大きなあなたと
あなたの名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
れい君が確認するようにいくつか和音を弾いて音を確かめている。
その様子を私は、隣でドキドキしながら見守っていた。
まだ曲を弾いているわけではないのだが、私の目はれい君の指に釘付けだった。
私の手より大きくて角張ってて男の人の手だな、と思う。
手を合わせて比べた時にも思ったけど、子どもの手とは違う。
当たり前か。
そう言えば私は映画で降谷さんの恋人発言の最中のハンドルとレバーを握る指がめちゃくちゃ好きだ。
一気にぎゅっと握るのではなく、指一本ずつ滑らかにハンドルとレバーに添えるように握る動きに鼻血出るかと思うほど興奮した。
そして今、れい君の長い指が鍵盤を押す様子も、酷く興奮するんだが…私、指フェチだったのか?
長い指が鍵盤を押すのを食い入るように眺めていると、れい君が視線に気づいたようで苦笑した。
しまった、見つめ過ぎたようだ。
よだれは…出てない、よし、大丈夫。
「権兵衛さん、そんなに見つめられると照れますね」
「いや、焼き付けておこうかと思って」
「ははっ、それじゃあ、しっかり見ててくださいね」
「ん?もう弾けるってこと?」
「ええ、まぁ、権兵衛さんほどはではありませんが」
そう言ってれい君は、一度、目を閉じて小さく息を吐くと真剣な顔で弾き始めた。
なんて曲を弾くのか聞き忘れてしまったな、と思ったが、前奏を聞いたら曲名は聞かなくても分かってしまった。
れい君の長い指が滑らかに奏でているメロディーは、私も知ってるものだった。
表情には出さないようにはしているが、内心では頭から雷に打たれたような衝撃を受けている。
実際、雷に打たれたことなんてないんだけど、まさしくそういう状況とはこのことか、と思った。
そう、れい君が弾いているのは『ふるさと』だ。
さっきとは別の意味で心臓がドキドキしてしまっている。
今日はやたらとれい君=降谷さんを彷彿させるじゃないか。
どういうつもりなのだろうか、何かの罠か?
思わず試されているのでは、とも思ったが、私を試したところで何の意味もないことに気付く。
たまたまなのだろうか。
そう言えば、『さくらさくら』もお互いに知ってたから、ちょっと昔っぽい曲を選んだのだろうか。
偶然なのだろうか…。
そんなことを思っていたら、曲が終わりそうになってしまったため、思わず声を掛けてしまった。
「れい君、今の前奏はなしで、あと3回繰り返して」
「権兵衛さん?」
「知ってる曲だったから、私、歌う。
セッションしよう」
「わかりました」
そう言うとれい君は引き続き、同じ曲を弾いてくれた。
『ふるさと』は確か3番まで歌詞があったはず。
1番の歌詞が一番有名だな、って思いながら、れい君のピアノに合わせて歌う。
2番の歌詞は、父や母はどうしているのか、友達は無事に暮らしているのか……雨や風にみまわれる度に思い出す、という内容だ。
降谷さんの家族についてはわからないが、友達となるとヒロ君たちの事が頭に浮かぶ。
どうしよう、降谷さんのこと考えてたらなんか辛くなってきた。
この間の夢には降谷さんの同期全員集合してたよ?
私の夢の中では元気そうだったけど。
3番の歌詞は、夢を叶え志を果たしたなら、いつの日にか帰りたい…山が青く、水が清いふるさとへ、という内容だ。
れい君の出身地が何処かなんて知らないけれど、この世界ではないことは確かなわけで。
本当に早くれい君が元の世界に戻れるようにしなくては、という気持ちが込み上げてきた。
もう、れい君の事を考えてるのか、降谷さんのことを考えてるのか、私の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
曲が終わって、しばらくお互いに無言のままだった。
先に口を開いたのはれい君だった。
「……調べものをしていた時に、同じ曲があることを知ったので…きっと権兵衛さんも知っているだろうと思いましたよ」
「……うん。
そして、れい君、ピアノ上手」
「ありがとうございます」
こちらを見てきたれい君は、嬉しそうに、でも何処か悲しそうな表情をしているように見える。
もしかしたら私の勘違いかもしれないけれど。
何といっても私の頭の中では、妄想爆発してるから、そういう風に見えてしまっているのかもしれない。
そして、そんな顔を見ていると、本当に私は無力だな、と思ってしまう。
私に出来ることって本当に何もないんだと思う。
出来れば、れい君には笑っていて欲しい。
そう思ったのが早いか、気が付くと私はれい君の頭を撫でていた。
きょとんとした様子のれい君を見て、自分の行動にハッとする。
しまった、思わず子どもにするみたいに頭を撫でていた。
「えっと……よしよし?」
「いえ、それは言わなくても分かりますけど……何故?」
「……えっと、れい君、ホームシックなのかなって」
「………曲がふるさとだったからですか?」
「……ハイ。
ここでは私の事を母だと思って…」
「……ふはっ!」
「え、れい君?」
「くっ……ははっ、すみません。
権兵衛さんは権兵衛さんだな、と思って」
「……どういう意味でしょうね?」
腹を抱えて笑うれい君に、釈然としない気持ちになる。
しかも、笑い過ぎて涙目になっているではないか。
そんな可笑しいことは言ったつもりはないのに…え、れい君の笑いのツボ、変じゃない?
私ったらいつの間にか魔法使いから道化師にでもなったのかな?
まぁ……笑ってくれるんならそれでもいいよ。
でも、本当は辛くて悲しいのなら……一緒に受け止めて支えたいと思うよ。
れい君は涙を指で拭いながら、笑った。
「はぁ…すみません。
でも、権兵衛さん、ちょっと間違ってますよ」
「え?何が?」
「頭を撫でられるのもいいかもしれませんが…僕が親だったら別の方法にしますよ」
「別の方法?」
れい君にそんなことを言われて、私の方がきょとんとしてしまった。
そんな私を見て、れい君は少し意地悪な笑みを浮かべると「こんな風に」と頭を撫でていた私の手を軽く引っ張った。
引っ張られた勢いで私はれい君の懐に飛び込むような形になってしまった。
「おわっ」と可愛くない声が漏れたのは、もはや仕方あるまい。
何という早業だろうか。
いつの間にか腰と頭に手をまわされ、優しく抱きしめられているではないか。
しかし、れい君の抱きしめ方はあまりにも優し過ぎるのではないだろうかとも思う。
まるで壊れ物に触れるみたいな扱いだ。
ふむ……私は赤ちゃんかなんかか?
安心させたいのならもっとぎゅっとしないとダメだろ。
いや、ハグのダメ出しする私は何様だ。
きっと普段の私だったらもっとドキドキしてたかもしれない。
こんなイケメンに突然ハグされたらときめくに決まっておろう。
しかし、今の私はそんな気にはならなかった。
自分の無力さと、見知らぬ世界に再び来てしまったれい君の事を考えたら、浮ついた気持ちにはなれなかった。
大人しく抱きしめられていると、れい君が腕を緩めた。
頭も開放されたため、れい君の顔を見上げると、目があった。
じっと見つめていると、何故かれい君の方が視線を外し、お道化たような調子で言い始めた。
「……なんて、ね?
まぁ、人それぞれだと思いますけど」
にっこり笑い、何でもない風に振る舞うれい君。
そんなれい君を見ていると、やっぱりどうしようもないくらい甘やかしたい気持ちになってしまった。
「さて、そろそろ昼食の準備でもしましょうか……権兵衛さん?」
私が座っているれい君の前に立ったことで、れい君は不思議そうに私を見上げる。
そんなれい君ににっこりと笑みを向け、そのままれい君を抱きしめる。
れい君がピアノ用の椅子に座っているため、ちょうどれい君の頭を抱えるような形になる。
私はれい君をしっかりと抱きしめた。
今のれい君は大人だけれど、子どものれい君を抱きしめるみたいに。
ここに居る間は、れい君はうちの子だもの。
大人だからって遠慮しないことに決めた。
いや、むしろ大人だからこそ。
子どもみたいにとびっきり甘やかしてやろうと決めたのだ。
頭を抱え込んで抱きしめてしまっているため、れい君がどんな顔をしているかわからないが、とても驚いている気がする。
体が強張っている。
私がこんな行動に出るとは思いもしなかったのかもしれない。
ただ、抵抗はしてこないため、嫌ではないのだろう。
しかし、もう少しリラックスしてくれてもいいのでは?
「ふふ……れい君もぎゅーってしていいよー?」
敢えて、緩く気の抜けた言い方をすると、れい君の体がぴくりと揺れた。
少し間があったが、次の瞬間、遠慮気味に腰にれい君の腕が伸びてきた。
照れ屋なれい君の事だから、もしかしたら拒否されてしまうかと思ったが、その心配はないらしい。
素直に抱きしめかえしてくれたことが嬉しくて、背中をぽんぽんと撫でてやる。
大丈夫、私がそばにいるから。
しばらくそうしていると、れい君から不満げな声があがった。
「……僕は子どもじゃない…」
「知ってますよ」
「………こういうことは」
「うん、他の人にはしないから」
「……いや、そうじゃなくて…」
「れい君……もしかして照れてるの?」
「…照れてない」
「あはは、れい君、可愛いー」
まるで子どもみたいな言い分に私は思わず笑ってしまう。
私が笑うのを聞いて、れい君はムッとしたようで、抱きしめる力がさらに強まった。
予期していなかった圧力に「ぐえっ」と潰れた蛙のような声があがった。
そうだった、この人、怪力だったわ。
握力も半端なかったが、腕力も半端なかった。
内臓出ませんように。
「れい君、苦しいー…」
「……離さない、と言ったら?」
「どっちでもいいよ。
れい君の気が済むまで。
なんなら、れい君がしたい時にはいつだって」
「………」
れい君は黙り込んでしまったが、腕の強さは変わらなかったため、もう少しこのままでいることにした。
少しでもれい君が癒されますように。
そんなことを思いながら、背中を撫でていると、れい君が顔をあげる。
腕は腰にまわったままだったため、非常に近い距離で顔を合わせることになった。
「……さっきの言葉、本気か」
「ん?」
「僕がしたい時はいつだって、ってヤツ」
何故か真顔でれい君はそう言った。
真剣に聞いてくるものだから私は目をぱちくりさせてしまったが、すぐに肯定の返事をする。
いつも穏やかでにこにこしてて、しっかり者のれい君だけど、本当は甘えたかったのかもしれない。
うん、やっぱり私が甘やかしてあげないと。
大人になってもやっぱりれい君はれい君だ。
元の世界でのれい君のことはわからないが、甘えたい時は甘えてくれればいい。
私がちゃんと受け止めるから。
「うん、私で良ければいつでも甘えてくれていいよ。
なんていっても私はれい君の魔法使いだからね。
知っての通り、大きな魔法は使えませんが」
れい君の頭を撫でながらそう言えば、れい君は眉を下げ、困ったように笑った。
そしてゆっくりと腕を腰から外したかと思えば、私の肩の辺りにぽすっと頭を寄せてきた。
「………手放せそうにないな……」
「……ん?れい君……?」
「………君が居てくれて本当に良かった」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、私はれい君が泣いているような気がした。
でも、すぐに顔をあげたれい君は泣いていなくて、少しだけ穏やかな顔をしている。
「……そろそろお昼の準備をしましょうか、権兵衛さん」
「……そうだね、れい君」
すっと立ち上がったれい君は普段通りのれい君だった。
れい君の言った言葉の意味を聞きたかったが、聞くことでれい君に辛い思いをさせてしまいそうで私は、何も聞くことが出来なかった。
うん、もう少し待とう。