大きなあなたと
あなたの名前は?
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少し拗ねたような顔すると、権兵衛さんの表情が変わったのが分かった。
ぱあっと表情が明るくなり、テンションまで上がったように感じた。
ここまでわかりやすいのは、良いのか悪いのか…今の僕にとっては良いのかもしれないな。
拗ねている僕をお気に召したようで、小さな子を愛でるように甘い眼差しで微笑んでいる。
自分からやっておいてなんだが、そんな表情されるとちょっとくすぐったく感じる。
しかし、途中で止めるわけにも行かないため、そのまま疑問に思ったことを口にする。
「……随分と慣れたように指絡めるんですね?」
「………ん?」
「……こうやって自然に手を繋ぐような関係の人が今までにも居たんですか?」
「………え?」
僕からの問いを聞いた権兵衛さんは、目をぱちくりさせている。
どうやら、思ってもいない問いだったらしく、言われたことを理解するのに時間がかかっているようだ。
首を傾げていたが、しばらくすると何か思いついたようでハッとしたように僕を見てきた。
それも一瞬で、すぐに目が泳ぎだし、あわあわと焦ったように落ち着きがなくなった。
あまりに挙動不審になっている権兵衛さんに、これは聞いてはいけないことだっただろうか、と少し心配になる。
しかし、その慌てようは何処かで違う誰かが同じような反応をしていたような……。
それは一体、誰でどんな状況だったかを思い出そうとしていたら、権兵衛さんが叫んだ。
「いやいやいや!実際にはないよ!?妄想上ならめちゃくちゃあるけど!?」
「…………妄想上?」
「はっ……!」
慌てて口走ってしまったらしい権兵衛さんは、僕が聞き返したことで慌てて自分の口を押えようとした。
繋いでいる手を離そうとしたらしいが、それは僕が許さなかった。
まぁ、手で口を覆ったところであまり意味はなさそうな気がするが。
「権兵衛さん?」
「ぐっ……離れない…だと!?」
「離しませんよ」
手を離してもらえないことが分かった権兵衛さんは、何故かその場で踏ん張って僕から離れようとする。
相変わらず意味の分からない行動をとる。
ただ、焦っている様子の権兵衛さんは、今、冷静な判断ができないのかもしれない。
まぁ、こういう時こそボロが出やすくなるし、僕がそれを見逃す訳もない。
手を振りほどくことができなくて躍起になっている権兵衛さんがキッと睨んできた。
…多分本人は睨んでいるんだと思うが、全く怖さはない。
それよりも話の続きをしないとな、と思い、にっこりと笑みを向けると権兵衛さんは顔を引き攣らせた。
「で、妄想上ではなく実際には?」
「……………………デートくらいはしたことあるもん」
「ほぉー…」
逃げられないと観念したらしい権兵衛さんは、僕から目を逸らし、明後日の方向を向いてしまった。
じっと見つめていると、視線に耐えられなくなったのか、小さな声で恥ずかしそうに呟いた。
………………急に可愛くなるのやめてくれ…。
そして、なんでそこで恥ずかしがるんだ…。
なんか…イケナイこと聞いてるみたいじゃないか。
デートくらいはしたことある、ということは、付き合った人はいないということだろうか。
それとも付き合った彼氏とはデートしかしなかったという意味なのか。
まだ情報が足りないな、と思いつつ、さっきほどの焦った様子をどこで見たのかを不意に思い出した。
そうだ、探偵業の中で浮気調査をした際に幾度と見た。
浮気の証拠を突き付けられて、女性に問い詰められた男の様子に似ている。
それだと僕が権兵衛さんに浮気してないか詰め寄ってるみたいになってるってことか。
そこまで考えて、思わず苦笑してしまった。
もう少し情報が欲しいところだったが、これ以上は黙り込んでしまった権兵衛さんから聞くのはやめておこう。
あまりしつこく聞いて、嫌われてしまっては元も子もない。
今聞かなくてもいいしな、と思い、声をかける。
ちらりとみた表情は少し困ったような感じだが、少し落ち着いたようで権兵衛さんは冷静に返事をしてきた。
「…………困らせるつもりはなかったんですが」
「ううん、こっちこそ……なんていうか、その……うーん……取り敢えず、手を繋ぐのが当たり前みたいな人はいなかったよ。
そもそも大人になってからはろくに恋愛なんてしてないからねー、残念なことに」
「そうなんですか?」
「仕事始めてからは仕事忙しかったし、まぁ、職場は女の人ばっかりだったし…目の前の子どもたちの事で頭いっぱいだったから。
それに……」
「…………権兵衛さん?」
過去の事を思い出したのか、途中で権兵衛さんの言葉が止まった。
不思議に思い、彼女の横顔を見ると、何処かぼんやりした様子で足元を見ている。
常に明るく振る舞っていたから忘れていたが、そう言えば権兵衛さんは僕が来る前に仕事を辞めたと言っていた。
普段の様子からではわからないが、今の彼女の様子を見ると思うところがあるようだ。
権兵衛さんの人との接し方を見ている限りは、人間関係で困ったことがあったようには思えない。
ただ、思い当たることがあるとしたら……彼女は人の事を気にし過ぎるところがあることだろうか。
僕と居るこの数日の間だけでもその傾向は顕著で、自分の事は後回しにしやすいように思える。
この話題を続けるべきかどうか、迷ったが、僕が声をかける前に権兵衛さんから明るい声が上がった。
「うん、だから大して私の恋愛話なんて聞いても面白くないよ。
学生時代だって片想いばっかりだったし」
「……ちょっと意外ですね」
「……れい君は私をなんだと思ってるのかな?」
声だけは明るかったが、ちらりと盗み見た彼女の表情は何処か自嘲気味だった。
思わず表情に関しての感想が口から出てしまったが、権兵衛さんはそうは思わなかったようだ。
眉間に皺を寄せ、唇を尖らせている。
どうやら「片想いばっかり」という部分を意外だと言ったように聞こえたらしい。
今の流れだったらそう取られても不思議ではないかもしれない。
まぁ、片想いばかりというのも確かに意外だとは思ったが。
いや、そもそも権兵衛さんが片想いばかりしていたのか、片想いばかりされてたのか?
少し不機嫌になった彼女の顔を見て、思ったことを述べてみる。
「権兵衛さん、優しくて明るいですし、相手の立場を考えて行動できるので基本的には人には好かれるタイプですよね。
たまに変な行動してますが、それを差し引いても魅力的な女性だと思いますよ。
なので、彼氏が居たとしてもおかしくはないかな、と。
まぁ、他の人とどんなふうに過ごしているのか知らないので、僕が知っている権兵衛さんは、ということになりますが」
「………………そ、そう…?」
僕が見た権兵衛さんの印象を告げると、ぎょっとした顔をしたのち、再び視線を泳がせ始めた。
褒められているのになぜそんな反応になるのか……もしかして、照れてるんだろうか。
どうやら照れているのは当たりのようで、早々のこの話題を終わらせたいために、話の矛先を僕に向けてきた。
「えっと……………その……どうもありがとう?
そ、それよりもれい君の方がモテそうだよ。
どっからどう見てもモテる気配しかしてない。
前の買い物の時も、女性陣の視線を独り占めしてたし!
私よりも経験豊富なんじゃないでしょうかね?」
「気になりますか?」
「え……き、気になると言えば気になるけど……」
いつもより早口で捲し立てた権兵衛さんに、小さく笑う。
明らかに動揺したのが見て取れた。
……一体、どんな話が聞けると思ったのか気になるところだが……まぁ、僕としても話せるようなことはない。
仕事上の付き合いはあれど、プライベートではそんな暇ないからな。
まぁ、それを権兵衛さんは知る由もない。
………あ、いや、『名探偵コナン』の中で話にあがっていなければ、だが。
好奇心と、戸惑いの混じった瞳で権兵衛さんは僕を見ている。
聞いていいものかどうか迷っているようだ。
しかし、好奇心の方が勝ったのか、一度深呼吸をするときりっとした顔で断言した。
「OK、聞く準備は出来た。どんとこい!」
「……うーん…そうですねぇ…」
「……………」
「……………」
じっと真剣な目で僕の顔を見てくる権兵衛さん。
これだけ見つめあったら少しくらい照れるものじゃないだろうか、と思いつつ、権兵衛さんじゃ一筋縄ではいかないだろうとも思った。
「………れい君?」
「ふっ……権兵衛さんがすごく気になってるみたいなので…内緒にしときます」
「な……なんですと…?」
最初から話すつもりはなかったが、聞く準備をしていた権兵衛さんはポカンとした顔をしている。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこのことか。
その様子があまりに可笑しくてつい顔を逸らしてしまった。
逸らしたものの、権兵衛さんの顔を思い出してしまい、笑いが漏れる。
肩が揺れているのは権兵衛さんも気が付いていることだろう。
繋いだ手をぎゅっと強めに握られた。
「れい君、ちょっと笑い過ぎです」
「ふふ……権兵衛さんがかなり呆気にとられてたようだったので、つい」
「もう……お姉さんをからかうもんじゃありません」
「次から気をつけますね?」
「よろしく頼むよ…」
何処か諦めたように苦笑しながら権兵衛さんは言った。
優しい権兵衛さんのことだから、また同じようなことがあってもきっとこうやって許してくれるのだろう。
それが誰にでもそうなのか、僕だけなのかは定かではないが、できれば後者であったらいいと思ってしまうのは我儘だろうか。