大きなあなたと
あなたの名前は?
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朝食後に権兵衛さんからパソコンを借り、『名探偵コナン』について再度調べてみることにした。
前回と同じように自分が知っている情報は見ることができたが、知らないものについては文字化けして見ることができなかった。
ただ、以前は文字化けしていて読めなかったが、今は読めるようになっている部分がある。
それは以前から今日までの間の出来事についてだ。
僕自身のことはもちろんだが、友人たちのことも。
前にここに来た時にわかっていれば、どうにかすることができたのではないか、と思わなくもない。
パソコンから情報を得ることが出来なくても、権兵衛さんから直接聞きだすことは出来たはずだ。
だが、もし知ることが出来ていたとしても、元の世界に戻った時のはそれを覚えていない可能性が高い。
実際に権兵衛さんのことも、ここでの生活のことも忘れてしまっていたのだから。
はぁ、とため息が出そうになる。
やっぱりパソコンからは自分が知っている以上の情報を得ることは難しそうだ。
ただ、文字化けしている部分のスペースを見ると、ヒロのことに関してもまだ僕が知らないことがあるような気がしてならない。
ちらりと視界の端に映る権兵衛さんに目をやる。
今は鼻歌を歌いながら、洗濯物を畳んでいるようだ。
彼女に聞いてみようか。
そんなことを不意に考える。
しかし、何故かで躊躇する自分が居ることに気付く。
どうするべきか、文字化けしている画面を眺めながら考えていると、そわそわした様子の権兵衛さんが画面越しに見えた。
ちょこんと正座をして僕の方を見ている姿を見ていると、それだけでもやもやした頭の中が晴れたような気がした。
見ているだけで癒されるってすごいな…。
そんな感想を抱きながら、権兵衛さんに声を掛ける。
「どうしましたか、権兵衛さん」
「あのですね、れい君」
「はい」
少し改まった言い方をしている権兵衛さん。
返事を返すと、権兵衛さんは一瞬、両目をぎゅっと強く瞑った。
そして、首を横に振る。
しばしば見られる光景に僕は首を傾げる。
権兵衛さんが何を考えているのかわからないため、どういう意味があるのかはわからない。
だが、何回か同じ光景を見ているとふっと思うことがある。
何かを振り切るような、そんな行動に見えるのだ。
「権兵衛さん?」
「ううん、今からピアノ弾こうと思うんだけど、邪魔じゃない?」
名前を呼べば、権兵衛さんはピアノの方にちらりと目を向けて、聞いてきた。
そう言えば、僕が来てから権兵衛さんがピアノを弾いている様子は見たことがない。
遠慮していたのだろうか、とも思ったが、よく考えればそんな暇がなかったのではないかとも思う。
そんなことを考えながら、一度、目の前のパソコンの画面に目を落とす。
気になっていることを聞いてしまおうか、とも考えたが……やはり言い出しにくい。
自分の気持ちを誤魔化すように、権兵衛さんに構わないことを伝える。
僕の返事を聞いた権兵衛さんは、跳ねるようにピアノの方へと行ってしまった。
嬉しそうに楽譜を選んでいる権兵衛さんから目が離せず、後姿を思わず見つめてしまった。
するとくるりと振り返った権兵衛さんと目が合い、見つめていたことがバレたのかと内心焦る。
もちろん、表情には出さないようにしたが。
「あ、言っておくけど、そんなに上手じゃないからね。
プロ目指してたわけじゃないし、ただ楽しく弾きたいだけだから。
よく間違えるし、もしうるさかったら言ってね」
「大丈夫ですよ」
視線を感じて振り向いたわけではなかった。
権兵衛さんが何を弾くのか、そもそも僕が知っている曲かはわからないが、まだ弾いていないのに雰囲気が楽しそうなのが伝わる。
よっぽどピアノが好きなのだろう。
初めの2,3曲はクラッシックのようで、僕も知っている物だった。
以前にも話をしたが、僕の世界と権兵衛さんの世界とで、共通している部分があるという物の一つになるのだろう。
弾き慣れているようで、聴いていて心地が良いものだった。
演奏者にもよるのかもしれないが、権兵衛さんが弾く曲はどれもどことなく優しい音色に聞こえる。
そんな音色に耳を傾けながら、目の前の画面へ再び視線を落とす。
記されている情報を流し読みしながら、原作を読むことは可能なのだろうか、という考えが頭の中に過る。
ただ、可能性は低いような気がする。
もし、見ることが出来ても、文字化けのように僕の知らないことは見ることができないのかもしれない。
「あっ」
ピアノの音色に交じって権兵衛さんの声が聞こえた。
曲はクラッシクではなくなり、聞いたことのない曲になっている。
どうしたのかと思って権兵衛さんを見ていたが、特に変わった様子はなくそのまま手を止めることなく曲を弾いている。
気のせいか?
そう思い、再びパソコンの画面に意識を戻す。
「んっ」
再び聞こえた権兵衛さんの声に顔をあげる。
僕の方から権兵衛さんの顔が見えないため、どんな表情をしているかわからないが…旋律に違和感があった事から、間違えたのだろう。
弾き始める前にも「よく間違える」と自分から言っていたことを思い出す。
そんなことを考えていると、曲が終わったようで、権兵衛さんが別の楽譜を取り出していた。
次はどんな曲を弾くのだろうかと思っていたところに、いきなりの大音量で始まった曲に思わず権兵衛さんを凝視してしまった。
先程の曲からの落差が激し過ぎやしないだろうか。
曲自体は悪くはない、と思う。
ある一点を除けば。
「……だ、め」
「………………」
「んん…無理…」
「………………」
「あっ………」
「……………勘弁してくれ…」
激しい上に少しテンポが速い曲のようで間違える度に、権兵衛さんから声があがる。
ただ単に間違えた時や指が動かせなかった時に零れた独り言なのだが……思わず両手で自分の顔を覆う。
「うるさかったら言って」と言うのは、ピアノじゃなくて独り言の事だったのか?
冷静になれ、と頭の中で自分に激を飛ばす。
別に色っぽい声でも何でもない。
あれはただの独り言だ。
そう自分に言い聞かせながら、気持ちを立て直そうとする。
他に調べておかなけばならないことを頭の中で思い浮かべることにした。
「…ん……い、けそう…」
「………………はー…」
深い溜息が出た。
ピアノの音が大音量で激しく響く中、権兵衛さんの声は大して大きくないのだが、僕の鼓膜にしっかりと届いてしまう。
このまま声だけ聴いているのは、いろいろマズイ。
「権兵衛さん?」
一旦、声を掛けるも、集中しているようで権兵衛さんは気付く様子がない。
何度か名前を呼ぶものの、やはり気付かないようだ。
パソコンは諦め、ピアノを弾く彼女の背後へ立つ。
楽譜と手元を覗きながら、成程、と心の中で思う。
オクターブ以上で、3音以上の和音が続くところでは、手の小さな権兵衛さんにとってはやっとのこと届くという感じなのだろう。
だから「無理」とか「いけそう」とか言う独り言が漏れるのだろう。
今も小さな手をめいっぱい広げている。
リズムの難しいところでは、小さな指が忙しなく動く。
あ、また間違えた。
ちらりと権兵衛さんの顔を見れば、眉を寄せて「いやー…」と唸っている。
やっぱり無意識で声が出てしまっているようだ。
しばらく、楽譜と権兵衛さんの手元を見ていると、急に権兵衛さんが振り返った。
「!?」
しっかりと僕の存在を認識したようで、目を見開いていた。
それと同時に手元は全く違う和音を叩いている。
どうやら驚かせてしまったらしい。
僕の声が聞こえないくらい集中していたから仕方がないだろう。
胸に手を当て、目を閉じ、深呼吸している権兵衛さんを見て、悪いことをしたな、と苦笑する。
「すみません、何度か声を掛けたんですが…」
「あ…そ、そうだったんだね、ごめんね……流石にこれはうるさかった?」
「うるさかったというか……この前の曲がバラードだったので、少し驚いただけですよ。
あと、一体どんな曲なのかなっと思いまして」
「………落差激し過ぎだよね…」
音量には驚いたが、うるさいと言うほどではなかった。
ただ、流石に本当のことは言えるはずもない。
権兵衛さんの声が、原因だとはとても言えない。
これ以上は聞いてこないとは思うが、話題を変えるために目の前の楽譜に目をやる。
「なかなか難しそうですね」
「そうなの、だから練習中。
でも、私、手が小さいから1オクターブ以上の和音が正直きついんだよねぇ……っていうか、れい君、興味あるの?」
「ピアノが出来るってわけではありませんけどね、楽譜は読めますよ」
「何か楽器でもやってた?」
権兵衛さんは楽しそうに問いかけてきた。
楽器と言われて、ヒロの事を思い出す。
そしてさっきまで見ていた『名探偵コナン』の情報が頭を過る。
その中には、僕がヒロの影響でギターを始めたことが記されていた。
漫画の中でそういうことが話題にがあったということなのだろう。
つまり、『名探偵コナン』を知っている権兵衛さんはもちろんこれも知っているのだろう。
漫画の中の僕について、見た目だけでなく好きな食べ物まで知っていた権兵衛さんならこの話も知っているはずだ。
これを聞いたら権兵衛さんはどう思うのか…。
ふっと小さく息を吐く。
「友人の影響でギターを」
「いいね、ギター!
私もギター弾けるようになりたくて練習してた時期があるよ。
でも、練習頑張り過ぎて豆とか水ぶくれできてピアノが弾けなくなって困ったから長続きしなかったけどね」
「そうなんですね、僕も結構練習しましたよ。
その友人と一緒に弾きたくて」
「……そっか」
一瞬、妙な間があったが、権兵衛さんはにこにこしたままだった。
何か思うところがあったようにも思うが……友達の影響で始めるなんて珍しいことではない。
権兵衛さんもギターに挑戦したことがあると言っていることだしな。
僕の返事を聞いて権兵衛さんは少し困ったように眉を下げた。
そして、次には悩まし気に溜息を吐いた。
「ギターがあったら、セッション出来たのにねぇ」
「ははっ、僕は権兵衛さんが弾いてるの聞くだけで十分ですよ」
「れい君はそうかもしれないけど、私は聞いてみたかったなー。
あ、もしくはピアノ弾く?
れい君が弾けるようになったら連弾できるよ。
れい君ならすぐ弾けるようになりそう」
「買いかぶり過ぎですよ」
「そう?
私、楽器が出来る人はピアノも出来ると思ってる」
「何か根拠があるんですか、それ」
「なんとなくだよ、何となく。
まぁ、できないにしても興味はあると見ている」
ヒロの事を思い出して少し感傷に浸ってしまったかもしれない。
しかし、それは権兵衛さんの謎の持論を聞かされることで、なりを潜めていた。
どうしたらそんな考えに至ったのだろうかと思うと、可笑しくなってきてしまった。
笑っていると権兵衛さんは立ち上がり、僕の背中を押し、先程まで権兵衛さんが座っていたピアノ用の椅子に座るように促してきた。
僕が座るのを確認すると、権兵衛さんはダイニングの椅子を持ってきて、隣に並べて座った。
この流れだと、僕にもピアノを弾かせたいみたいだな。
そして、目をキラキラさせて言った。
「れい君の好きな曲聴きたい」
期待に満ちた顔をされ、やってみる価値はあるかな、と頭の中で考える。
ただ、権兵衛さんみたいに純粋な興味でそう思ったわけではない。
好きな女性からあんなに期待のこもった眼差しを貰ったら、良い所を見せたいという欲が出てくる。
しばらく黙っていたら権兵衛さんが眉を下げ始めたため、了承の返事をする。
あんな顔されたら、やるしかないだろ。
「まぁ、そこまで権兵衛さんが言うのなら…やってみましょうか」
「…いいの?」
「ええ、権兵衛さんのお願いですからね」
権兵衛さんの顔を覗き込みながら、片目を瞑ってみせる。
目をぱちくりさせた権兵衛さんを見て、流石にちょっとチャラかったか?と思ったが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべていた。
君が喜んでくれるなら。