大きなあなたと
あなたの名前は?
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権兵衛さんから絡めてきた指を、離さないようにしっかりと絡める。
権兵衛さんが何を思ったのかはわからないが、繋いでしまえばこちらから離す理由はない。
すると権兵衛さんが少し気まずそうに声をかけてきた。
「れい君」
「何ですか、権兵衛さん」
「手、このままでいいの?
これ、いわゆる恋人繋ぎしちゃってるけど」
ちらりと繋がれている手に視線を送った権兵衛さん。
権兵衛さんの方からしてきたため、嫌がられているとは思っていなかったが、恋人繋ぎをしているというのが気になるらしい。
権兵衛さんとしては少し悪戯心もあったのかもしれない。
それと同時に、彼女の事だから余計なことを考えているような気もする。
権兵衛さんににっこりと笑顔を向け、手は絶対に離さない方向で話を進める。
「僕は構いませんよ、他の繋ぎ方が良ければ変えますけど」
「んー……いや、そんなに手の繋ぎ方にレパートリー無いし、知らないよ…!」
権兵衛さんの言葉を聞いて、確かにと考える。
手を繋ぐときにわざわざどんな繋ぎ方をするか、相手と示し合わせることなんてないだろう。
相手との関係や心理的な要素、さらには状況によって変わってくる。
そんなことを思いながら、絡めていた指を離し、普通に手を繋ぐ。
やっぱり権兵衛さんの手は小さく柔らかいな、と思いつつ、それは顔に出さないように言葉を紡ぐ。
「これが一般的なシェイクハンドと言うやつですね、誰でも知ってる繋ぎ方だと思います」
「うん」
首を縦に振る権兵衛さんを見届け、次はさらに距離を近づけ、手首まで絡ませ、指を絡める。
手首も絡ませることで手のひらの密着度もあがり、体の距離も近くなる。
それに気付いたのか権兵衛さんの口からは「ひょえっ」という奇妙な声があがった。
とっさに出てしまった声のようで、権兵衛さんは気まずそうに視線を泳がせている。
前の時も思ったが、権兵衛さんの指の絡め方はすぐに解けてしまうくらい緩く、遠慮気味だ。
少し控えめな、すぐに解けてしまう触れ方は、僕の心を揺さぶるには十分だった。
そんな風に触れられると、どろどろに甘やかしたくなるな…。
今の関係では決して口に出すことは出来ない気持ちに、自嘲する。
そんな気持ちを振り切るように口を開く。
「これが俗にいう恋人繋ぎですね。
主に恋人同士がすることが多いため、そう呼ばれていますね」
「うん、これは知ってる」
「指の絡め具合によっても、少し意味合いが違ってきますが……それはまたにしましょうか」
「え……」
一瞬、権兵衛さんの表情が強張ったのが分かった。
強張ったというか身構えたというのか…僕の顔をじっと見て「説明求む」とでも言いたげな顔をしていた。
一般的に言われていることを言ってしまっても良かったが、それを権兵衛さんがどう感じるのかわからないため口を噤んだ。
僕が喋らなければ、権兵衛さんは強く追及してこない。
それが有り難い時もあるが、もう少し追及されてもいいのでは?と思うこともある。
絡めた指を離し、今度は手の甲を合わせる形で指を絡める。
あまり慣れない繋ぎ方だったのか権兵衛さんの眉間に皺が寄った。
「これは逆恋人繋ぎです、恋人繋ぎでは手のひらを合わせていましたが、こちらは手の甲の為、逆だそうですよ」
「………へー……」
「指の絡み具合としては、恋人繋ぎよりは緩くなりますね」
「なんか……指攣りそう…」
「攣らないでくださいね…」
眉間に皺を寄せたまま、何故か何もしていない腕の動きまでぎこちなくなっている権兵衛さんに思わず苦笑する。
先程の疑問に関しては頭から消えていたようだが、指に変に力が入ってしまっている。
そんな権兵衛さんの手を開放すると、権兵衛さんは自分の顔の前で手を握ったり開いたりしている。
本当に攣りそうだったんだな…。
しばらくそんな様子を眺めながら、権兵衛さんの顔の横に小指だけ差し出す。
権兵衛さんは僕の顔と小指を交互に見たのち、きょとんと不思議そうな顔をした。
しかし、僕がそのままでいるとそっと自分の小指を絡めてきた。
大きな目をぱちぱちとしながら、僕の様子を窺っている。
そのまま手を下におろすと、ハッとしたように声をあげた。
「……もしかして、これも?」
「そうですね、こういう繋ぎ方もあるみたいですね。
見た目通りに小指繋ぎ、約束繋ぎというらしいですよ」
「……なんか……」
「権兵衛さん?」
「……可愛い…きゅんってする……もどかしー!」
どうやら権兵衛さんの中でヒットしたらしい。
ただ、盛り上がっている様子から自分がされたら照れるとかやってほしいという物ではなさそうだった。
僕が子どもの姿だった時にも見たことがある「子どもが可愛い」と似ているような気がする。
もしくは好きなアイドルを応援するかのような…自分で考えておいてあれだが、それはなんか嫌な気分になった。
例えミーハーな気持ちからだったとしても、権兵衛さんが他の男にキャーキャー言うのは見たくない。
次はどの繋ぎ方にしようかと考えていると、もう少し行った先に階段があった事を思い出した。
小指を開放して、権兵衛さんの前に手を差し出す。
騒いでいた権兵衛さんは、再び静かになり、僕の手を見つめていたが、しばらくするとそっと手を重ねてきた。
これであっているだろうか、と言いたげな視線を感じ、小さく頷く。
「なんか特別感あるね、これ」
「そうですね、よく男性が女性をエスコートする時や高貴な女性に対して男性がする挨拶の時にも使われているので、お姫様繋ぎというそうですよ」
「なるほど……ああ、男の人が女の人の手の甲にキスする時とかこんな風だわ」
「まさしくそれでしょうね」
「うーん、だから特別感があるのかな」
権兵衛さんからは感心したような声が漏れていた。
そしてちょうど階段に差し掛かったため、乗せられた手を軽く握り、エスコートをする。
ちらりと権兵衛さんを見やれば、何故か眉を下げ、複雑そうな顔をしていた。
今の場面で、変なところでもあっただろうか。
一体、何を考えたらそうなるんだ?
不思議に思いつつも、階段が終わったところで今度は権兵衛さんの手首を掴む。
手首も手同様に、すっぽりと捕まえることができた。
決して細すぎるというわけではないが、少しでも力を入れたら折れてしまいそうだな、と思い、軽く握る程度にしておく。
「あまり見かけませんが、こういう繋ぎ方もあります」
「………なんか、連行されてるみたい」
連行って……。
手枷でもされてる気がするのだろうか。
まぁ……強ち間違ってはいないが。
「片方が片方の手首を握る場合と、お互いに手首を持つ場合とありますよ」
「お互いに……え、手首そんなに回んないんだけど?」
「ちょっと角度を変えないと無理ですね、それに権兵衛さんは手を攣りかねないので止めておきましょう」
「……複雑な気分になった!」
「はいはい」
少しからかい交じりに言えば、ムスッとして拗ねた顔をした。
ただ、本気で拗ねているわけではなく、ポーズだと言うのが分かるので、あえて深くは突っ込まないことにする。
ジト目で見てくるが、権兵衛さんが手を払ってくることはなかった。
いろいろな表情を見せてくれる権兵衛さんから目が離せなくて困るな…。
不自然なほど見つめてしまいそうになるのを抑え、手首を離す。
今度は、中指と薬指で権兵衛さんの人差し指を軽く挟み込む。
「これはフィンガーロックという物ですね。
攣らないでくださいね」
「そんなに攣らないよ…!」
「指先関係で言えば、他にも片方が相手の一本の指を握るという繋ぎ方もありますよ」
「ほう……」
「それから……権兵衛さん、手を軽く握ってみてください」
「ん?こう?」
権兵衛さんが軽く拳を作ったのを確認し、拳に添わせるように手を寄せ、指を入れ込む。
僕の手が権兵衛さんの指先を握ろうと動かしたところで、権兵衛さんの肩がびくりと揺れる。
声は出さなかったが、確実に動揺したのがわかった。
これだけ好き勝手触らせておいて、急に動揺をする彼女が可愛くみえてしまう。
「これもあまり見ないですが…ジャーマンという物です」
「じゃーまん…?」
「プロレス技のジャーマンに似ていることが由来だそうですよ」
「そうなんだ……」
何も気付かなかったように説明を始めれば、感心したような声が漏れる。
動揺もすぐに影を潜めたが、それと同時に眉間に皺を寄せ、少し考え込むような仕草をする。
僕が見ていることには気付いていないようで、真剣に何かを考えているようだ。
権兵衛さんが無言になってしまったため、どうしようかと考えていたら、そろそろ目的地に着くことに気付く。
以前も通った道は、意外と覚えていたため、権兵衛さんの案内が無くても問題はなさそうだった。
念のため、権兵衛さんに声をかけようと思い、顔を見てぎょっとした。
険しい顔はいつの間にか悲壮感漂う物にかわっていた。
一体何を考えたんだ?
心配になり、声をかけて戻ってきた返事は「刺されないようにね」という言葉だった。
……本当に彼女は一体、何を考えていたのだろうか。
まぁ、確かに刺されても不思議ではない仕事をしているが……まさか、僕が何者なのかということを考えていたのだろうか。
ただ、もしそうならば「刺されないように」ではなく、「撃たれないように」と言う方が自然なのではないか?
権兵衛さんが僕についてどこまで知っているのかにもよるが……いや、権兵衛さんなら結構なことを知っているだろう。
ただ、それと僕が結びついているかは甚だ疑問ではあるが。
首を傾げ権兵衛さんを見ると、何かを振り払うように首を横に振っている。
前にも見たような光景だ。
すると繋いでいた手を権兵衛さんが離した。
権兵衛さんの様子に気をとられていたため、その手を再びつかまえることができなかった。
目的地まであと少しだったため、最後まで繋いで居たかったのだが……それができず、残念に思う。
権兵衛さんは、何故か自分の胸に手を当て、深呼吸をしている。
本当にどうしたというのか。
すると、今度は権兵衛さんから普通に手を繋いできた。
しかも、とても自然に。
そのことに少し動揺してしまったが、それと同時に複雑な気持ちにもなる。
あまりにも自然に手を繋いできた為、男として意識されていないような気にもなった。
子どもと手を繋ぐのと同じ感覚なのではないかと思ってしまうくらいに。
もしくは、あまり考えたくはないが、気軽に手を繋ぐ相手が居たのではないかとも思ってしまう。
今はいないが、過去にはいたかもしれない。
そう思うと、面白くない。
「いや、あまりにもいろいろな繋ぎ方知ってるから、ちょっといろいろ吃驚しまして?」
「まぁ……気になったことはとことん調べたい性格なので」
「へー……」
「権兵衛さんこそ…」
「私?」
何か探るような言い方に違和感を感じながらも、ちらりと権兵衛さんの方を見る。
これまでの経験上、普通に問い詰めたところで逃げられてしまう可能性が高いため、少しズルい手を使うことにした。
そう、彼女がたびたび持ち出す「姉」発言に便乗することにした。
情報を得るためならどんな顔だって演じてみせるさ。
ただ、流石に子どものようにとはいかないため、権兵衛さんが望む「弟」とやらになってみようじゃないか。
少し拗ねたような顔を作れば、見るからに権兵衛さんが興奮したのが分かった。
自分でやっておいてなんだが、複雑だ。
そして、何をやっているんだ俺は……と頭の隅で冷静な自分が呆れていた。