか。
「……………ああ、でも、弄ばれたと言えば弄ばれたかもしれませんね」
「え………話を戻す?」
「なので責任取ってください」
「う、お……え、れい君?」
いつの間にか毛布を頭からかぶっている権兵衛さんに、にっこりと笑みを向ければ、何かを感じ取ったのか権兵衛さんは身を引こうとした。
そんな権兵衛さんの両肩をしっかり捕まえ、僕から距離が取れないように固定する。
眉間に皺を寄せ、何故か悔しそうな顔をした権兵衛さんだったが、それも一瞬だけだった。
…プレイボーイだと思われているのなら、いっそのことそれを利用してしまおうか。
頭の中を邪な考えが過ぎる。
権兵衛さん自身は拒絶する様子もなく、ただじっと僕を見つめているだけだ。
お互いの鼻先が触れ合うくらいまで近付いた所で、ずっと僕を見つめている権兵衛さんの瞳に…負けた。
拒絶するでもなく、受け入れるでもなく、何を考えているのか全く読めない。
仕事でプレイボーイを演じることはできても、本当に好きな相手に対しては…こういうことはしたくないな。
こんな方法じゃなくて、ちゃんと受け入れてもらえるようにするしかない。
権兵衛さんは大きな目をぱちぱちさせて、不思議そうな顔をしている。
拒絶されないのは嬉しいが…まさか、キスされそうだったってことに気付いてないわけじゃないよな…?
権兵衛さんだったら十分にあり得そうなことに、思わずため息を吐く。
こんなことしておいてあれだが、権兵衛さんの危機管理能力に不安を抱かずにはいられない。
「どういう状況かわかってます……?」
「綺麗なお顔を堪能しようと思いまして」
「はぁ……ま、分かってましたけど……」
「れい君?」
綺麗なお顔って……綺麗な顔してたら何されても良いってわけじゃないよな?
キリっとした顔で返答する権兵衛さんに思わず頭を抱えてしまった。
そんな僕を見て、権兵衛さんが不思議そうに声をあげる。
「もしかして二日酔い?」
「……………わざとやってます?」
「いたって真面目にきいて、ぎゃんっ!」
「そういうことにしときます」
思わず権兵衛さんのおでこを軽く小突く。
軽く触る程度だったが、驚いた権兵衛さんは奇声を発した。
小突かれたおでこを子どもみたいに両手で隠しているのを見て、思わず笑ってしまった。
そんな権兵衛さんを横目に見ながら、立ち上がる。
「とりあえず、朝食にしましょうか」
「え」
「まぁ、昨日のおにぎりの残りがありますし、みそ汁も用意はできてますからね」
扉のドアに手をかけ、権兵衛さんが返事をしたのを見届けて部屋を出た。
後ろ手で扉を閉め、キッチンへ向かう。
朝食の準備をしながら、先ほどまでの出来事を思い返す。
「………キスしとけば良かったな…」
口から零れ出た言葉に、はっとして誰もいないのに咳ばらいをした。