大きなあなたと
あなたの名前は?
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お弁当を作り終えてから、出掛ける準備をし、酒屋へお酒を買いに来ていた。
酒盛りだと言った権兵衛さんの希望に沿うことにしたのだが、少し不安もある。
僕が酔ってしまうことはないとしても、お酒を飲んだ権兵衛さんがどんな酔い方をするのか……思わずため息が出そうになる。
野外だから節度のある飲み方をするとは思うが、ほろ酔いの彼女はきっと可愛いと思う。
……ちょっと想像してしまった自分をどうにかしたい。
確実に僕の理性を試される案件になりそうで困る。
朝から素面で可愛い権兵衛さんが、これ以上、無防備になられたら困る……本気で。
いや、でも、逆にザルという可能性もあるが…。
そんなことを考えながら権兵衛さんをちらりと見やれば、店内をきょろきょろしながら、僕の後をついてきている。
そんな権兵衛さんの様子を見ながら、本当に彼女は酒盛りをするつもりなのだろうかと疑問に思う。
この酒屋の場所自体は知っていたようだが、店内を歩く様子はあまり来たことが無さそうな様子だ。
それに、僕が子どもになっていた時も、一度たりとも権兵衛さんがお酒を飲んでいるところは見たことが無い。
子どもの前では飲まなかったとも取れるが、冷蔵庫にも棚にもアルコール類はなかった。
大人になってからの買い物でも、お酒を買っている様子はないし、冷蔵庫にも入っていない。
あるのは料理酒くらいだ。
権兵衛さんの性格から考えて、僕に気を遣っている可能性がある。
酒盛り発言は、僕にお酒が飲めるかどうか聞いてから出た。
ただ、全く飲まない人間からは酒盛りなんて言葉は出ないだろう。
それとも、家では飲まないのだろうか?
そんなことを考えながら、歩いていると権兵衛さんが途中で止まっている。
どうやら清涼飲料水の新商品の棚を見ているようだ。
じっと商品を見ながら、うーんと眉を下げているのが見えた。
「どうしたんですか?」
「あ、これ、新しいの出たんだなぁって…でも、炭酸かぁって思って」
「炭酸ダメなんですか?」
「あのシュワシュワ、舌も喉もやられるからダメなんだよねぇ…」
「それじゃあ、発泡酒なんかも飲まないですよね?」
「そうだねぇ…」
権兵衛さんは他の商品を手に取りながら、返事をしている。
手に取っているのは紅茶のようだ。
炭酸がダメとなると、日本酒やワイン、ウイスキーあたりでも飲むのだろうか?
「権兵衛さんはどんなお酒が好きなんですか?」
「んー?そうだなぁ……あ、見た目綺麗な奴は良いよね、飲めるかどうかは別として。
カクテルは好きだなぁ、綺麗だし。
でも、飲むってなったらあんまりアルコール強くないヤツかなぁ…ジュース感覚で飲めるやつ」
「日本酒とかワインはどうですか?」
「日本酒とかワインって、アルコールの匂いが鼻にツンときちゃうんだよねぇ…あ、甘めの果実酒は好きだけど」
「そうなんですね」
ザルの線はなくなったな。
飲めないことはなさそうだが、権兵衛さんが飲みたくて酒盛りと言ったわけではないことが分かった。
そう言えば権兵衛さんの作る料理は薄味の物が多い。
健康志向なのかとも思っていたが、味覚と嗅覚が敏感なようだ。
僕が飲めると答えたからそれに合わせようとしたのだろう。
全く……変なところで気を遣わないで欲しい。
それでも僕の為にと気遣ってくれたことを嬉しくも思う。
自分でも矛盾してると思う。
「これも新商品!」と言いながら緑茶を手にした権兵衛さんから持っていた緑茶を取り、カゴの中に入れる。
陳列棚からもう一つ同じものをカゴへ放り込んだ。
権兵衛さんはきょとんとした顔で僕の方を見た。
「え、れい君、それお酒じゃないよ」
「ええ、今日はやめておきましょう」
「え、なんで?」
「権兵衛さんはあまりお酒を飲まないようなので」
「…………いや、気を遣わなくていいよ…?」
「いえ、もともと今日はあまり気分じゃなかったので……またの機会に」
「…………うーん」
「特に今日は飲まない方がいいと思います」
「……れい君がそういうんなら」
にっこりと笑ってそう言えば、権兵衛さんは複雑そうな顔をしながらも了承してくれた。
特に強く希望しているわけではなさそうなので、僕が必要ないと言えば権兵衛さんは引いてくれるだろうと思った。
権兵衛さんの優しさに付け込んだわけだが…少し残念にも思う。
いざ飲まないとなると、酔った彼女も見てみたかったな…と欲が出てくる自分に苦笑した。
酒屋から出た後、荷物は僕が持っていたが、途中で手持無沙汰なのが居心地が悪いと言われたため、ペットボトルの方を渡した。
すると権兵衛さんは見るからにぱあっと表情を明るくし、跳ねるように歩き始めた。
鼻歌まで歌い始める。
あまりに可愛くて思わず笑ってしまった。
「そんなに楽しみなんですか、権兵衛さん」
「そりゃあね」
跳ねるように僕の少し前に来た権兵衛さんは、僕の顔を見ながら嬉しそうに目を細めている。
そう言えば、前の花見の時にも権兵衛さんはこんな顔をしていた。
約束が守れて良かった、と心から思った。
ただ、後ろ歩き状態なので、それは危ないことを伝える。
注意を受けた権兵衛さんは素直に返事をして、再び前を向いて歩き始めた。
その後ろ姿を見ると、元の世界でも忘れなかった桜と着物姿の権兵衛さんと僕の名前を呼ぶ声が蘇ると同時に、夢のように消えてしまいそうな気がした。
思わず、足を速め、彼女の隣に並び、存在を確かめるように声をかける。
「そういえば……今回は着物じゃないんですね」
そう声をかければ、一瞬、きょとんとした顔で僕を見上げてきた権兵衛さん。
それから、小さく笑うとわざとらしく拗ねたような表情を作った。
「え?ああ、そうだね…れい君が赤いウインナー入れてくれないから頭から飛んじゃってたよ」
「ははは……根に持ってます?」
「持ってます……なんて、冗談だけど。
着物の方が良かった?」
「いえ、そういうわけではないんですが」
「れい君が見たいのならいつでも着るよ、他に見せる人もいないことだし!」
僕がそんなことを言うのが可笑しかったのか、権兵衛さんはクスクスと笑っている。
僕が見たいのならいつでも、だなんて、自惚れてしまいそうだな。
そんなことを考えていたら権兵衛さんから「着たら存分に愛でておくれ」という言葉を貰った。
権兵衛さんにしてみれば、褒めてくれ、という意味だと思うが、別の意味で可愛がりたいと思ってしまう自分は重症だ。
僕がこんな風に思っているとはきっとつゆほども権兵衛さんは思っていないのだろう。
そんなことを考えていたら、権兵衛さんに触れたくなってしまった。
手を伸ばしかけたが、思い直して戻す。
手を繋ぐにしても理由がない。
そもそも恋人でも何でもないんだ。
どうしたものかと思っていると権兵衛さんが不思議そうに僕を見てきた。
一体どうしたというのだろうか?
そのまま権兵衛さんを見ていると、一瞬、僕の手の方に視線を下げ、首を傾げている。
その様子に先程の自分の行動を振り返り、ハッとする。
中途半端に動かした手に違和感でも感じたのだろうか。
権兵衛さんがそれを見てどんなことを考えたのかわからないが、非常に気まずい。
思わず明後日の方向を向いてしまった。
しばらく無言だったが、視界の端で権兵衛さんが動くのが見えた。
何かと思えば、ハイタッチでもするかのように手のひらを僕の方へ向けている。
「権兵衛さん?」
「れい君、手、合わせてみて」
「こうですか?」
権兵衛さんに言われた通りに手のひらをそっと合わせてみる。
以前に手を繋いだ時にも思ったが、僕の手より随分と小さい。
僕が手を重ねたのを見て、権兵衛さんはゆるゆると嬉しそうに笑う。
権兵衛さんは少しだけしみじみとした様子で、重ねた手を眺めながら大きさを比べている。
きっと子どもの時の僕の事を思い出したのだろう。
小さく笑いながら、母親が子どもに向けるようなそんな眼差しを向けられた。
大人の姿になってからそんな眼差しを向けられるのは、少々気恥ずかしいものがある。
いや、子どもの姿でも気恥ずかしいが。
すると、権兵衛さんがこほんと咳払いをした。
「では、れい君」
「何ですか?」
「今日は着物ではありませんが、目的地までエスコートお願いしますね?」
そう言ったと思えば、合わせられていた手は少し離れ、緩く指を絡められた。
本当にすぐに解けてしまうくらいに緩く絡められた指に、心を見透かされたような気分になる。
気付いて欲しくないことに限って気付かれてしまうな、と思いつつも、本当は気付いて欲しかったのかもしれないと考える自分に苦笑する。
「もちろんですよ、権兵衛さん」
すぐに解けてしまいそうな指を僕の方からしっかりと離れないように絡める。
少し驚いた様子の権兵衛さんだったが、それは一瞬で、すぐにクスクスと笑い声が聞こえてきた。
そんな様子に僕も思わず笑ってしまった。