大きなあなたと
あなたの名前は?
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パタンと玄関の扉を閉じて、完全に権兵衛さんの姿が見えなくなると同時に思わずその場にしゃがみこむ。
家を出るまでの権兵衛さんのことを思い出し、堪らない気持ちになる。
玄関での見送りは、正直、グッと来た。
出掛ける際に「いってらっしゃい」なんて言われるのも久しぶりだったし、何より権兵衛さんに言われたのがもう…いろいろ想像してしまった。
今までは一緒に出掛けることが多かったから、すごく新鮮だった。
ちょっと控えめに手を振ってるとか……なんだ、あの可愛い生き物は。
「……はぁー…………」
しかし、いつまでの扉の前でしゃがみ込んでいるわけにもいかない。
近隣の住人から、不審者と思われては権兵衛さんに迷惑をかけることになる。
自分の頬を両手でバシッと叩いて気合を入れて、そのままジョギングすることにした。
以前、権兵衛さんに教えてもらった公園である程度トレーニングを終える。
思っていたよりも体は鈍っていなかったらしい。
少し休息を取りながら、権兵衛さんのことを考える。
トレーニングに誘われたと勘違いして諦めたように遠い目をしていたことや、トレーニングメニューを聞く前から必死で拒否している姿。
本当に表情豊かだと思う。
隠さなくてもいいことに関しては、であるが。
僕と同じメニューはこなせないとしても、権兵衛さん用にトレーニングメニューを作るのもいいかもしれない。
権兵衛さんの体力の無さは少々心配になる。
帰ったら簡単に出来るトレーニングメニューでも教えようかと考える。
しかし、権兵衛さんは相変わらず自分の事より人の事を考えている。
僕が誘ったら無理でもトレーニングに付き合うつもりだったことが何よりもそのことを物語っている。
めちゃくちゃ嫌そうな顔したけどな。
そもそも、僕一人で来るつもりではあった。
一緒に来ても、僕のトレーニングに権兵衛さんがついてこれるとは到底思っていない。
そうなると、何処かで待ってもらうことになるのだが……以前の公園での出来事が思い出される。
僕が走りに行っている間に、権兵衛さんはナンパされていた。
もしまたナンパされていたとしても僕が助け出せばいいだけの話だが……そもそも他の男にナンパさせてやる隙を作る必要もない。
そこまで考えて、自分に呆れてしまう。
「独占欲の塊じゃないか…」
深いため息が出る。
考えなければいけないことは他にもある。
権兵衛さんから貰った根付を改めて見てみる。
最初に異変に気付いた時から、すっかり存在を忘れてしまっていたが、明らかにあの時とは変わっていることがある。
いつの間にかついていたビー玉のようなものの色が変わっていたことだ。
僕が最初に気付いた時には、下の方が少し色付いているだけだったが、今は半分ほど色付いている。
それ以外は何の変化もないようだが……。
何となくではあるが、今度はこれなのかもしれない。
以前はスマホがカウントダウンをしていたが、今回はこのビー玉が関係しているような気がする。
今回と前回との違いが分かれば、謎を解くカギにもなるのではないだろうか。
再び根付をしまい、近くのコンビニに足を運ぶ。
もう少し体を動かそうと思ったが、雲行きが怪しくなってきた。
雨が降り出す前に戻れるといいんだが。
公園と権兵衛さんの家の間にあるコンビニに入り、頼まれていたスイーツを選ぶ。
「……結構、種類があるな……」
何でもいいと権兵衛さんは言っていたが、これだけあると選ぶのが難しい。
自分が食べるものを選ぶならここまで迷わないが、権兵衛さんを喜ばせたいと思うと悩ましい。
苦手なものも聞いておけば良かったな…。
そう思いながら適当なものをカゴにいれようとして、ふっと思い出す。
権兵衛さんから携帯番号を教えてもらっていたことを。
大した用事ではないが、聞いてみればいいだろう。
メモ用紙も受け取っていたが、貰った時に見た時点で暗記している。
スマホを取りだし、教えてもらった番号に電話を掛ける。
通話ボタンを押したところで、しまった、と思う。
自分のスマホでは繋がらないんだった、とコンビニにある公衆電話を探そうとした途端、スマホから呼び出し音が聞こえてきた。
まさか、と思い、スマホを耳に当てていると、コール音が切れた。
『もしもし?』
「………僕です、れいです」
『あれ?れい君?
どうしたの、何かあった?』
「いえ、大したことじゃないんですが……スイーツ、苦手なものもなかったかな、と思ったので確認の為」
『そうだったの?
律儀だねぇ、特に苦手なのとか………あ、ヨーグルトはちょっと苦手。
食べられないことはないけど!』
「そうなんですね、わかりました。
では、待っててくださいね、権兵衛さん」
『うん、ありがとう』
通話終了の画面を目視で確認する。
そのまま知り合いや知っている場所への電話をかけてみるが、それはやはり繋がらなかった。
何故、権兵衛さんへの電話は繋がったのか。
いや、もしかしたら、こちらから元の世界へは通じないが、この世界でなら通じるのかもしれない。
地名や人名などは全く違っていることがあるが、食べ物や建造物だったりはその作り方や材料は元の世界と大差ない。
スマホなどの機械類に関しても構造的には変わらないのかもしれない。
後で確かめてみる必要があるな。
スマホをしまい、権兵衛さんが好きそうなスイーツを何となくいくつか選んでいく。
「前に和風カフェでは、和菓子系も嬉しそうに食べてたな。
昼間のランキングでも、どれも美味しそうって顔してたし……後は……」
陳列棚を確認しながら、ふっと視線を奪われる。
王道と言えば王道かな、と思いつつも、権兵衛さんの喜ぶ顔が浮かんで、思わず笑ってしまう。
「よし、これに決めた」
会計を済ませ、足早に帰路に着く。
先程よりも雲行きがだいぶ怪しくなってきた。
空を見上げながら、少し考える。
僕が濡れる分には構わないが、買ったものが濡れるのはちょっとな…。
そう思い、ビニール袋が揺れないように気をつけながら小走りで行くことにした。
あと少しと言うところで、雨が降り出してきてしまった。
部屋に着くころにはだいぶ濡れてしまったが、ビニール袋に入った商品は死守することが出来た。
呼び鈴を鳴らすと、しばらくして扉が開いた。
ひょこっと顔を出した権兵衛さんは僕を見て、驚いたように声をあげる。
「えっ!
どうしたの、ずぶ濡れ!」
「途中で雨が降ってきてしまって」
「まじか。
取り敢えず、入ってー」
慌てる権兵衛さんは僕を中に引き入れると、玄関で待つように指示を出した。
パタパタと忙しなく動く様子が足音から窺える。
すぐに戻ってくると、「せいっ」と掛け声をあげ、僕の頭にタオルを被せてきた。
そしてわしゃわしゃと頭を拭き始めた。
……僕は犬か?
思わず半眼になって権兵衛さんを見ていると、手を動かしながら至極真面目な顔で言った。
「うん、水も滴るいい男だね、おかえり」
「扱いは犬みたいになってますけどね、ただいま」
「犬扱いしてるつもりは…ほら、水も滴るいい男だって褒めた所なのに。
あ、水が滴ってなくてもれい君はいい男だと思うよ?
よし、ある程度、拭けたけど風邪引いたら大変だからお風呂入っておいでよ」
「……わかりました。
あ、それとこれは頼まれてたものです」
頭から手を離した権兵衛さんに、ビニール袋を渡す。
「おお」と頼んだことを忘れていた、と言うような声を出す権兵衛さんに苦笑する。
権兵衛さんはビニール袋を受け取ると、中身を確認するとぱあっと満面の笑みを浮かべた。
「好きなのばっかり!
れい君、ありがとう!」
「……どういたしまして」
権兵衛さんは軽い足取りで何やら鼻歌交じりにリビングの方へと消えていった。
そんな権兵衛さんを見送ってから、脱衣場へと向かう。
向かいながら、先程の権兵衛さんの喜ぶ様子を思い出す。
「………まずいな」
思わず緩んでしまう口元を手で覆った。