大きなあなたと
あなたの名前は?
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しばらくするとパタパタと廊下から足音がして、リビングの扉が開いた。
お風呂上りの権兵衛さんはタオルを首に掛けたままリビングに入ってきた。
僕を見つけると「お皿ありがと!」と満面の笑みで権兵衛さんはお礼を言う。
それに返事をしようとするも、権兵衛さんの興味はすぐに僕から逸れて冷蔵庫へまっしぐらだった。
まぁ、楽しみにしてたんだから仕方ないか。
玄関先での喜ぶ姿を思い出し、苦笑する。
「れい君は何食べる?」
「僕はいいですよ」
「えっ……甘いの嫌い?」
「いえ、そうではありませんが……今はそこまで欲しいと」
「えー…うーん……どうしても食べない?」
権兵衛さんは冷蔵庫を開いたまま、僕の方を見て困ったように眉を下げた。
どうしても僕にも食べさせたいらしい。
甘いものを食べないわけではないが、今はそこまで欲しいと思っていないことを伝えるが、納得できない様子の権兵衛さん。
そのままの格好でうんうん唸り始めてしまった。
何故、僕にも食べさせたいのか疑問だが、このままだと決めるのに時間がかかりそうだ。
権兵衛さんの為に買ってきたものだから、権兵衛さんが食べてくれればいいのだが……それに僕としては権兵衛さんが食べているのを見ていたい。
「……それじゃあ、権兵衛さんが選んだもの、味見させてもらうっていうのはどうですか?」
「うん!じゃあ、そうしよう!」
権兵衛さんは僕の提案を聞くと、ぱあっと満面の笑みを浮かべ、了承の返事をした。
どうやら一緒に甘いものを食べたいというわけではないようだ。
どちらかと言えば、味の共有をしたいのかもしれない。
再び顔が見えなくなったと思えば、「どれにしようかなー」とわくわくした声が聞こえてきた。
少しするとパタンと冷蔵庫を閉める音が聞こえ、権兵衛さんは選んだスイーツとスプーンを両手で持ち、ローテーブルに並べた。
それと入れ替わりで僕はキッチンへと足を運ぶ。
ソファの前に座り込んだ彼女からは、すぐに「いただきます」という声が聞こえてきた。
その声を聴きながら、温めていたティーカップとポットを使って、紅茶を淹れる。
権兵衛さんが選んだのは、プリンとロールケーキだった。
……まさか二つ同時に食べる気だとは思わなかった。
いや、権兵衛さんの自由だが。
「ん~!美味しー!」
手足をジタバタさせながら、プリンを頬張る姿はとても可愛らしい。
選んで正解だったな、と心の中で呟く。
王道だとも思ったが、権兵衛さんの喜ぶ顔を思い浮かべて一番に手を伸ばしたプリンを最初に食べてくれるとは。
真剣に選んだ甲斐があるという物だ。
幸せそうにプリンを頬張っている権兵衛さんの目の前に紅茶を差し出せば、スプーンを咥えたままきょとんとする権兵衛さん。
僕と目の前に出されたティーカップの紅茶を交互に見つめ、ゆるゆると嬉しそうに笑みを作る。
「れい君、ありがとー!」
「どういたしまして…それよりも権兵衛さん」
「んー?あ、一口?
あげるあげる、はい、あーん」
「は……?」
プリンにしか目がいっていない権兵衛さんは、僕が一口もらうために催促したのだと思ったらしい。
僕が言いたかったのは、髪がまだ乾ききっていないことを指摘したかったのだが。
普段であればもう少し乾かしているが……ドライヤーもそこそこに出てきたことが窺える。
それにまだ少し濡れている髪が色っぽさを演出しているものだから…ちょっと困る。
権兵衛さんが僕の心のうちなど知るわけがないので、自分の髪のことに思い至らなくても不思議はない。
ただ、想像していなかった言動に思わず目が点になってしまった。
………僕は子どもじゃないんだが…。
権兵衛さんはにこにこしながら小首を傾げ、スプーンを突き出してきた。
権兵衛さんのことだから特に深い意味はないとは思うが……ただ単に食べてほしいだけなんだろうな…。
「ほら、れい君。
早く食べて?」
「………いただきます」
……あんな可愛い顔されたら、食べないなんて選択肢は浮かばなかった。
食べさせてもらったプリンは、権兵衛さんのせいでやたら甘く感じた。
僕が食べたのを確認すると権兵衛さんは「うっふふー」と嬉しそうに笑っていた。
「プリンは美味しいよねー。
いろんなのがあるけど、私は硬めが好きー。
歌でも歌いたくなるね!」
「それは良かったですね……というか、権兵衛さん、ちゃんと髪乾かさないとダメですよ?」
「んー!
これ食べたらやるー!
れい君の淹れてくれた紅茶も冷めちゃうからね!」
「……仕方ありませんねぇ」
完全に髪の毛は後回しになっている権兵衛さんに苦笑しながら、リビングを出る。
ドライヤーを片手にリビングへ戻ると、権兵衛さんは相変わらず「んん~♪」とプリンを頬張っていた。
コンセントをつなげ、権兵衛さんの真後ろのソファに腰を下ろす。
僕の行動に気が付いた権兵衛さんが後ろを振り向こうとするのを、頭に手を添えることで制すと動きが止まる。
「乾かしてくれるの?」
「まだ食べ終わりそうにありませんからね」
「かたじけない」
再びプリンを食べ始めた権兵衛さんの髪にドライヤーを当てていく。
指で髪を梳きながら、前にもこんな風に権兵衛さんの髪を乾かしたことを思い出す。
あの時は子どもの姿だったため、権兵衛さんにドライヤーが持てるのかと心配された。
それと……褒められたことではないが、薬を盛ったな……。
あの時は自分の事でいっぱいだったが、今考えると罪悪感がわく。
これで許されるとは思わないが、丁寧に権兵衛さんの髪を乾かすことに専念することにした。
普段よりもさらさらに仕上がったことと、それを他でもない自分がやったということに支配欲が顔を出す。
「できましたよ、権兵衛さん」
「ん?あー、ありがとう」
いつの間にかロールケーキを食べ始めていた権兵衛さん。
空いている手で髪を撫でると、「おおっ」という声が漏れた。
「すごい、れい君!
さらっさら!」
「お気に召しましたか?」
「すごく!
こんなさらさらだから、明日は出掛けよう!」
「何ですか、それ」
「もともと買い物の予定なんだけど、髪の毛さらさらでテンション上がった!
あ、明日こそお酒買って酒盛りしようじゃない!
いいよね?」
権兵衛さんは身体ごと後ろを向き、こてんと首を傾げ、上目遣いで聞いてきた。
体制的に上目遣いになるのは仕方がないのだが……本当にこの人は、無防備すぎやしないか?
ただでさえ、距離が違いのに。
思わず、権兵衛さんの唇に目がいく。
小さく弧を描いた唇は触れたら柔かそうだし、啄んだら先程のプリンよりも甘いだろうな…と何となく思う。
「れい君…?」
「……そうですね」
「疲れちゃった?
もう寝る?」
「大丈夫ですよ、子どもじゃありませんし」
「それもそうかー。
あ、でも、大人でもちゃんと寝なくちゃだよ!」
権兵衛さんは食器を片付ける為に、キッチンに移動していた。
好きなものを食べて、髪の毛もさらさらになって上機嫌な権兵衛さんは鼻歌を歌いながら食器を洗っている。
そんな権兵衛さんにバレないように小さく息を吐く。
先程まで自分が何を考えていたのかを思い出し、苦笑する。
あのまま権兵衛さんが何も言ってこなかったら…触れてしまっていたかもしれない。
日に日に自分が抑えられなくなるような気がする。
こんな状況で、お酒を飲んでも大丈夫だろうかと少し心配になる。
どんな酔い方をするかわからない権兵衛さんに僕が耐えられるかどうか…いや、そんな風になるまで飲ませなければいい。
そもそも案外、慎重な権兵衛さんのことだから、無茶な飲み方はしないだろう。
お酒自体も久しぶりだと以前言っていたし、あまり飲む方ではないということだったから。
何処まで考えても想像の域を出ないが。
これ以上はいくら考えても、無駄だと思い、立ち上がる。
再びお皿を洗う権兵衛さんを一瞥し、ドライヤーを持ってリビングを出る。
ついでに歯も磨いてしまおうと歯ブラシを手に取る。
歯磨き粉をつけて口に含むと、ミントの爽やかな香りが広がる。
少しばかり頭もすっきりしたような気がした。