大きなあなたと
あなたの名前は?
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権兵衛さんがリビングから出ていくのを確認して、はぁーっと深いため息を吐く。
取り敢えず、目の前の食事を食べ終え、食器を流しに運んでいく。
スポンジに洗剤をつけ、お皿を洗いながら、先程のやり取りを思い出す。
甘いものの効果なのか、僕が帰ってから上機嫌の権兵衛さんがやたらと褒めてくるものだから、思わず聞いてしまった。
子どもの姿のイメージが強いせいか、可愛いと褒められることは多いが、イケメンだいい男だとはあまり言われていない。
母と言って欲しい権兵衛さんからしたら、特に深い意味はなかったのかもしれないが……まぁ、なんとも思われていないよりはいい。
ただ、その後の反応は、相変わらず僕が思っていたものとは違っていた。
箸を落とすほどの衝撃発言だったのか、一瞬、権兵衛さんは固まっていたが、すぐに眉間に皺を寄せた。
大した問ではなかったのだが、権兵衛さんの中ではそれはしかめっ面をしてしまうような質問だったらしい。
少し大袈裟に咳払いをした後、真剣な顔をした。
初めこそ説教だったようだが、途中から僕の言動がセクシーだったという話になっていた。
セクシーさを意識したつもりはなかったが、権兵衛さんから見たらセクシーだったらしい。
普通の女子と言うのは、どんな女性を指しているのか疑問ではあるが、その言い方だと権兵衛さん自身は入っていないようだった。
っていうか、メロメロって…。
権兵衛さんが何の心配をしているのかわからないが、僕が聞きたいのは権兵衛さんがどう思っているかということだ。
真剣に権兵衛さん自身はどうなのかを問えば、少し視線を彷徨わせたのち、まっすぐに僕を見てきた。
権兵衛さんの口から出てきたのは、メロメロになっていないことと可愛いとは思われていたことだった。
少し歯切れの悪い言い方になった権兵衛さんに、その先を促すと、少し挙動不審になっていた。
にっこりと笑顔を作って待っていれば、観念したように権兵衛さんはぽつぽつと話し始めた。
「……えっと……れい君が、私と関係ない人だったら、メロメロになってたかも?」
「何で疑問形なんですか…」
「だって……今の私は、れい君と関係ない人じゃないから。
私はれい君の魔法使いなんだから、いちいちメロメロになってたら助けられないでしょ?」
権兵衛さんの言葉を聞きながら、まぁ、確かにな、と納得する。
自分の事を母と呼んで、なんていうくらいだから関係のない人間ではないことは確かだろう。
ある意味、いくつか想定していた答えではある。
「まぁ、そうじゃなくても、もうれい君は私の大切な人だし」
家族という枠組みに入れられているようだから、大切な人と言われても納得は出来る。
ただ、恋愛感情ではないとしても「大切な人」っていうのは、心に響くものがある。
現状では、そう思ってくれているだけでも嬉しいことではあるが、一緒に過ごせば過ごすほど欲深くなる。
ただ、必ず別れが来る僕らは一線を越えない方がいいということも分かっている。
いろいろ考えてしまうが、権兵衛さんがふっと笑みを浮かべたのが目に入る。
優しく甘やかな笑みだ。
「メロメロっていうか……私はれい君が大好きだよ」
ここへきて、権兵衛さんがとんでもない爆弾を落としてきた。
想定していなかった言葉に、一気に体温が上がるのを感じる。
権兵衛さんの顔を見ていられなくなって、思わず顔を両手で覆い、上を見上げてしまった。
こういう時こそ、ポーカーフェイスを駆使するべきなのにそれができないほど動揺してしまっている。
ガキじゃあるまいし…今のは告白じゃない。
権兵衛さんのことだから、家族愛的なことで言ってるだけだ、落ち着け、俺。
それにしても、いくら権兵衛さんが僕の事を家族みたいに見てるとしても、流石にダメだろ、勘違いするだろ。
子どもを食うタイプの魔女かと思ってたが、男を誑かすタイプの魔女だったのか。
本人は片想いばっかりだと言っていたが、それは相手の男の方が多かったんじゃないか?
いや、僕以外にもあんなこと言ってるとは思いたくないが、無意識に言ってるかもしれないぞ、あの様子だと。
思わせぶりにも程がある…と言いたいが、僕自身がもう権兵衛さんに惚れてしまったからそう聞こえてしまうだけかもしれない。
しばらくそのままの格好で止まっていたが、傍から見たら可笑しかったらしく権兵衛さんの戸惑う声が聞こえた。
「え、れい君、大丈夫…?」
「………大丈夫です………」
「そう…?」
誰のせいで…とも思いはしたが、それをいう訳にもいかず、沈黙を貫くことにした。
なかなか引かない熱に舌打ちをしたくなったが、流石に権兵衛さんの前でそれは出来ない。
いつまでも天を仰いでいるわけにもいかないため、視線を落とし、ちらりと権兵衛さんを盗み見る。
こちらの反応を気にしつつも、食事を再開している。
「……人の気も知らないで……いや、知ってたらそれはそれで…」
思わず口から零れ出た言葉は、権兵衛さんには聞こえなかったようで首を傾げながら「ごちそうさまでした」と挨拶をしていた。
相変わらず自分ばかりが振り回されているような気がしたのと、それも満更ではないと何処かで思う自分に呆れてしまう。
食器を片付け始める権兵衛さんを半眼で見ながら、用件だけを伝える。
「片付けは僕がするので、権兵衛さんはお風呂行ってきてください」
「え、でも……はっ」
少しぶっきらぼうな言い方になってしまったが、権兵衛さんは別のことに気を取られたようで、自分の口元を手で覆っている。
心なしか少し嬉しそうな顔色に、余計なことを考えているような気がしてならない。
しかし、それを指摘するほどの余裕が今の僕にはない。
何も言っては来なかったが、足取りが軽いことやリビングを出ていくときに見えた表情がそれを物語っていた。
リビングの扉が閉まったのを確認して、深く息を吐く。
目の前から権兵衛さんが見えなくなったことで、体の熱も多少引いてきたような気がする。
少し冷めてしまった味噌汁を飲み込みながら、頭の中は権兵衛さんの言葉が繰り返されている。
冷静になってから思うことは、事前にわかっていればここまで動揺させられることはなかっただろうということだ。
「…………もう一回聞きたいところだな…」
やり取りを思い出しながら、至極真面目にそう思ってしまった自分に苦笑しつつ、食器を片付ける。
すべて洗い終わったところで、ティーカップとティーポットを温める。
買ってきたコンビニスイーツはいまだ冷蔵庫の中にある。
食後のデザートにでもするのかと思ったが、手をつけなかったため、風呂上がりに食べると仮定する。
茶葉の缶がいくつかあることや、出先で良く紅茶を買っていることから好きなことが窺える。
権兵衛さんの喜ぶ顔を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれる。
ああ、重症だな。